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春の宵

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厨房へ戻りながら、

「今度出すケーキの名前さ、『桜の園』ってどう?」

「それ、いいですね」

「でしょ?よし、これで決まり!なあ健坊、桜の園って知ってる?」

「知ってるよ。ほら、あれだろ。川端康成の」

「ブッブー。チェーホフでした」

「いや、知ってたって!むしろ今、『川端康成の真似をしようとしたチェーホフの』って言おうとしてたからね。余裕で知ってましたから!」

「川端康成のほうが、チェーホフより後の時代の人ですけど……あと作品の方向性も全然違」

「うるさいわ!」

健が怒って京介が笑い、桜が溜息をつく。普段のやりとりが戻っていた。

いつからだろう。こうして三人でいることが当たり前のようになったのは。

少なくとも店を始めたばかりのころは、お互いがぎくしゃくして気を使い合う、ぎこちない関係性だったように思う。

居心地がいいと思う反面、このままではいけないとも桜は感じていた。

このままいけば、自分はいつまでも京介の優しさに甘えたまま、ずるずると全てを先延ばしにしてしまうだろう。

現実から逃げ、自分の弱さと向き合わぬまま、一人で立ち上がる力を失ってしまうだろう。

それでもいいとすら心の奥で思い始めている、救いようがなく愚かな自分。



――それが一番、怖い。

























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