護国の鳥

凪子

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夏の章

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背筋が冷たい。かすかに痛む頭の奥で、危険信号が明滅している。

想像以上にユージェニーは知ってしまっている。そのことが余計にルートの神経を刺激した。

医務室のドアを開けると、中には空のベッドが二台並んでおり、一番奥のベッドにフィンが眠っていた。

近づいてみると愛くるしい微笑を浮かべ、すやすやと寝息を立てている。

「しぶとい奴」

独り言のつもりだったが、

「しぶといと言うのなら、君も相当だよ。ルート」

いつの間にか室内にいたラグランジュ医務官が、非の打ちどころのない笑顔で言った。

彼はフィンの枕元までやってくると、困ったように言った。

「もうすっかり解毒できたし、本当は今日も朝から教練に戻っていいくらいだったんだ。けど彼、朝食を食べすぎて動けなくなちゃってね。それから今までずっと眠ってるんだよ」

ありそうなことだ。ルートは内心で毒づいた。

「だから、もう本当に心配ないよ。わざわざ見に来てくれて、ありがとう」

「別に、そういうつもりではありません」

「そう?」

からかうようにラグランジュは笑ったが、それ以上の追及はしなかった。

「疲れているんだね。少し顔色が悪い」

横から顔を覗き込まれ、ルートは断固として首を振った。

「いえ、大丈夫です」

ラグランジュは肩をすくめ、仕方ないなと言わんばかりの顔で、

「いい茶葉があるんだ。よかったら一杯飲んでいきなさい」

「ありがとうございます」

気は進まなかったが断るのも面倒で、勧められた椅子に腰かける。

鉛色の空には分厚く雲が垂れ込め、空気は粘り気を帯び、遠雷が聞こえてくる。

ラグランジュの淹れた茶は確かにおいしかった。

茶器は白磁に碧で文様が綾取られており、高級品であることが窺われた。

注がれた茶の色は濃い茶褐色だ。飲むと香ばしく、ほどよい苦味が口腔に広がった。

胸のしこりが解けてゆくような心地のよさを感じる。

しばらく二人とも黙って茶を味わっていたが、やがてルートは切り出した。

「こいつ、うなされてませんか」

ラグランジュが目を丸くしたのを見て、ルートは当てが外れたのを悟った。
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