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春の宵

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隠し事ができるような器用な性格ではないことを自覚していたが、翌日から土曜日の今日に至るまでに合計四回も食器を落として割ってしまい、さすがに情けなさが込み上げてきた。

人よりも感情の揺れが激しく、心に響いた音がいつまでも長く尾を引いてしまう、こんな自分に嫌気が差す。

「熱でもあんの?」

健が額に伸ばしてきた手を反射的に振り払い、桜は青ざめた。

「ごめんなさい」

「いや、今のは俺が悪い」

珍しく素直に詫びた健は、心配そうな目をする。

「具合悪いんだったら早目に上がれよ。今日大して混んでないし、後は一人で回せるから」

「すみません。大丈夫です。ありがとうございます」

礼儀正しく頭を下げたものの、頑として引かない桜に健は眉を寄せた。

そして言った。

「……京ちゃんと何かあった?」

桜の頬が赤く染まり、ぱっと目を見開いた。それが答えだった。

「なるほどね」

肩をすくめて健は溜息をつく。

桜は慌てて背後を振り返るが、

「買い出し中。今日はクローズまで戻ってこねえよ」

ことごとく思考を見透かされ、桜はおろおろと視線を彷徨わせた。

鈍感そうな健が、自分の思いに気づいていたとは知らなかった。

――人殺し、人殺し、人殺し……。

頭の中を同じ単語が無限ループしている。

聞きたいのに聞けない、知りたいのに知るのが怖い。

この話題は、自分から決して切り出してはいけない気がした。

健は頬を人差し指でかき、言いにくそうに、

「あのさ、」

「すいませーん」

ホールから客の声がして、桜は弾かれたように「はい!」と答えて駆け出していた。

女性三人連れの客の会計を済ませると、それと入れ替わるようにしてドアが開き、新しい客が入ってくる。

「いらっしゃいませ」

微笑みながら顔を上げた桜は、斉と目が合って唇を固まらせた。
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