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しおりを挟む――そして、とうとうパーティー本番がやってきた。
もともとは我が家にある礼拝堂で式を挙げ、大広間で披露宴をする予定だったけれど、式は中止になったため、招待客は大広間の席についていた。
私も入場するスタイルはとらず、あえて大広間の前方に小さなステージを作り、そこに立つことにした。
人前で話すのが苦手で、前世ではそういうイベントを避けまくってきた私。
でも、今度ばかりは逃げるわけにはいかない。
震える息を吸い込んで、私はゆっくりと話し始めた。
「……皆さま、本日はわたくしとアレックス・ナイト様との結婚式にお越しいただき、誠にありがとうございます」
向かって左手には、クイーンズ家の招待客が多く座っている。
彼らの表情にあるのは戸惑い、不安、そして、かすかな好奇心だ。
向かって右手には、ナイト家の招待客がまばらに座っている。
事情を知る彼らは、冷ややかな笑みを浮かべており、こそこそとささやき交わす声が聞こえる。
「既にご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、本日の結婚式は中止となりました。詳細な理由については、アレックス様のいない今この場でお話するのはフェアではありませんので、差し控えるつもりです。
わざわざ遠方からご足労いただいた皆さまには、ご迷惑をおかけし、お騒がせして大変申し訳ございません」
頭を下げて、一、二と心の中で数え、ゆっくりと顔を上げる。
大広間はしん……と水を打ったように静まり返っていた。
心臓がバクバクいって、冷や汗が背中ににじむ。
「わたくしは……」
喉が詰まって、ごくりと唾を飲む。
ああ――だめだ、目が回りそう。
そのとき、端のほうで控えていたユリウスが、聞こえるか聞こえないくらいの小さい音で咳払いした。
私の目を見つめ、とんとん、と胸のあたりを人さし指でたたく。
あ……そうだった。
私は演台に置いてあったハンカチを取り上げると、軽く口元を覆った。
しぼりたてのオレンジの、あまずっぱい香りが鼻から伝わって、不思議と心が落ちついてきた。
*****
『ローラ様。お話中、心臓がばくばくしたり、目まいがしそうになったときは、ハンカチを口に当ててください』
ステージに上がる直前、ユリウスにかけられた言葉だった。
『それって何かのおまじない?』
『気休めかもしれませんが、ないよりはましです。それに、緊張すると、つい早口になりがちですから、少し間を置いたほうがいい。ハンカチで口を覆っていれば、涙をこらえる健気な演技にもなる』
ユリウスは私の目を見て言った。
『完璧な必要はありません。むしろ、あなたが傷ついている姿をそのまま見せるほうが、聴衆の心はつかめる。
ここは、婚約破棄というイベントを最大限に利用すべきです』
『ユリウス。わたくしは、見世物をするつもりも、同情を買うつもりもないわ』
『分かっています。ただ、婚約破棄の後も日常生活は続きます。ナイト家を含む貴族同士のつながりが、いきなり消えてなくなることはない。酷なことを言いますが、あなたはこれからも貴族社会の人間関係からは逃れられないんです』
『もちろん、それは理解しているつもりよ』
『だったら、ご自身に有利になるよう状況をコントロールしたほうがいい。一人でも多くの味方を得ておくんです。そうすれば、周囲の貴族たちの出方が変わります。これからナイト家がどう動いてきたとしても、あなたはご自身と、その誇りを守り抜かなければならない。……婚約破棄は始まりにすぎないんです」
私はユリウスの明晰さに驚いた。
頭がいいことは分かってたけど、貴族社会のしがらみに興味はなく、権謀術数にはうといのかと思っていた。
私が黙っていると、ユリウスはすぐに言い足した。
『すみません、差し出がましいことを言いました。俺は単なる主治医ですから、公爵家の問題に口を出す気はありません』
『いいのよ。助言してくれて……ありがとう。胸に留めておくね』
私は言って、ステージのほうへと一歩踏み出した。
*****
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