8 / 55
春の宵
8
しおりを挟む
「それ俺のなんだけどなー」
「いいじゃん、いいじゃん。乾杯ってことで」
そのとき、黙って皿に目を落としていた桜が、いきなり立ち上がって早足で厨房を出ていった。
「おい」
健が声をかけたが、京介が手で制する。
桜は従業員用トイレに駆け込むと、洗面所のシンクに今ほど食べたものを全てぶちまけた。
逆流してきた酸っぱい胃液が喉にへばりつき、吐くものがなくなってもえずきが止まらない。
しばらくして落ちつくと、感情というよりは生理的に溢れた涙を手の甲で拭い、水を流して淡々とシンクを掃除し始めた。
――またやっちゃった……。
大したことではなくても、何かのはずみで引き金が入ると、どんなに我慢しようとしても吐いてしまう。体が食べ物を受けつけない。
心因性嘔吐という診断名がつけられたこともある。
でも、病院でもらった薬を飲んだところで吐き気はおさまらず、結局通うのをやめてしまった。
『まだできねえのかよ、のろま』『ゴミが』『何でここにいんの?』『洗っとけっつっただろ!』『さっさと辞めろ』『邪魔なんだよ』『お前なんか誰も認めてねえから』
投げつけられた言葉の数々が、やめようと思っても一瞬で脳裏によみがえり、無限ループを始める。
足をひっかけて転ばされたり、物を投げつけられたり、つくった菓子を目の前でゴミ箱に捨てられたこともある。
無視されるのは日常茶飯事、馬車馬のように働いて疲れきっていても、寝たいのに涙が止まらなくて眠れない日が続いた。
このままだと発狂するかもしれないと、本気で怖かった。
「いいじゃん、いいじゃん。乾杯ってことで」
そのとき、黙って皿に目を落としていた桜が、いきなり立ち上がって早足で厨房を出ていった。
「おい」
健が声をかけたが、京介が手で制する。
桜は従業員用トイレに駆け込むと、洗面所のシンクに今ほど食べたものを全てぶちまけた。
逆流してきた酸っぱい胃液が喉にへばりつき、吐くものがなくなってもえずきが止まらない。
しばらくして落ちつくと、感情というよりは生理的に溢れた涙を手の甲で拭い、水を流して淡々とシンクを掃除し始めた。
――またやっちゃった……。
大したことではなくても、何かのはずみで引き金が入ると、どんなに我慢しようとしても吐いてしまう。体が食べ物を受けつけない。
心因性嘔吐という診断名がつけられたこともある。
でも、病院でもらった薬を飲んだところで吐き気はおさまらず、結局通うのをやめてしまった。
『まだできねえのかよ、のろま』『ゴミが』『何でここにいんの?』『洗っとけっつっただろ!』『さっさと辞めろ』『邪魔なんだよ』『お前なんか誰も認めてねえから』
投げつけられた言葉の数々が、やめようと思っても一瞬で脳裏によみがえり、無限ループを始める。
足をひっかけて転ばされたり、物を投げつけられたり、つくった菓子を目の前でゴミ箱に捨てられたこともある。
無視されるのは日常茶飯事、馬車馬のように働いて疲れきっていても、寝たいのに涙が止まらなくて眠れない日が続いた。
このままだと発狂するかもしれないと、本気で怖かった。
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる