4 / 50
春の宵
4
しおりを挟む
近くで向き合ってみるとやはり、すらっとしていて背が高い。
身のこなしはしなやかで、何となく猫を思わせる。
上品な財布や鞄を丁寧に使っているところに育ちのよさが窺えた。
「三百五十円になります」
仏頂面で少年は千円札を差し出した。
「六百五十円のお返しになります。ありがとうございました」
深々と頭を下げたが、少年は立ち去らずに桜を見下ろしている。
怪訝に思った桜が唇を開きかけると同時に、
「ケーキの名前」
「え?」
小さな低い声で早口で言うものだから、桜は何度か聞き返さなければならなかった。
「名前。あんたが考えたの?」
ショーケースに陳列された色とりどりの宝石のようなケーキ、その一つを指さして少年は言った。
「ああ」
桜はようやく合点がいき、小さく頷いた。
「はい。今あるケーキと、その名前は全て私が考えたものです」
【夜間飛行】、【細雪】、【アンナ・カレーリナ】、【嵐が丘】――ネームプレートには世界文学の傑作タイトルが躍っている。
少年は物珍しそうにそれらを眺めた。
――この人、一度もうちのケーキ食べたことないよね。
不思議な気分で桜は思い返す。ケーキに興味なんてないとばかり思っていた。
「本、好きなんだ」
「ええ」
はっきりと、間髪入れずに桜は断言した。
その言い方が面白かったらしく、少年はかすかに唇を持ち上げた。
身のこなしはしなやかで、何となく猫を思わせる。
上品な財布や鞄を丁寧に使っているところに育ちのよさが窺えた。
「三百五十円になります」
仏頂面で少年は千円札を差し出した。
「六百五十円のお返しになります。ありがとうございました」
深々と頭を下げたが、少年は立ち去らずに桜を見下ろしている。
怪訝に思った桜が唇を開きかけると同時に、
「ケーキの名前」
「え?」
小さな低い声で早口で言うものだから、桜は何度か聞き返さなければならなかった。
「名前。あんたが考えたの?」
ショーケースに陳列された色とりどりの宝石のようなケーキ、その一つを指さして少年は言った。
「ああ」
桜はようやく合点がいき、小さく頷いた。
「はい。今あるケーキと、その名前は全て私が考えたものです」
【夜間飛行】、【細雪】、【アンナ・カレーリナ】、【嵐が丘】――ネームプレートには世界文学の傑作タイトルが躍っている。
少年は物珍しそうにそれらを眺めた。
――この人、一度もうちのケーキ食べたことないよね。
不思議な気分で桜は思い返す。ケーキに興味なんてないとばかり思っていた。
「本、好きなんだ」
「ええ」
はっきりと、間髪入れずに桜は断言した。
その言い方が面白かったらしく、少年はかすかに唇を持ち上げた。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。
セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。
その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。
佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。
※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる