護国の鳥

凪子

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夏の章

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「施設に入る前は、親戚か誰かのところにいたのか?今までどうやって生活してきたんだ」

何の気なしに尋ねているように装いながらも、レッドは内心冷や汗をかいていた。

どうしてだろう、フィンとの会話にはいつも綱渡り気分を味わわされる。

フィンは、ばつの悪い表情でちらりと舌を出した。

「覚えてないんだ」

「覚えてないってどういうことだよ」

レッドの問いかける声が、わずかに上ずっている。

「記憶喪失なんだって。三年前より昔のことは、何にも思い出せない。だから家族がいるのかも、生きてるのかもわかんないや。気がついたら、グレムリンのとこにいたんだ」

グレムリン、とルートは口の中で復唱した。たしか、レムニスケート研究所の所長の名前だ。

気まずい沈黙が兆して、レッドはそれ以上の追及を諦めた。

「そっか。悪かったな、変なこと聞いて」

「ううん」

フィンは小さく首を振った。

「一回誰かに聞いてみたかったんだ。父さんとか母さんとかって、どんな感じなのかなって。俺そういうの、よく分かんないから」

背を向けて厨房に戻る小さな背に、ルートが鋭い目で呼びかけた。

「グレムリンが、今のお前の父親代わりなんだろう」

フィンの、少年にしては薄い肩がかすかに上がる。

「違うのか」

振り向いて視線がぶつかり、紫の瞳と紺碧の瞳が切り結ぶ。

フィンは不可思議な表情で視線をうろつかせていたが、きっぱりと首を振った。

「違うと思う」

「どうして」

「どうしてって……」

フィンは気まぐれな瞳で、戸惑ったように首をひねる。

「だって、グレムリンは俺をジッケンするから」

「は?実験?」

訝しげにおうむ返ししたのはレッドだった。

「そう。だって父さんは子供をジッケンなんてしないでしょ?よく分かんないけどさ。毎日毎日ジッケンばっかするから、嫌になって俺、抜け出してきたんだ」

どこか自慢げにフィンは胸を張る、戦利品を見せびらかす子供のように。

アンバランスな風景が、目の前でぐにゃりと歪む。

「三人とも何してるんだ」

やってきたユリシスに叱りつけられ、レッドとルートは我に返る。

「こっちの片付けはもう終わったよ。ゴモラさんが遅いってかんかんに怒ってる。早く行って謝らないと」

「やべ、忘れてた」

レッドは泡を食った様子で走り出した。














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