その人事には理由がある

凪子

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森田ビルの地下一階には成澤商事株式会社の倉庫と印刷室と資料室があって、時間のかかる大量のコピーやシュレッダー、裁断や折り込みは印刷室で行うことになっていた。

「大丈夫? 一人で持てる?」

大きな段ボール箱を抱えた千春に、朝木静が心配そうに言った。

隣で金子補佐が腰を浮かせようとするのを見て、千春は両手を振る。

「大丈夫です、大丈夫です。無理だったら何回かに分けて持っていくので」

二人の仕事を止めてしまっては申しわけないと、一生懸命に固辞した。

――大体、日野さんが来ないのが悪いわ。

用事があるとき、忙しいときに限っていないのが多々良である。

嘱託の新井さんは休みだし、この大量のコピーとシュレッダーを、これから一人でやらなければいけないのだ。

――例の藤崎さんの件も報告まだみたいだし、どこで油を売ってるんだか。

千春は内心で溜息をつく。

仕方ない。どうせやるなら、てきぱきやってさっさと終わらせよう。

そう思い、段ボール箱をエレベーターホールまで運び、エレベーターが来るまで待っていると、

「何度言ったら分かるんだよ!!」

物凄い怒号が耳に飛び込んできた。

思わず振り向くと、廊下の空気が凍りついている。

どうやら声の主は営業本部にいるようだった。

「分からないのに勝手に先方に返事するなって、俺言ったよな。折り返しお電話しますって言えって、何回も何回も言ったよな。なのに何で! 何で勝手に間違ったこと伝えるんだよ! え?!」

額に青筋を立て、口の端から熱い唾を飛ばして、男性社員が怒鳴り散らしている。

怒り心頭に達するとは、まさに今のあの人の状態を指すのだろう。

千春はエレベーターがついたことも忘れて、思わず見入ってしまった。

「どうしてくれるんだよ。お前のせいで商談一つ潰れたんだぞ」

男性の放った声の後に、しいんと水を打ったような静寂が広がった。

誰が怒られているのかは知らないが、これは相当大きな失敗をやらかしてしまったのだろう。

しかもこの言い方から推すに、一度や二度のミスではなさそうだ。

入社以来、上司が優しいこともあって大して怒られた経験のない千春としては、ここまで心臓が冷える思いをしたのは初めてだった。

ともかく、怒られているのが自分でなくてよかったと思うばかりである。
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