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夏の章
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「今回の件で分かっただろう。お前の素性は、もうとっくにばれてる。いつ誰が、どんな手を使って危害を加えてくるか分からない。運が悪ければ、問答無用でぶち殺されることも考えられる。
そうなっても、本当に後悔しないと言い切れるのか」
ルートはあえてゆっくりと、重石のような言葉を頭の上に載せていく。
その重みに耐えかねて、ユージェニーのこうべが沈んでゆく。
地面に視線を落としていた彼女が、ぽつりと言った。
「ご忠告ありがとう。でも、私はここを出る気はない。兄さんのことを突き止めるまで」
「理解できないな」
ルートは手短に批判した。
「本当のことが分かったからといって、死者が生き返るわけでもないだろう」
その言葉が心に爪を立てたのか、ユージェニーの顔色が曇る。
「そんなの分かってる。私のやってることは、ただの自己満足よ」
「このまま筒抜けになった潜伏を続けたところで、何が得られるんだ。無意味すぎる」
容赦なく追い打ちをかけられ、ユージェは目の端を真紅に染めて食い下がった。
「あなたにだって、大切な人くらいいるでしょう」
祈るように両手を組み合わせる。
「自分はどうなってもいい。でも、相手には、どんなことがあっても絶対に幸せになってほしい、そんな人がいるでしょう?」
「いない」
ルートの回答はにべもなかった。
――もしかすると、いたのかもしれない。遠い昔に、たった一人だけ。
けれども今は、自分の身よりも相手を思うということが、空虚なお伽話にしか思えない。
ユージェニーは横っ面を張られたかのようにして立ちすくんでいる。
ルートは彼女を捨て置き、踵を返して歩き出した。
「ノブレスコード」
聞き慣れない単語が耳を刺激し、振り返ると、ユージェニーの視線はその瞬間を待ち受けていたかのように、ぴたりとルートの両目を射抜いた。
「兄の手紙の中に出てきたわ。調べても意味は分からなかった。でも、ここに来て、軍の重要機密を記すための暗号文のことを指しているのだと知った」
ルートは目を細めた。
時計塔の奥に隠されていた、軍の機密文書。
あれは確かに、四百年ほど前に滅んだ文字であるヴォラピュク語で書かれていた。
しかし、一部の文法や表記がヴォラピュク語のものと違っており、あの場で全てを読み取ることはかなわなかった。
それがノブレスコード、軍の開発した暗号文だったということだ。
ヴォラピュク語とノブレスコードを組み合わせ、二重のロックをかけることで、軍は機密を保持しようとしている。
ユージェニーの兄であるフランツがそれを知っていたということは、やはり機密に触れたことが原因で――。
「あなたにも分かったでしょう」
今度はユージェニーが距離を一歩詰める番だった。
「私の言っていることが本当だって。フランツ兄さんは殺されたんだって」
難詰され、ルートは視線を逸らした。
ユージェニーは肩をすくめる。
「大丈夫、協力しろなんて言わないわ。その代わり、何があっても私の邪魔はしないで」
そうなっても、本当に後悔しないと言い切れるのか」
ルートはあえてゆっくりと、重石のような言葉を頭の上に載せていく。
その重みに耐えかねて、ユージェニーのこうべが沈んでゆく。
地面に視線を落としていた彼女が、ぽつりと言った。
「ご忠告ありがとう。でも、私はここを出る気はない。兄さんのことを突き止めるまで」
「理解できないな」
ルートは手短に批判した。
「本当のことが分かったからといって、死者が生き返るわけでもないだろう」
その言葉が心に爪を立てたのか、ユージェニーの顔色が曇る。
「そんなの分かってる。私のやってることは、ただの自己満足よ」
「このまま筒抜けになった潜伏を続けたところで、何が得られるんだ。無意味すぎる」
容赦なく追い打ちをかけられ、ユージェは目の端を真紅に染めて食い下がった。
「あなたにだって、大切な人くらいいるでしょう」
祈るように両手を組み合わせる。
「自分はどうなってもいい。でも、相手には、どんなことがあっても絶対に幸せになってほしい、そんな人がいるでしょう?」
「いない」
ルートの回答はにべもなかった。
――もしかすると、いたのかもしれない。遠い昔に、たった一人だけ。
けれども今は、自分の身よりも相手を思うということが、空虚なお伽話にしか思えない。
ユージェニーは横っ面を張られたかのようにして立ちすくんでいる。
ルートは彼女を捨て置き、踵を返して歩き出した。
「ノブレスコード」
聞き慣れない単語が耳を刺激し、振り返ると、ユージェニーの視線はその瞬間を待ち受けていたかのように、ぴたりとルートの両目を射抜いた。
「兄の手紙の中に出てきたわ。調べても意味は分からなかった。でも、ここに来て、軍の重要機密を記すための暗号文のことを指しているのだと知った」
ルートは目を細めた。
時計塔の奥に隠されていた、軍の機密文書。
あれは確かに、四百年ほど前に滅んだ文字であるヴォラピュク語で書かれていた。
しかし、一部の文法や表記がヴォラピュク語のものと違っており、あの場で全てを読み取ることはかなわなかった。
それがノブレスコード、軍の開発した暗号文だったということだ。
ヴォラピュク語とノブレスコードを組み合わせ、二重のロックをかけることで、軍は機密を保持しようとしている。
ユージェニーの兄であるフランツがそれを知っていたということは、やはり機密に触れたことが原因で――。
「あなたにも分かったでしょう」
今度はユージェニーが距離を一歩詰める番だった。
「私の言っていることが本当だって。フランツ兄さんは殺されたんだって」
難詰され、ルートは視線を逸らした。
ユージェニーは肩をすくめる。
「大丈夫、協力しろなんて言わないわ。その代わり、何があっても私の邪魔はしないで」
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