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夏の黎明

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左心室低形成といって、もともと心臓の左側の部分――左心房と左心室の間の僧帽弁と、左心室の出口にある大動脈弁の双方が閉じており、心臓の右側部分しか機能していない。

この状態を単心室状態といい、外科治療で根治するためにはさまざまな条件を満たさねばならない。

透子の場合、全身に血液を送り出す大動脈が極めて細く、肺静脈にも狭窄が見られるため、手術は不可能ということだった。

いつ割れるか分からない風船が、ずっと頭の上にある。

そんな死に対する感覚が研ぎ澄まされているせいか、透子の頭脳は人並み以上に明晰だった。

ベッドであらゆる書物を読み、複数の言語を操り、クラシック音楽を理解し、ピアノを弾くのはもちろん作曲の才能もあった。

尽きせぬ泉のような才能に、恐れを感じるほどだった。

「私ね、自分がいつ死ぬか分かるんだ」

幼いころ、彼女はよくこう言っていた。

「そういうこと言うの、やめな」

と諭しながらも、京介には透子の気持ちがよく分かっていた。

彼女には本当に何もかもが視えているのかもしれない。

神様はそれと引き換えに、短い時間しか彼女に与えなかったのかもしれない。

幼心に薄々そう感じていた。

生きることも死ぬこともできない緩慢な苦痛の中で、凛々しく白い花のように咲いていた。

自暴自棄になるわけでもなく、さりとて病が治ることを信じてもいない。不思議な子だった。

中学に上がるころ、少し体力がついて、透子が学校に通えるようになったことがあった。

休みがちではあったが、毎日学校に来て教室の隅に座って授業を聞いていた。

クラスメイトは遠巻きに見守るだけで声をかけなかったが、彼女がバリアを張って拒絶していた面もあった。

安易な共感や同情をすれば切り裂かれそうな雰囲気を誰もが察していたのだろう。

姉である涼子とは、会えば挨拶を交わすぐらいの間柄だったが、そのころ彼女はあまり自宅に寄りつかなかった。

学校では二個上の先輩ということもあって接点がなく、早々に卒業して高校生活を謳歌していた。

今思えば、病弱な妹と、彼女だけをかわいがる両親に対する屈折した感情があったのだろう。

透子のことを話すとき、誰もが声をひそめた。

まるで妖精のことを話しているかのような繊細な手つきでその話題を扱った。

彼女がそばにいることを許したのは京介だけだった。
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