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夏の章
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ラグランジュの判断はこの上なく速く、適切だった。
解毒効果のある薬草を食べさせ、水を飲ませると、フィンは激しく嘔吐し始めた。
「全部吐けば楽になるよ。もう少しだ」
フィンの背中をさすりながら、ラグランジュは辛抱強く声をかけた。
解毒の処置が済み、フィンが深い眠りにつき、ラグランジュが傍にやってくるまで、ルートは医務室の隅で棒を呑んだように立ち尽くしていた。
「顔色が悪いね。血の気が引いている」
頬に手を添えられ、ルートは反射的に振り払った。
ラグランジュはグラスに水を入れて持ってくると、「飲みなさい」とルートに手渡した。
「少し休んだほうがいい。もうフィン君は大丈夫だよ。危ないところは乗り切ったからね」
「はい」
「ただ念のため、容体が安定するまではここで看ることにするよ」
「よろしくお願いします」
上の空で答えるルートを見やり、ラグランジュは寛容な微笑を滲ませる。
「よほどフィン君のことが心配なんだね」
思いがけない台詞に、ルートは面食らった。
「ここに彼を担ぎ込んできたときの君は、普段とはまるで別人だったよ。生きた心地もしないって顔してた」
いたずらっぽく言われ、憮然と押し黙る。
「そんなふうに誰かを思うのは大切なことだ。君のような子であれば、なおさら」
反論を目で封じられ、ルートは諦めて溜息をついた。
「……混入されていた毒のことなんですが」
「恐らくルルティアの花の成分を抽出して、強濃度化したんだろう。ルルティアの樹皮や根や花には毒性作用があって、本来は微弱なもので人体に影響はないんだが、煮詰めたりして大量に摂取すると、これと似たような症状が出ることがある」
それを聞くと、ルートは立ち上がった。
「どこへ行くんだい」
「自分の部屋に戻ります」
「その前に、一つだけ確認させてくれ」
ラグランジュの目の底が冷たい光を放つ。
「差し入れをした人間に、本当に心当たりはないんだね」
「ありません」
不自然なほど簡潔なルートの答えを聞き、ラグランジュは目を細める。
底知れぬ沈黙の後、薄い唇が開いた。
「……そう。なら、もう行っていいよ。今回のことは、僕からルベリエ教官に報せておく」
解毒効果のある薬草を食べさせ、水を飲ませると、フィンは激しく嘔吐し始めた。
「全部吐けば楽になるよ。もう少しだ」
フィンの背中をさすりながら、ラグランジュは辛抱強く声をかけた。
解毒の処置が済み、フィンが深い眠りにつき、ラグランジュが傍にやってくるまで、ルートは医務室の隅で棒を呑んだように立ち尽くしていた。
「顔色が悪いね。血の気が引いている」
頬に手を添えられ、ルートは反射的に振り払った。
ラグランジュはグラスに水を入れて持ってくると、「飲みなさい」とルートに手渡した。
「少し休んだほうがいい。もうフィン君は大丈夫だよ。危ないところは乗り切ったからね」
「はい」
「ただ念のため、容体が安定するまではここで看ることにするよ」
「よろしくお願いします」
上の空で答えるルートを見やり、ラグランジュは寛容な微笑を滲ませる。
「よほどフィン君のことが心配なんだね」
思いがけない台詞に、ルートは面食らった。
「ここに彼を担ぎ込んできたときの君は、普段とはまるで別人だったよ。生きた心地もしないって顔してた」
いたずらっぽく言われ、憮然と押し黙る。
「そんなふうに誰かを思うのは大切なことだ。君のような子であれば、なおさら」
反論を目で封じられ、ルートは諦めて溜息をついた。
「……混入されていた毒のことなんですが」
「恐らくルルティアの花の成分を抽出して、強濃度化したんだろう。ルルティアの樹皮や根や花には毒性作用があって、本来は微弱なもので人体に影響はないんだが、煮詰めたりして大量に摂取すると、これと似たような症状が出ることがある」
それを聞くと、ルートは立ち上がった。
「どこへ行くんだい」
「自分の部屋に戻ります」
「その前に、一つだけ確認させてくれ」
ラグランジュの目の底が冷たい光を放つ。
「差し入れをした人間に、本当に心当たりはないんだね」
「ありません」
不自然なほど簡潔なルートの答えを聞き、ラグランジュは目を細める。
底知れぬ沈黙の後、薄い唇が開いた。
「……そう。なら、もう行っていいよ。今回のことは、僕からルベリエ教官に報せておく」
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