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夏の章
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説明を聞き終えても、ルートはどこか釈然としなかった。
「納得できないという顔だね」
返答に窮していると、ラグランジュは慈しむような表情を見せた。
「確かに僕は、軍という組織の末端に所属する一人だった。ただ、それだけだ。だから、これ以上先へ進みたいのなら、君自身が入隊して自分の目で確かめるしかない」
はい、と頷いてルートは考えた。
――どうして、こんなにも十年前のことが気になるのだろう。
サイクロイドに入る前は考えたこともなかった。生にしがみつくことで精一杯で。
けれど今、次々と回りで起こる事件の断片が、無数の矢印となって何かを指し示しているように思える。
一つ一つの手がかりに触れるたび、脳の一部が不快に刺激されるのだ。
十年前の革命はもう終結している。なのに、なぜだろう、この得体の知れない心地は。
まるで座るべきでない椅子に腰かけ、向くべき方向とは全く逆を見つめているかのような、そんな感じがつきまとっている。
ルートが気難しい表情で黙っていると、ラグランジュは不意に手を伸ばしてきて額に触れた。
とっさに身を引いたが、時既に遅しであった。
「君、熱があるじゃないか」
ラグランジュは血相を変えていた。
「顔色が悪いとは思っていたんだよ。具合が悪いのなら、どうして言わないんだい」
ルートは急いで椅子から立ち上がる。
「平気です。全く問題ありません。ごちそうさまでした。これで失礼します」
「何を言ってるんだ。そんな高熱で」
背後から思いがけない強い力で押し留められる。
ラグランジュは物すごい剣幕だった。
そのまま寝間着に着替えるよう命令され、無理やりベッドをあてがわれる。
「私はサイクロイドの医務官だ。候補生たちの健康状態を把握し、管理する義務がある。私が治療が必要だと判断したからには、絶対に治るまで安静にしてもらう」
いいね、と言い聞かされ、ルートは仕方なく寝間着に着替えてベッドに横たわった。
途端に、どっと体温が上がったような気がする。
体温を測ると三十八度七分だった。
「こんなに熱があって、よく訓練が受けられたね。立っているだけで精一杯だったろう」
「平気です」
「やせ我慢も大概にしないと。若いうちは多少無理がきいても、全部がいつか体に跳ね返ってくるんだよ」
「本当に大丈夫です。慣れていますから」
正直な気持ちだった。
意地を張って平気なふりをしているのではなく、体調の悪さに鈍感なのだ。
辛いと思っても働かねばならず、熱を測ってくれる手もなかった身にとって、風邪や病気は気にするだけ無駄なものだった。
どうせ薬も栄養もなく、地べたにうずくまり、自分の力で治すよりほかはないのだ。
「納得できないという顔だね」
返答に窮していると、ラグランジュは慈しむような表情を見せた。
「確かに僕は、軍という組織の末端に所属する一人だった。ただ、それだけだ。だから、これ以上先へ進みたいのなら、君自身が入隊して自分の目で確かめるしかない」
はい、と頷いてルートは考えた。
――どうして、こんなにも十年前のことが気になるのだろう。
サイクロイドに入る前は考えたこともなかった。生にしがみつくことで精一杯で。
けれど今、次々と回りで起こる事件の断片が、無数の矢印となって何かを指し示しているように思える。
一つ一つの手がかりに触れるたび、脳の一部が不快に刺激されるのだ。
十年前の革命はもう終結している。なのに、なぜだろう、この得体の知れない心地は。
まるで座るべきでない椅子に腰かけ、向くべき方向とは全く逆を見つめているかのような、そんな感じがつきまとっている。
ルートが気難しい表情で黙っていると、ラグランジュは不意に手を伸ばしてきて額に触れた。
とっさに身を引いたが、時既に遅しであった。
「君、熱があるじゃないか」
ラグランジュは血相を変えていた。
「顔色が悪いとは思っていたんだよ。具合が悪いのなら、どうして言わないんだい」
ルートは急いで椅子から立ち上がる。
「平気です。全く問題ありません。ごちそうさまでした。これで失礼します」
「何を言ってるんだ。そんな高熱で」
背後から思いがけない強い力で押し留められる。
ラグランジュは物すごい剣幕だった。
そのまま寝間着に着替えるよう命令され、無理やりベッドをあてがわれる。
「私はサイクロイドの医務官だ。候補生たちの健康状態を把握し、管理する義務がある。私が治療が必要だと判断したからには、絶対に治るまで安静にしてもらう」
いいね、と言い聞かされ、ルートは仕方なく寝間着に着替えてベッドに横たわった。
途端に、どっと体温が上がったような気がする。
体温を測ると三十八度七分だった。
「こんなに熱があって、よく訓練が受けられたね。立っているだけで精一杯だったろう」
「平気です」
「やせ我慢も大概にしないと。若いうちは多少無理がきいても、全部がいつか体に跳ね返ってくるんだよ」
「本当に大丈夫です。慣れていますから」
正直な気持ちだった。
意地を張って平気なふりをしているのではなく、体調の悪さに鈍感なのだ。
辛いと思っても働かねばならず、熱を測ってくれる手もなかった身にとって、風邪や病気は気にするだけ無駄なものだった。
どうせ薬も栄養もなく、地べたにうずくまり、自分の力で治すよりほかはないのだ。
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