守護霊は吸血鬼❤

凪子

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居間に行って、味噌汁と玉子焼きとアジの開きと白米という、オーソドックスな和朝食を食べながら、遥は思い出したように言った。

「そういえば、今日は病院に由宇君のお見舞いに行こうと思っているんだけど、聖君も一緒に来ないかい?」

思いがけぬ申し出に、聖は一も二もなく飛びついた。

「行きます。ちょうど日曜日だし、特に用もないし」

遥は嬉しそうににっこりと笑って、

「そう。よかった」

相変わらずがらんと大きい広間は、時折風を吸い込んで音を立てている。

あまりにも広々とした屋敷を落ち着かなげに見回しながら、聖は問うた。

「遥さんは、ここに一人で住んでいらっしゃるんですか?」

そのとき、遥の穏やかな相貌に影が素早く横切った。

聖はすぐに、聞いてはならないことを尋ねてしまったことに気づいた。

「あ……すみません。立ち入ったことを伺ってしまって」

「いやいや。気にしなくていいよ」

遥はとりなすように優しく言ったが、瞳の奥の光はいまだに硬かった。

「昔はね……たくさん住んでいたんだよ、この家にも。離れには曾祖母と祖母がいて、母屋には両親と僕と弟。住み込みのお手伝いさんもいて、賑やかな家だったんだ」

(その全部が、除霊師だったんだろうか)

そう言われると、神主や除霊師として隆盛を誇った家の、栄華の名残のようなものがそこはかとなく漂っているような心地がした。

庭には四季折々の花が咲き、池に満たされた清水には紅の衣のような錦鯉が泳ぎ、縁側から名月を見上げて酒を酌み交わす。

笑い声の絶えない、平和で、そして特別な一家。

遥の憂愁を帯びた面立ちは、その話の結末をありありと物語っていた。

「十五年前だったかな、僕が十歳かそこらの時に、ここがあやかし達の襲撃を受けてね。……僕以外、誰も生き残らなかった」

壮絶な真実を目の当たりにして、聖は息を詰まらせた。

耳を劈く断末魔の絶叫、どろりとぬかるんだ血の海、何も映すことはなく見開かれた虚ろな眼。生々しい死の匂いが漂う部屋。

この屋敷で、そんな血塗られた事件が起こったとは。

遥は透明で哀しい微笑みを浮かべたまま、淡々とした口調で言った。

「君がそんな顔をしなくてもいいんだよ。こういう仕事をしていると、悪鬼や怨霊からの恨みを受けやすいんだ。僕達は、それを承知でこの道を選んだんだから」

熱い塊が胸をせり上がって来て、言葉にならない。

聖は目頭がじわりと熱くなるのを感じた。

「でも、そんなことって……あんまりだ。遥さんたちは、誰かを守るために悪いものを追い払っているのに」

「ありがとう。本当に優しいんだね、君は。少し残酷なほどに」

遥は落ちついた声で言った。その表情はあくまでも穏やかに凪いでいる。

苦しみや悲しみを押し殺すのではなく、飽和するほど経験したからこそできる、悟りの表情だった。

聖は言葉の真意を問おうとして口を開きかけたが、それを制して遥は透徹な目で言う。

「さっき君が言った『悪いもの』。僕らが滅してきたもの、そして月代家の人間を虐殺することで復讐を遂げたもの……その中には、君が昨日かばった吸血鬼の一族も含まれているんだよ」

聖は弾かれたように顔を上げた。

その反応を見越してか、遥は一度言葉を止めて聖を見守っている。

理解はできても受け容れられない事実に、聖はひどく動揺していた。

「吸血鬼は全般的な能力が人より著しく優れているがゆえに、人を下等生物としてみなしている。彼らは人の血を吸い、殺すことに何ら罪の意識をおぼえないのさ。あいつらは、人間の敵なんだよ」

「人間の、敵……」

聖は震えわななく声で繰り返した。よろめきながら尋ねる。

「ヴァンは……あいつも人を殺すんでしょうか。いや、殺してきたんでしょうか」

遥は憐れみのこもった眼差しを投げかけると、やや言いにくそうに口を開いた。

「もともと、吸血鬼は人の血を吸わなければ生きられない存在だ。彼が君を殺さないように配慮しているのは、その血が特別に貴いからだ。それ以外の人間は、彼にとっては食料でしかないだろうね」

婉曲な肯定に、聖は心臓が冷えた。

初めて会ったときのヴァンの凶悪な笑顔を思い出す。

もしかしたら、自分は今までとんでもない思い違いをしていたのかもしれなかった。

「正直に言うと、僕は人間に害をなす悪霊たちに個人的な恨みを持っている。あの男を消そうとしているのも、除霊師としてというよりも、僕個人としての感情のほうが大きいかもしれない。
だけど僕はもう、誰一人妖魔や悪霊のせいで傷ついてほしくないんだ。だから、そのためならどんなことでもする。たった一人で家族の葬儀をした後、そう誓ったんだ」

たとえこの身が朽ち果てようとも、全ての邪悪を滅ぼすための剣になると。

聖はうなだれた。遥の真剣な思いがひしひしと伝わってくる。

それが傷のように疼いて、良心を痛ませた。
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