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夏の黎明

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「死にたい?」

ごく静かに、その男性は尋ねた。

この人は誰なんだろうとか、何が目的なんだろうとか、さまざまな疑いが頭をよぎったが、それらは言葉にならなかった。

桜は一度頷き、首を戻して、もう一度深く頷いた。

「そっか」

そのまま、二人はじっと前を見つめていた。

電車が来て、人が乗り込み、発車する。からっぽの駅がまた次の電車を待つ。その繰り返しを。

脈々と連なる営みを。

足早に過ぎ去る人、二人に一瞥をくれる人、電車の窓から目が合った人。

学生、OL、主婦、老人。清掃員や駅員。

さまざまな人が、それぞれの意志と思惑を持って動き回る、小宇宙がそこにはあった。

「こうやってここに座って、じっと人の流れを見てるとさ。思うんだ。今この時ここで出会う人って、すごい確率で選ばれているんだなって」

彼が口を開いたのは、日が中天に差しかかったころだった。

「でも大多数の人は、ただすれ違うだけで終わる。自分の人生に関係ある人なんて本当に一握り」

あなたの話なんて聞きたくないと心が言う。

けれど力を使い果たしたせいか、泥に浸かったように体が重く、立ち上がれそうになかった。

相づちなんて一つも打たず、頷きさえしないのに、彼は自分の言葉が桜に届いていることを確信しているようだった。

「残念だけど、君は死ねないよ。俺と会っちゃったからね」

運が悪かったね、と彼は優しく微笑んだ。

笑うと目元に細かな皺が寄り、端正な顔立ちが親しみやすくなる。

魅力的な人だ。桜は思った。それに、すごくまともな感じがする。

今まで会った専門学校の先生や、職場の先輩よりもずっと。

「じゃ、行こうか」

彼は言い、軽い動作でベンチから立ち上がった。

どこに?と目で問いかけた桜に、

「あの世よりもっと面白いところ」






































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