護国の鳥

凪子

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夏の章

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――嫉妬していた。

勉強も恋も余裕でこなし、悠々と社交界の海を泳ぎ渡っていくレッドがうらやましかった。

そつのない笑みを浮かべ、冗談を使いこなしながら。

自分はその横で、何一つものにならずにみっともなく四苦八苦しているというのに。

何もかもが自分より優れているくせに、決して自分と競おうとせず、出しゃばることなく主君を立てる影のような振る舞いが、いっそうレッドの優位を際立たせた。

一緒にいると、惨めな劣等感だけが募った。

けれど、離れることはできなかった。

父の命令だからではなく、自分自身がどうしようもなく惹かれていたから。

反発し、憎みながらも、憧れてやまない存在だったから。

サイクロイドに入れば変わると思っていた。

質実剛健な士官学校生活、真面目で質素な暮らし、華やかな娯楽や社交界とは無縁の場所。

そこでなら、純粋な実力だけが物を言う。

そうすれば補佐され、助けられ、面倒を見るという関係性から抜け出し、互いに切磋琢磨し、対等に付き合うことができるようになると思っていたのに。

「いい加減、そんな浮ついた気持ちで人と付き合うのはやめにしたらどうなんだ」

かすれた低い声が言った。

「あんなふうに『分かり合えない』と断定するから、ルートも余計に心を開いてくれなくなる。溝は深まるばかりだ」

「ああ、そのこと言ってるわけね」

ようやく腑に落ちた様子でレッドは頷いた。

「別にいいんじゃねえの?全てを理解し合えることがいいとも、俺には思えんしな」

「最初から理解を諦めるべきじゃない。相互の歩み寄りがなければ」

躍起になったユリシスを「あーはいはい」とわずらわしげに遮って、

「言いたいことは分かるけどさ、あいつらと俺らじゃ土台無理があるって。全てが対話で解決するなら、世の中に戦争なんてないだろ。嫌いは嫌い、許せないは許せない。俺はそれが自然だと思うね。あんまり安易に人を理解できると思わないほうがいい」

「でも」

なおも食い下がろうとしたユリシスの肩を抱き、レッドは押しつけがましい口調で、

「いろいろ溜まってるから、そんな益体もないことぐるぐる考えちまうんだよ。ちっとは頭休めて、のんびりしろって。あんまり突き詰めてもろくなことないぞ。ここ出たら、いくらでもかわいい女紹介してやるからさ。それまでは、ユージェあたりで我慢しとけって」

ユリシスが言い返そうとしたそのとき、

「でもまさか、お坊っちゃんが翼の会に入ってくれるとは思わなかったよな」

教室に集まって自習していた生徒たちが、他愛もなくお喋りの花を咲かせている。
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