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「でも俺、ちゃんと原口さんに伝えましたよ。向こうが日程変更してくれって言ってますって」
ふてぶてしく腕を組み、椅子にふんぞり返った人影が言ったので、千春は目をみはった。
「はあ?! んなもん聞いてねえよ」
「俺、言いました」
「いつ」
「昼休みの前に、メモ書いて机の上に置きました」
火に油を注ぐ発言だったが、その内容よりも千春を驚かせたのは、怒られている人間に見覚えがあったからだった。
男性社員は資料やら書類やらが積まれている机の端に、かろうじて引っかかっている小さな付箋を見つけて目を吊り上げた。
「こんなもん見るわけねえだろ! 外回りしてんのに! もうお前、一生電話出るな!!」
ますますヒートアップしていく男性社員と対照的に、子供のようにふてくされてそっぽを向いているのは、千春と同期の真鍋祐太だった。
断片的な会話から千春が察したのは、どうやら怒っているのは営業グループの先輩で、外回り中に彼に宛てて商談の時間変更の連絡が入った。
しかし真鍋はそれを先輩につながず、自己判断で勝手に返事し、あまつさえそれを電話やメールで伝えず、付箋に書いて机の上に置いた。
先輩が帰ってきたところ、会合の時刻は既に過ぎており、先方からは大層な怒りのお言葉を頂戴し商談は不成立になったと、このような経緯らしかった。
「おい、原口」
激しい勢いで責め立てていた男性社員に、上席らしき男性が言った。
「怒鳴ってる時間があったら、先方に電話して詫びに行け」
そう言われてはっと目が覚めたのか、
「はい」
と返事して頭を下げると、原口は今度は電話をかけるなり猛然と謝り始めた。
「私、成澤商事株式会社営業グループの原口と申します。前田様、先ほどは大変申しわけございませんでした。……はい。はい。……誠に申しわけありません。おっしゃるとおりでございます。……はい。……はい、はい」
平謝りの鑑とも呼ぶべき平身低頭ぶりに、しばし千春は立ち尽くしていた。
――営業って大変なんだな……。
しみじみ思っていたところ、手持無沙汰そうに座っていた真鍋が突然こちらを振り向いた。
目が合うと、にやっと笑う。
――やばい。
ふてぶてしく腕を組み、椅子にふんぞり返った人影が言ったので、千春は目をみはった。
「はあ?! んなもん聞いてねえよ」
「俺、言いました」
「いつ」
「昼休みの前に、メモ書いて机の上に置きました」
火に油を注ぐ発言だったが、その内容よりも千春を驚かせたのは、怒られている人間に見覚えがあったからだった。
男性社員は資料やら書類やらが積まれている机の端に、かろうじて引っかかっている小さな付箋を見つけて目を吊り上げた。
「こんなもん見るわけねえだろ! 外回りしてんのに! もうお前、一生電話出るな!!」
ますますヒートアップしていく男性社員と対照的に、子供のようにふてくされてそっぽを向いているのは、千春と同期の真鍋祐太だった。
断片的な会話から千春が察したのは、どうやら怒っているのは営業グループの先輩で、外回り中に彼に宛てて商談の時間変更の連絡が入った。
しかし真鍋はそれを先輩につながず、自己判断で勝手に返事し、あまつさえそれを電話やメールで伝えず、付箋に書いて机の上に置いた。
先輩が帰ってきたところ、会合の時刻は既に過ぎており、先方からは大層な怒りのお言葉を頂戴し商談は不成立になったと、このような経緯らしかった。
「おい、原口」
激しい勢いで責め立てていた男性社員に、上席らしき男性が言った。
「怒鳴ってる時間があったら、先方に電話して詫びに行け」
そう言われてはっと目が覚めたのか、
「はい」
と返事して頭を下げると、原口は今度は電話をかけるなり猛然と謝り始めた。
「私、成澤商事株式会社営業グループの原口と申します。前田様、先ほどは大変申しわけございませんでした。……はい。はい。……誠に申しわけありません。おっしゃるとおりでございます。……はい。……はい、はい」
平謝りの鑑とも呼ぶべき平身低頭ぶりに、しばし千春は立ち尽くしていた。
――営業って大変なんだな……。
しみじみ思っていたところ、手持無沙汰そうに座っていた真鍋が突然こちらを振り向いた。
目が合うと、にやっと笑う。
――やばい。
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