リエゾン~川辺のカフェで、ほっこりしていきませんか~

凪子

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夏の黎明

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頭が真っ白だったせいか、桜は逆に冷静に対処することができた。

足音を立てないようそっと踵を返し、走らず忍び足でその場を離れる。

涼子の言ったとおりだ。

あの二人の間に愛はない。キスしていても、それはただお互いを貪っているだけ。

何かから逃れ、何かを埋めるための、後ろ向きで不毛な傷の舐め合い。

それでも――桜はようやく自分の部屋まで辿りつくと、トイレにひざまずいて思いきり吐いた。

涼子の言ったとおりだ。あの二人は似ている。

同族嫌悪を感じるのも無理はない。本当は何よりも慰めが必要なのに、伸ばした手で傷つけ合ってしまう。

――馬鹿な人たち……。

でも、それに輪をかけて馬鹿なのは、蚊帳の外で指をくわえて見ている自分だ。

二人の関係性になど到底踏み込めず、かといって見て見ぬふりもできない。

胸が引き絞られるように痛い。

こんな感じる意味も価値もない感情、全部投げ捨ててしまいたいのに。

眠れない――きっと眠れない。

暗い部屋で横になっても、目を閉じても、脳裏に浮かぶのはただ、あの哀しくて滑稽な二人の姿だけだ。







「……もういいでしょ?」

背中に回していた腕を解くと、涼子は温度のない声で言った。

「確かに辞めさせろとは言ったけど、そのために私を利用するなんていい度胸じゃない」

涼子の目が爛々と怒りに燃えている。

「何の話?」

「とぼけないで。あの子に見せるために、わざわざ呼び出してしたくもないくせにキスしてきたんでしょ。手の込んだ嫌がらせよね。あんたのそういう卑怯なとこ、本っ当胸糞悪い」

京介は苦笑したが、それについては何もコメントしなかった。

代わりにこう言った。

「涼子には敵わないよ。昔も今も」

はっ、と涼子が鼻で笑う。

「ま、いいけどね。あの子にどう思われたところで関係ないし。それより京介、いつまでもふらふらしてないで地に足つけた生活しなさいよ。もういい年なんだから」

夏の夜空に銀の星がこぼれている。

それを見上げるようにして、涼子は視線を彼方へ転じた。

「……もうこれで会うこともないでしょ。最後に言いたいことは言ったから」

夜の闇の中、そこだけ浮き上がるように涼子の肌は白く透きとおっていた。

キスのせいで口紅がとれても、その唇はほんのりと紅い。

「さよなら」

去りゆく背中に、京介は「涼子」と呼びとめた。

振り向いた彼女に、

「俺はあんたのこと、嫌いじゃなかったよ」

元気でと言うと、涼子の顔がくしゃりと歪んだ。

だが、彼女は毅然と顔を上げ、ピンヒールの音を高らかに響かせて歩いていった。

どこまでも続く、彼女だけが歩むことのできる道を。


































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