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それから1週間の間、私は部屋から一歩も外に出ず、引きこもりライフを送った。
まず結婚式の後、張りつめていたものが解けて、そのまま倒れるようにして爆睡した。
次に気がついたのが、翌日の夜。つまり、まる一日眠っていたことになる。
ベッドの傍にはユリウスがいて、椅子に腰かけて本を読みながらうとうとしていた。
眠っているユリウスは、少しあどけなくて、21歳という年相応に見えた。
私のほうが年下だけど、前世での経験があるから、不思議な感じ。
病院では医療事務や薬剤師、医師や看護師など、たくさんの人が働いていたけれど、ユリウスみたいに責任感のある人はどこにもいなかった。
何となく、さらさらした黒髪に触れようと手を伸ばすと、直前でぱっと目を開いた。
「起きられましたか」
「へあっ、お、おはよう……」
キョドっている私を、ユリウスはいつものとおり熱や脈拍を確かめる。
そして、水さしからコップに水をついでくれた。
「お飲みください。丸一日眠っておられたので、水分補給が必要です」
「え、私、そんなに寝てたの」
「はい。招待客の皆さまが帰られるのを笑顔で見届けられてから、気絶するようにお眠りになりました」
淡々とした口調からは、感情は読み取れない。
私はユリウスの顔を覗き込んだ。
「……怒ってる?」
「いいえ。ご立派でした」
短い褒め言葉に心がこもっていて、私は微笑む。
挨拶だけのつもりだったけれど、結局マリーを筆頭に、たくさんの人たちが私にメッセージをくれたのだ。
結果として、お互いに感謝を伝え合い、改めて絆を結び直すいい機会になった。
「軽く何か召し上がりますか」
「ん……そんなにお腹はすいてないけど」
ユリウスが手配してくれて、サンドイッチやスコーン、野菜のスープといった軽食が運ばれてきた。
温かい紅茶をたっぷりとポットに淹れて、夜のお茶会が始まる。
「あのときと同じだね。婚約破棄されて、お父様とお母様の部屋に行ったとき。正直言うと、辛かったし混乱してたけど、ちょっとワクワクもしてた。夜のお茶会って特別で、作戦会議みたいな感じで楽しかった。……まあ、ハイになってただけなんだけどね」
ユリウスは答えず、緑色の瞳で私を見つめている。
「お父様とお母様とユリウスが私の味方になってくれたから、心が折れずにすんだの。ありがとう」
「……何かほしいものはありませんか」
「え?」
別方向から言葉が飛んできて、私は戸惑った。
「食べたいものや、聞きたい音楽や、読みたい本や、会いたい人。何でも構いません。欲しいものがあれば、何でもおっしゃってください」
「ど……どうしたの、ユリウス。急に優しくなっちゃって」
「言ったでしょう、今あなたに必要なのは静養です。俺が回復したと判断するまで、手加減抜きで思いっきり甘やかされていただきます」
「ええ~、困ったな……。欲しいものって言われても、私、本当に恵まれてるからね~」
公爵令嬢として、何不自由ない生活を送れているのだ。これ以上、贅沢したいとは思わない。
「物ではなく、したいことでもかまいませんよ」
「ん~……そうね、とりあえず寝たいかな。それで、1日中ベッドの上で過ごしたい」
「かしこまりました」
「あ、それと……」
言いかけて、私は口ごもった。
「何ですか?」
「馬鹿にしない?」
「しませんよ」
びっくりする優しい声で、優しい顔でユリウスが言ってくれるものだから、私はおずおずと手を差し出した。
「……私が眠るまで、手を握ってて…………ください」
我ながら子供っぽくて、顔が赤くなる。
でも、ユリウスは笑わず、すぐに私の手をぎゅっと握りしめてくれた。
その温もりのおかげで、私はとても安らかに穏やかに、眠りにつくことができたのだった。
まず結婚式の後、張りつめていたものが解けて、そのまま倒れるようにして爆睡した。
次に気がついたのが、翌日の夜。つまり、まる一日眠っていたことになる。
ベッドの傍にはユリウスがいて、椅子に腰かけて本を読みながらうとうとしていた。
眠っているユリウスは、少しあどけなくて、21歳という年相応に見えた。
私のほうが年下だけど、前世での経験があるから、不思議な感じ。
病院では医療事務や薬剤師、医師や看護師など、たくさんの人が働いていたけれど、ユリウスみたいに責任感のある人はどこにもいなかった。
何となく、さらさらした黒髪に触れようと手を伸ばすと、直前でぱっと目を開いた。
「起きられましたか」
「へあっ、お、おはよう……」
キョドっている私を、ユリウスはいつものとおり熱や脈拍を確かめる。
そして、水さしからコップに水をついでくれた。
「お飲みください。丸一日眠っておられたので、水分補給が必要です」
「え、私、そんなに寝てたの」
「はい。招待客の皆さまが帰られるのを笑顔で見届けられてから、気絶するようにお眠りになりました」
淡々とした口調からは、感情は読み取れない。
私はユリウスの顔を覗き込んだ。
「……怒ってる?」
「いいえ。ご立派でした」
短い褒め言葉に心がこもっていて、私は微笑む。
挨拶だけのつもりだったけれど、結局マリーを筆頭に、たくさんの人たちが私にメッセージをくれたのだ。
結果として、お互いに感謝を伝え合い、改めて絆を結び直すいい機会になった。
「軽く何か召し上がりますか」
「ん……そんなにお腹はすいてないけど」
ユリウスが手配してくれて、サンドイッチやスコーン、野菜のスープといった軽食が運ばれてきた。
温かい紅茶をたっぷりとポットに淹れて、夜のお茶会が始まる。
「あのときと同じだね。婚約破棄されて、お父様とお母様の部屋に行ったとき。正直言うと、辛かったし混乱してたけど、ちょっとワクワクもしてた。夜のお茶会って特別で、作戦会議みたいな感じで楽しかった。……まあ、ハイになってただけなんだけどね」
ユリウスは答えず、緑色の瞳で私を見つめている。
「お父様とお母様とユリウスが私の味方になってくれたから、心が折れずにすんだの。ありがとう」
「……何かほしいものはありませんか」
「え?」
別方向から言葉が飛んできて、私は戸惑った。
「食べたいものや、聞きたい音楽や、読みたい本や、会いたい人。何でも構いません。欲しいものがあれば、何でもおっしゃってください」
「ど……どうしたの、ユリウス。急に優しくなっちゃって」
「言ったでしょう、今あなたに必要なのは静養です。俺が回復したと判断するまで、手加減抜きで思いっきり甘やかされていただきます」
「ええ~、困ったな……。欲しいものって言われても、私、本当に恵まれてるからね~」
公爵令嬢として、何不自由ない生活を送れているのだ。これ以上、贅沢したいとは思わない。
「物ではなく、したいことでもかまいませんよ」
「ん~……そうね、とりあえず寝たいかな。それで、1日中ベッドの上で過ごしたい」
「かしこまりました」
「あ、それと……」
言いかけて、私は口ごもった。
「何ですか?」
「馬鹿にしない?」
「しませんよ」
びっくりする優しい声で、優しい顔でユリウスが言ってくれるものだから、私はおずおずと手を差し出した。
「……私が眠るまで、手を握ってて…………ください」
我ながら子供っぽくて、顔が赤くなる。
でも、ユリウスは笑わず、すぐに私の手をぎゅっと握りしめてくれた。
その温もりのおかげで、私はとても安らかに穏やかに、眠りにつくことができたのだった。
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