145 / 174
冬の章
143
しおりを挟む
敵の数――およそ三百。武器――短銃、小銃、サーベル、短刀、弓矢、手榴弾、合わせて五千。
対してこちらは、分かっているだけでも教官のうち四人が裏切り、四人が死に、増援が来る当てもない。
士官候補生は人質に取られ、あるいは最初から敵方についている。
戦況は絶望的だった。
ただ、疲労の色を微塵も見せずに淡々とついてくるルートの存在は、ルベリエにとって頼もしくもあり、末恐ろしくもあった。
もともとの素質に加え、この短期間でいくつか場数を踏んだただけで、もはや事務的とすら言える人殺しの方法を確立している。
純粋な戦闘能力においてなら、実力は既に若手の尉官クラスを凌駕している。
本人に特に楽しんでいるそぶりはないが、殺すことに快感とまでは言わずも、一種の達成感を感じているのは見て取れる。
相手の動きを読み、冷静に戦略を立て、いかに効率的に息の根を止めるかを一瞬で考え、即座に行動に移し、一つ一つを検証していく。
頭脳と体どちらもをフルに活用する、スリリングな遊びといったところだろうか。
ルートの場合、人を殺すことへの迷いや緊張が希薄なため、かえって冷静に実力を発揮できているとも言える。
自分の実力が、戦場でそれなりに通用することも分かってきたようだ。
そのせいだろう、以前のふてぶてしいほど落ちつき払った振る舞いと、明晰な思考能力を取り戻しつつある。
知らず、ルベリエはラグランジュの似非くさい笑顔を思い出していた。
――こんな日が来ることを、俺は心のどこかで知っていた。
恐れてもおり、待ち焦がれてもいたのだ。
十年前、あいつの死を知らされた、その瞬間から。
「教官」
ルートの声に足をとめ、ルベリエは噴水の傍に人影を見とめて銃を抜いた。
距離は十五メートル。相手は小柄で、すとんとした黒い服を着ている。見慣れぬシルエットに目を細めた。
「誰だ」
誰何の声に、その人影はこちらを向いた。
目が合った瞬間、全身に鳥肌が立つ。
――何だ。何なんだ、あれは。
少年でもなく、少女とも呼べない。若者でもなく、大人でもない。幼児のようでもあり、年嵩のようでもある。
それどころか、人間であるかどうかさえ危ぶまれた。
「また会えたね、ルート」
外見からはかけ離れたような、それでいて似つかわしくもあるような、独特の音階が空気を震わせた。
「フィンはどこだ」
一歩前に進み出たルートが、その者に尋ねる。
「連鎖律を壊そうとしているんだよ」
彼もしくは彼女は、地に足のつかない、ふわふわと浮遊する声で言う。
「あいつはどこにいる」
「哀しいよ、ルート。僕は哀しい」
言いながら、その者はついと指を動かし、丘の頂上――時計塔を指さした。
ルートは弾かれたように走り出す。彼もしくは彼女のほうを見向きもせずに。
後を追うルベリエは、くすくすと耳に甘くまとわりつく、歌うような声を聞く。
「よろしくね、ルート。よろしくね」
振り向くと、そこにあったはずの人影は忽然と消え失せ、白く降り積もった雪の上には足跡一つ残されていなかった。
対してこちらは、分かっているだけでも教官のうち四人が裏切り、四人が死に、増援が来る当てもない。
士官候補生は人質に取られ、あるいは最初から敵方についている。
戦況は絶望的だった。
ただ、疲労の色を微塵も見せずに淡々とついてくるルートの存在は、ルベリエにとって頼もしくもあり、末恐ろしくもあった。
もともとの素質に加え、この短期間でいくつか場数を踏んだただけで、もはや事務的とすら言える人殺しの方法を確立している。
純粋な戦闘能力においてなら、実力は既に若手の尉官クラスを凌駕している。
本人に特に楽しんでいるそぶりはないが、殺すことに快感とまでは言わずも、一種の達成感を感じているのは見て取れる。
相手の動きを読み、冷静に戦略を立て、いかに効率的に息の根を止めるかを一瞬で考え、即座に行動に移し、一つ一つを検証していく。
頭脳と体どちらもをフルに活用する、スリリングな遊びといったところだろうか。
ルートの場合、人を殺すことへの迷いや緊張が希薄なため、かえって冷静に実力を発揮できているとも言える。
自分の実力が、戦場でそれなりに通用することも分かってきたようだ。
そのせいだろう、以前のふてぶてしいほど落ちつき払った振る舞いと、明晰な思考能力を取り戻しつつある。
知らず、ルベリエはラグランジュの似非くさい笑顔を思い出していた。
――こんな日が来ることを、俺は心のどこかで知っていた。
恐れてもおり、待ち焦がれてもいたのだ。
十年前、あいつの死を知らされた、その瞬間から。
「教官」
ルートの声に足をとめ、ルベリエは噴水の傍に人影を見とめて銃を抜いた。
距離は十五メートル。相手は小柄で、すとんとした黒い服を着ている。見慣れぬシルエットに目を細めた。
「誰だ」
誰何の声に、その人影はこちらを向いた。
目が合った瞬間、全身に鳥肌が立つ。
――何だ。何なんだ、あれは。
少年でもなく、少女とも呼べない。若者でもなく、大人でもない。幼児のようでもあり、年嵩のようでもある。
それどころか、人間であるかどうかさえ危ぶまれた。
「また会えたね、ルート」
外見からはかけ離れたような、それでいて似つかわしくもあるような、独特の音階が空気を震わせた。
「フィンはどこだ」
一歩前に進み出たルートが、その者に尋ねる。
「連鎖律を壊そうとしているんだよ」
彼もしくは彼女は、地に足のつかない、ふわふわと浮遊する声で言う。
「あいつはどこにいる」
「哀しいよ、ルート。僕は哀しい」
言いながら、その者はついと指を動かし、丘の頂上――時計塔を指さした。
ルートは弾かれたように走り出す。彼もしくは彼女のほうを見向きもせずに。
後を追うルベリエは、くすくすと耳に甘くまとわりつく、歌うような声を聞く。
「よろしくね、ルート。よろしくね」
振り向くと、そこにあったはずの人影は忽然と消え失せ、白く降り積もった雪の上には足跡一つ残されていなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる