護国の鳥

凪子

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春の章

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ユリシスは報告書を手に、一人で職員棟へ向かって歩いていた。

サイクロイドは段差のある地面に建築されているため、非常に複雑な階層性と構造を持ち、候補生はもちろん職員ですら全貌を把握している者は少ない。

この士官学校には極めて特殊な点がいくつかある。一年間しか生徒や職員の滞在を許さないこともその一つだ。

士官学校時代に先輩後輩といった上下関係は全く存在せず、上の世代と下の世代はおそろしく鋭利に断絶されている。

また教官や医務官、寮監督や清掃員といった顔ぶれに至るまで、ありとあらゆる人間が毎年例外なく総入れ替えになる。

シルヴァリオの突然死から二週間以上が経過したが、あれ以来、学校当局からは何の発表もない。

このまま事件をうやむやにしておくつもりなのだろう。

最初は騒いでいた者たちもいつしか忘れ去り、あっけなく記憶は新しいペンキで塗り替えられていく。

――シルヴァリオは、最後に何を思っただろう。

石壁をくり抜いた窓から夜空を見上げ、ユリシスは物思いに耽る。

確かに、あの死は到底自然なものではなかった。

けれど、調査しようにも身動きが取れない。

毎日膨大な量の学科と、気力と体力の限界に挑む実科が課され続けているのだ。

食べることと眠ることを除けば、自由になる時間はないに等しい。

『放っておけよ』

ユージェニーと別れた後、レッドは分別くさい口調で説き伏せた。

『俺たちは飯が手に入ればそれでいい。ほかのことに首を突っ込んでる余裕はない』

『シルヴァリオの件もある。原因の分からない不審死を放置しておけば、いずれ僕らにも災禍が及ぶかもしれない』

二人に割り当てられた居室で、レッドは足を広げてベッドの上に腰かけている。

その表情が、具体的な憂慮に満ちて曇った。

『なあユリシス。あのユージェニーって子の言ってることが全部本当だっていう保証はないんだ。どうせお前のことだから、可哀想がって調べてやろうと思ってるんだろうが、やめときな。たとえどんなものであれ、何かを頭から信用するのは危険だ』

『利用するだけ利用して、後は放り出せと?』

ユリシスは刃を含んだ声色で跳ね返した。

レッドの目が、駄々をこねる子供を見るようなものになる。

『……それがあの子のためなんだよ』

『僕には分からない』

ユリシスは目を逸らした。

『あの子が嘘をついているとは思えない。大切な人が死んで、その理由を知りたいと願うのは当たり前のことじゃないか。それに、信じて裏切られたら困るから、最初から信じないようにするなんて、臆病者のすることだ』

そう言って、ちらりとユリシスはレッドを見る。

こんなとき、いつも彼は哀しみと理解に満ちた微笑を浮かべて言うのだ。

『お前なら、そう言うと思ってたよ』

十年以上を共に過ごした、誰よりも近しくかけがえのない友人を、この瞬間、ユリシスは激しく憎んだ。




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