護国の鳥

凪子

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夏の章

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振り上げた斧が頭をかち割る感触が、今でも掌に残っている。

躊躇はなかった。微塵もなかった。

飛び散る脳漿と砕ける骨の音を聞きながら、痙攣する体を見下ろしながら、何度も何度も、原型を留めなくなるまで淡々と斧を振り下ろし続けた。

もう二度と起き上がらないように。万に一つも生き残る可能性がないように。

首都州の北東、ノヴィアル州は大陸中最も寒冷な気候と痩せた大地が広がっている。

ルートの生まれ育ったナユタの村も例外ではなかった。

一年の半分以上は霧と雪と雨に鎖され、作物の育ちも悪く、外界から隔絶された農民たちは諦めだけを覚え、徒労と虚しさをやり過ごすすべを身につける。

物心ついてからの記憶は、どこをすくい上げても陰惨なものばかりだった。

「食わせてもらってるだけありがたいと思え」というのが、その男の口癖だった。

義父が自分の伯父にあたるということは何となく知っていたが、きちんと説明されたことはなかった。

伯母はおらず、十歳離れた義姉はいつもルートをかばい、荒れた土地を耕作し、繕い物を覚え、僅かな食材で料理をつくってくれた。

伯父は村に一つしかない酒場に毎日昼間から入り浸り、まともに働いたことはなかった。

盾突けば、拳が真っ赤になるまで殴られた。

これ以上やったら死ぬと、義姉が止めに入ってくれて事なきを得たのも一度や二度ではなかった。

五歳になると村の子供たちはプライマリーに通ったが、ルートは当然のように学ぶ機会を取り上げられた。

野良仕事、子守り、キノコ採り、薪集め。

ありとあらゆる仕事をする合間に、家にあった僅かな書物をむさぼり読んで字を覚えた。

ある日、家で炊事をしていた姉の横でルートが何気なく聖詩を口ずさむと、姉が顔色を変えてにじり寄ってきた。

一万七千五百にもなる聖詩の一言一句をどこで暗記したのかと問われ、プライマリーの教室の軒先に座り込んで聞き覚えたと答えると、その表情は驚愕から歓喜に変わった。

姉はルートに教育を受けさせてやってくれと直談判し、父が断るやいなや、自分がこつこつと貯めてきた小銭の全額と、残りは知り合いを一軒一軒回って借り、そのかき集めた金でルートをミドルスクールへ通わせてくれた。

父親はそれが面白くなかったらしい。

ルートはよく分かっていた。義父は自分を憎んでいる、ほとんど本能的に憎んでいるということも。

ミドルスクールを卒業するころ、しゃかりきになって働き借金を返済し続けてきた姉が、とうとう倒れた。

肺病だった。

ルートはイミディエイトへの進学を諦め、知人の口利きで奉公先を見つけて働き始めた。

ナユタの村から遠く離れた、炭鉱での下働きである。

眠る暇もなければ満足に食事も与えられない、想像を絶する劣悪な労働環境の中、同じ年頃の子供たちはばたばたと死んでいった。

死ねば虫けらのように掘られた穴に放り投げられる。

もとより金で売り払われた者たちばかり、異を唱える者などありはしない。

毎月の給料を、ルートは一切手をつけずに姉の元へ仕送った。

入院費用が貯まるまで、姉は自宅で医師の往診を受けながら静養しているはずだった。

定められた契約期間の三年を終えて戻ってくると、姉は死んでいた。

ささやかな葬儀も営まれたと、後ろめたそうな表情で村の者が言った。ルートが戻る一年も前のことだったという。

仕送った金のほとんどが義父の懐に消え、姉は最後の最後まで医者を呼んでもらえなかったことを知り、ルートは自らの浅はかさを呪った。

赤ら顔で帰ってきた義父を問い詰めると、グローブのような分厚い拳が飛んできた。

血を流してうずくまるルートに覆いかぶさり、酒臭い息で父は罵った。

「お前が死ねばよかったんだよ」と。

これで生きる意味も目的もなくなったと言って、父はルートの左耳に穴を開けた。

奴隷は高く売れる。お前の顔はもう見たくないから売り飛ばすので、目の前から消えてくれろと。

それが何の取り柄もなく、何の役にも立たなかったお前が、育ててやった恩に報いる唯一のことだと。

食うにつめた暮らしを送り、嫁にも行けず、義父に喰い物にされ、義弟の犠牲になり、借金に追われ、とうとう病気に命まで奪われた。

何の幸福も与えられなかった姉の人生。

それを思うと、ルートは死にもの狂いの雄叫びを上げていた。










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