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夏の章
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「どういうことだい」
今さら言葉を引っ込めることもできず、観念して言う。
「毎晩のようにうなされるんですよ。別人みたいに低い声でうなったり、何か訳のわからないことを口走ったり。だから俺、正直」
「正直?」
詰まったところを突っ込まれ、ルートは変化球を投げ返す。
「迷惑してるんです。だから部屋を替えてくれないかと思って」
ははっ、とラグランジュが綺麗な笑い声を立てた。
「君は筋金入りのあまのじゃくだね。見ていると、何だか懐かしい気分になるよ」
ルートが問い返そうとするのに先んじて、
「詳しくは知らないが、フィン君は少々特殊な環境で育ったようだからね。いろんな感情を抱えていて、それを夢の中で吐き出しているんだろう」
どこか遠い目でラグランジュは語った。
「どうしても困るというのなら、僕からルベリエに進言してみるよ。でも、しばらくはフィン君と一緒にいてやってほしい。これは命令でなく、個人的なお願いだけれどね」
「はあ」
ルートは要領を得ない相づちを打つ。
「ここでの生活は苛酷だ。でも、心から信頼し合える友達がいるのなら、乗り越えることは決して不可能じゃない。軍人が相手にするのは常に人間だからね。味方だろうと敵であろうと、目の前にいるのがどんな人間なのかを的確に見抜く目が必要だ。人を見る目を持ち、お互いがお互いの目に適う相手だと認め合えば、生涯の絆で結ばれた戦友になることができる」
とても難しいことだけどね、とラグランジュは言い添えた。
「先生は、ルベリエ教官と同期でしたね」
ルートが尋ねると、「そうだよ」とラグランジュは頷く。
「ルベリエは士官学校時代からの友人で、軍に入隊してからもたびたび同じ任務についた。共に死線をくぐったこともある。僕にとって、かけがえのない存在だよ」
「先生は、どうして今は医務官をしておられるのですか」
ラグランジュはためらう様子もなく、左足のズボンをまくり上げて膝の傷を見せた。
一目見ただけで銃創だと分かった。
「普通に歩いたり生活するには支障ないんだが、軍務に戻ることはできないと言われたよ。それで医師の資格を取って軍医になった。もう十年も前のことになる」
痛々しい傷痕は、今もなお戦いの凄惨さを物語っていた。
「十年前ということは、インバースの反乱の鎮圧戦ですね。先生も戦線に参加されていたのですか」
今さら言葉を引っ込めることもできず、観念して言う。
「毎晩のようにうなされるんですよ。別人みたいに低い声でうなったり、何か訳のわからないことを口走ったり。だから俺、正直」
「正直?」
詰まったところを突っ込まれ、ルートは変化球を投げ返す。
「迷惑してるんです。だから部屋を替えてくれないかと思って」
ははっ、とラグランジュが綺麗な笑い声を立てた。
「君は筋金入りのあまのじゃくだね。見ていると、何だか懐かしい気分になるよ」
ルートが問い返そうとするのに先んじて、
「詳しくは知らないが、フィン君は少々特殊な環境で育ったようだからね。いろんな感情を抱えていて、それを夢の中で吐き出しているんだろう」
どこか遠い目でラグランジュは語った。
「どうしても困るというのなら、僕からルベリエに進言してみるよ。でも、しばらくはフィン君と一緒にいてやってほしい。これは命令でなく、個人的なお願いだけれどね」
「はあ」
ルートは要領を得ない相づちを打つ。
「ここでの生活は苛酷だ。でも、心から信頼し合える友達がいるのなら、乗り越えることは決して不可能じゃない。軍人が相手にするのは常に人間だからね。味方だろうと敵であろうと、目の前にいるのがどんな人間なのかを的確に見抜く目が必要だ。人を見る目を持ち、お互いがお互いの目に適う相手だと認め合えば、生涯の絆で結ばれた戦友になることができる」
とても難しいことだけどね、とラグランジュは言い添えた。
「先生は、ルベリエ教官と同期でしたね」
ルートが尋ねると、「そうだよ」とラグランジュは頷く。
「ルベリエは士官学校時代からの友人で、軍に入隊してからもたびたび同じ任務についた。共に死線をくぐったこともある。僕にとって、かけがえのない存在だよ」
「先生は、どうして今は医務官をしておられるのですか」
ラグランジュはためらう様子もなく、左足のズボンをまくり上げて膝の傷を見せた。
一目見ただけで銃創だと分かった。
「普通に歩いたり生活するには支障ないんだが、軍務に戻ることはできないと言われたよ。それで医師の資格を取って軍医になった。もう十年も前のことになる」
痛々しい傷痕は、今もなお戦いの凄惨さを物語っていた。
「十年前ということは、インバースの反乱の鎮圧戦ですね。先生も戦線に参加されていたのですか」
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