その人事には理由がある

凪子

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「やっぱ酒はシングルモルトですよね、部長」

「おっ。分かってるなー、日野君は」

中西部長は上機嫌で饒舌に喋り出す。

それにならって会話が始まり、壊れかけた雰囲気は無事に修正された。

ほっと胸を撫でおろした千春だったが、多々良の目が何かを伝えていることに気づいた。

真剣な瞳でこちらを見つめ、小さく頷いている。

呼んでいるのかと思って腰を浮かしかけると、首を横に振って制した。違うと。

――大丈夫?

確信はなかったが、そう聞かれてる気がして、千春は笑って頷いてみせた。

すると多々良は器用に片目をつむり、複数人を交えて中西の相手を始めた。

恐らく飲み会の場で最も厄介な部長を先に持ち上げ、気分よく飲ませておくつもりなのだろう。

「門倉さん」

呼ばれてはっと視線をやると、麻緒が床に額をこすりつけるようにして謝っていた。

「本当にごめん。嫌な気にさせたよね」

「全然大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしましたけど」

「あたし女子校育ちでスカートめくりとか普通だったから、こんな年になってもつい癖が出ちゃうことがあって。とにかく、ごめんなさい!」

「いいですって。飲みましょ飲みましょ」

愛想よく答えつつも、千春は冷静に麻緒を値踏みしていた。

――この人、おばさんというよりおっさんだな。

ボーイッシュと言えば聞こえはいいが、絡み方というか所作というか、行動全てがおっさんっぽい。

初対面の千春に対してここまで不躾な行動をとるのだから、男性社員、しかも後輩相手にはなおさらだろう。

「パンツ脱げ」ぐらい言っているかもしれない。

網川の言っていることは妥当だ。

藤崎麻緒は、男性社員相手にセクハラをするような人間なのだ。

いくら勤務成績がいいからといって許されることではない。

横目で探すと、千春とは対角の位置にあるテーブルの壁側に、身を潜めるようにして網川が座っていた。

頑なにこちらを見ようとせず、法務課の男性社員と何やら熱心に話し込んでいる。

表情は穏やかだが、時折周囲を見回しては、その目に怯えが走る。

そこへグラスを持って移動してきた多々良がさりげなく入って、多々良に寄ってきた総務の女性二人も加わった。

全く違和感なく溶け込んでいるようだ。

今のところ、誰も疑っている様子はない。

お見事と言うしかなかった。
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