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二、
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夕霧は匂い立つような色香を滲ませながら、
若様の嫁候補を受け付けているというのは、この門かえ?」
「そうだ。候補に名を連ねたいというのならば、ここへ名を書いてもらおう」
夕霧はさらさらと達筆な手つきで墨で白紙に名を記す。
「それから」
と侍の一人が常盤を見下ろして言った。
「付き添いの者は認めない。帰らせるがよい」
「お待ち。誰が付き添いだと言ったんだい」
夕霧の顔には怒りがあらわだった。
常盤の肩に白魚のような指をかけ、
「この子も候補者の一人だよ。この私、夕霧太夫が見込んだ娘なんだからね」
「何」
「主が夕霧か」
侍二人の表情に動揺が走る。
「吉野の国きっての花魁。遊廓を統べる傾城の美姫。そなたが」
並の者は姿を見ることさえかなわない。
一杯の酒を注がせるために一国を傾けるほどの金と、並び立つ者のない地位が必要となる。
都のやんごとない方々や、噂によると皇族に名を連ねる方々までもが訪れるという。
色街という国を支配する女王。
誰もがひれ伏し、幾千幾万の者をつき従える、唯一にして最高の地位、花魁にある女性。
「そうでありんす。わっちが夕霧。これは常盤。分かったら、そこをどきなんし」
郭言葉を使えば、そこにはもう噂にたがわぬ夕霧太夫の、神々しいまでに艶やかな比類なき容貌があった。
「しかし、しかし、このようなみすぼらしい娘を上様に目通りさせるわけには」
慌てふためく門番に、すうと目を細める夕霧は気迫に満ちていた。
形のよい紅き唇が言葉を紡ぐ前に、
「恐れながら、お侍様」
口火を切ったのは常盤のほうであった。
若様の嫁候補を受け付けているというのは、この門かえ?」
「そうだ。候補に名を連ねたいというのならば、ここへ名を書いてもらおう」
夕霧はさらさらと達筆な手つきで墨で白紙に名を記す。
「それから」
と侍の一人が常盤を見下ろして言った。
「付き添いの者は認めない。帰らせるがよい」
「お待ち。誰が付き添いだと言ったんだい」
夕霧の顔には怒りがあらわだった。
常盤の肩に白魚のような指をかけ、
「この子も候補者の一人だよ。この私、夕霧太夫が見込んだ娘なんだからね」
「何」
「主が夕霧か」
侍二人の表情に動揺が走る。
「吉野の国きっての花魁。遊廓を統べる傾城の美姫。そなたが」
並の者は姿を見ることさえかなわない。
一杯の酒を注がせるために一国を傾けるほどの金と、並び立つ者のない地位が必要となる。
都のやんごとない方々や、噂によると皇族に名を連ねる方々までもが訪れるという。
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「しかし、しかし、このようなみすぼらしい娘を上様に目通りさせるわけには」
慌てふためく門番に、すうと目を細める夕霧は気迫に満ちていた。
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「恐れながら、お侍様」
口火を切ったのは常盤のほうであった。
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