その人事には理由がある

凪子

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あまり知られていないが、森田ビルの最上階は広々とした屋上庭園になっている。

桜の樹を植えた遊歩道にはベンチが据えられ、手入れの行き届いた花壇には色とりどりのパンジーが咲き誇っている。

缶ジュース片手に空を仰ぐと、透きとおった夕陽の欠片が梢からこぼれてくる。

「あー、しみるー」

親父っぽい感想とともにコーラを飲み干した沙織は、十五メートルほど離れたくずかごに缶を放り投げた。

カランといい音がして缶が吸い込まれる。千春はぱちぱちと拍手した。

先ほどの営業本部でのやりとりを説明すると、沙織は苦笑いを禁じ得ない様子だった。

「あいつらしいわ」

「驚かないんだね」

「そりゃあね」

澄ました顔で沙織は言ってのけた。

「私の彼氏がどうもまるっきり使えない奴だっていうのは、うすうす分かってましたから」

どう言葉を返していいものか判じかねて、千春は黙り込む。

あのときの真鍋祐太の幼稚な態度。

謝るでもなく傲然としていて、これ以上刺激すれば逆ギレでもしかねないくらいだった。

まともな社会人のものとは思えない。

「分かったんだけどね。あいつ、全然人の話聞かないのよ。全っ然」

力を込めた言い草に千春は笑った。

だが、沙織は笑わなかった。

「違和感を覚えたのは配属されて一週間ぐらいしてからだったかな。先輩の説明が理解できなくて、私は聞き返すことも多かったんだけど、隣の島にいるあいつを見たら、何でも『はい!』って超元気よく返事してるの。『分かったか?』『はい!』『できるか?』『はい!』みたいな感じでね。

私も馬鹿だから、そのときはすごいなって思ってたのよ。何せいつも自信満々な男だし、仕事の飲み込みも早いんだろうなって。

でも、そうじゃなかった。いざ実際に仕事をしてみたら、何も分かってなかったの。返事だけはいいし声もでかいし無駄に元気なんだけど、説明を理解できなくても『はい!』って言って、分からないことを分からないって言えない。だからミスばっかりする。それで注意されても『はい!』って言って聞き流してるから、結局また同じミスを繰り返す。

最初は先輩も上司も優しかったのよ。誰でもミスはするし、慣れない間は仕方ないって大目に見てくれたの。あいつの尻ぬぐいすることになっても、文句言う人なんて誰もいなかった。

でも、それが結果的につけ上がらせたみたいで、祐太はミスしても謝るどころか、責任を他の人に押しつけるようになった。自分のせいで相手が怒ってても気にしないし、ミスを指摘されても俺じゃありませんよってとぼけてる。さすがに先輩もイライラするようになって……」

千春はようやく事態を飲み込むことができ、不快感に肌がざわつくのを感じていた。
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