護国の鳥

凪子

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春の章

69

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「失礼します」

教官室に入ると、ユリシスは灯りをつけて室内を見渡した。

どうやら教官も自室に戻っているか、ほかの場所にいるらしい。全員が席を外しているのは珍しいことだった。

ユリシスがルベリエの机に歩み寄ると、

「見ーつけた」

がさがさと葉ずれの音がしたかと思うと、木の茂みからバルコニーをつたってフィンが室内に飛び込んできた。

「フィン!一体何を」

「しーっ」

と唇に指を当て、フィンは指先に引っかけた鍵束を示してみせる。

複雑な意匠を凝らした古風で精緻な鍵は、特別な場所へと通ずることをあらわしていた。

「盗んだのか」

ユリシスは顔面蒼白になる。

「違うよ。落ちてたから返しに来ただけ」

気楽な調子で答えるフィンの両肩を掴み、詰め寄ると、

「それはどこの鍵で、どこに落ちてたんだ」

「分かんないよ、さっき中庭で拾ったんだもん」

――もしかして、教官室が空なのはこのため?

そこまで考えたとき、ユリシスは殺気を感じて縮み上がった。

振り向こうとした瞬間、鼻骨めがけて飛んできた拳を受け、後方へ吹っ飛ばされた。

椅子をなぎ倒して床に頭を打ち、辺りに書類が散乱する。

「待つんだ、ルベリエ」

短く強い制止の声が飛んだ。

ユリシスは立ち上がろうとしたが、力が入らず床に鼻血が垂れ落ちる。

「どうしたの?血相変えて」

この期に及んで平気な顔をしているのはフィンだった。

ルベリエはフィンの腹を蹴り飛ばし、胸倉をつかみ、もう片方の手で喉首を締め上げた。

「やめろと言ってるだろう」

無理やりに割って入ったのがラグランジュ、ややあって解放されたフィンは床に尻もちをついて二人を見上げている。

「やれやれ。何事だよ、一体」

煙草の匂いがしたかと思うと、ひょっこり姿を現したのはモレルだった。

「モレル少佐。それが……」

と言いかけ、ラグランジュはちらりとルベリエを見る。

モレルは嫌味たっぷりに、

「ま、大体想像はつくけどな。たかが鍵を盗まれたぐらいで、そんな鬼みたいな形相しなさんな」

ルベリエはモレルに目もくれず、フィンを睨み下ろしている。

「鍵番が二人、石で殴られて重傷です。鍵のほうは、こちらに戻ってきたようなのですが」

「とにかく、こいつらに事情を聞かんとな。しかしまあ、派手にやらかしたじゃねえの。軍機大臣のご子息相手にこんなことして、出世に響くぞ?主任教官さんよ」

モレルはルベリエの肩に手を置いて、じっくりと一語一語に毒を込めた。

「大丈夫かい」

ラグランジュは二人の傍で膝をつき、様子を確かめる。

ユリシスは苦悶の表情だが、何とか顎を動かした。

フィンの腕が腫れ上がっているのを見て、ラグランジュは顔をしかめた。

「折れてるじゃないか」

フィンが小鳩のように目をくるりとさせる。

「蹴られたときに腕でかばったんだね。痛いだろう」

「ううん、全然」

フィンはあろうことか折れた腕を回そうとしたので、ラグランジュは慌ててそれを止めた。

「とにかく手当が先だ。事情は後で聞かせてもらうから。それでいいね?ルベリエ」

「ああ」

落ちついた声でルベリエは返したが、未だに瞳は射殺すような光を放っていた。
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