上 下
6 / 26
帝国歴50年

五感

しおりを挟む
 現代日本では普通の女子高生だった私、市綱いちずなエリカは、目覚めたらゲーム世界の蒸騎スチームナイト、主人公機ロボのAIへ転生していた。

 というか、五感?

「ああそうだモンステラ、今ちょっと我輩が別の技師と研究中でね」

 我輩技師ことイーヴァルディ子爵は片眼鏡を光らせ、ドヤ顔気味に私にそう告げる。

 生き物には当たり前に存在する感覚、五感。それを現在AIと連携する開発を、他の技術者と共同で行なっている最中だという。
 とはいえ私は技師の顔を見て会話できているため、五感のうち既に視覚と聴覚を獲得している事になる。
 となれば残りは味覚に嗅覚、そして触覚か……確かに、どれも興味がある。
 しかしこれが「舌を使う」「匂いを嗅ぐ」「触る」と言い換えると何やら淫美に感じてしまう私は変態さんだろうか。

 でも蒸騎に触覚を実装して、ダメージ受けた際に痛いとか嫌だなあ。
 あと味覚に嗅覚とか、絶対意味無いと思うのですけど。

「キミね……何で蒸騎に組み込む前提なんだよ」

 あれ、違うの?

「五感を持たせるのは、こっち」

 そう言って我輩技師は、手のひらサイズの人形を取り出した。
 それは背中にトンボのような羽の生えた、妖精の女性を模したもので……

 というかこれ、確かゲーム内で見たことあるぞ!
 後にAI付き蒸騎に標準装備される、その名も妖精端末エルヴァーフォーク。そうか、これってここの話に繋がってくるのか。
 というか試作機といえ妖精端末の登場がゲーム時間より妙に早いような。

「試しに動かしてみるかい?」

 ……え、コレ動かせるの?

 今の話の流れから察するに、この妖精さんと私の五感が共有出来るって事で……マジですか、めっちゃ期待大なんですけど!

「ちょっと待ってくれよ?
 これをこうして……と」

 言うなり技師は妖精に配線を繋ぎ、それから私から見えてる画面外の、私のAIにリンクするどこかに配線を繋いだ。

 すると一瞬私の意識が途切れ、そして視界が変わった。
 私は机の上に座っていて、手足には繋がれた配線。
 見上げれば部屋の天井はとても高く……

 うわなんだこの巨人の化け物!
 ああ、何だ我輩技師か。

「とりあえず接続はうまくいった、という事でいいのかな?」

 うん、想像以上にいい感じ。
 というか転生後、初めて肉体を獲得した事が凄く嬉しい。

「じゃあキミは触覚のテストでもしててくれ。
 その間に我輩は準備をするよ」

 そう言って我輩技師は部屋を出ていく。

 触覚……触覚のテストねえ。
 まず私は妖精の姿になった自分の頬や腕を摘んでみる。

 うわ、本当に触ってる感じが凄いリアル。
 それからその場に屈んで、バンバンと足下の机を叩いてみる。
 うん、硬い。そして強めに叩くとちょっと手が痺れて痛い。よく出来てるなあコレ。

 そして机の上に置いてある小さな鏡に自分の姿をうつしてみる。
 うーむ、よく見れば目とかが人形っぽさの強い顔だし手足の関節が球体だが、でも可愛い。
 ご機嫌になった私は、妖精の身体で机の上でクルクルとダンスをしたが、どうもそれは「駄目」だったらしい。

 その弾みで繋がっていた配線が外れて意識が切断、いつもの見慣れた画面に逆戻りした。

「あー、何やってんのモンステラ!」

 ごめんなしゃい、ちょいと調子に乗り過ぎました。

「いずれ無線化する予定だけど、それまでは激しい動きは控えるように」

 ……はあい。

 それから技師が手早く配線を繋ぎ直し、私の妖精の感覚が復活した。

「じゃあ今度は味覚と嗅覚のテストだ。
 我輩が色々持ってきたので試して欲しい」

 そう言って私の乗る机の上に、色んな物が鎮座しているお盆が置かれる。
 妖精の身体が小さくて、見慣れた物全てが大きなサイズに見える不思議な感覚だ。

 えーと、まずは何から試そうか……と考えて真っ先に目に入ったのは、妖精の私の頭ぐらい大きな角砂糖。
 いただきまーす……って甘っ!!
 やっぱ砂糖はそのまま食べるもんじゃないわなあ。

 その後も味覚テストで塩や酢をそのまま頂いたけど、その後お腹がすいて無性にお菓子が食べたくなった。
 後で頼んで用意してもらおう。

 次は嗅覚。サンプルにと置かれた大きな薄いピンクの花は酸っぱいような甘いような匂いがして……何故だかあのアティシ許嫁を想像した。

「それは木蓮マグノリアの花だな」

 ちなみに我輩子爵家の紋章にも使われる由緒正しき花で、子爵の女性が身体を洗う石鹸の原料にも含まれているのだとか。ああ、そゆこと。

 ちなみにテストなので良い香りだけでなく、たとえば腐ったチーズのような不快な匂いも嗅がされた。
 でも前世で罰ゲームで嗅いだ、世界一臭い缶詰のアレみたいなのが出てこなくて良かったよ。
 身体が小さいせいか調整中のためか強く感覚が出ているようで、今あの缶詰の匂いを嗅いだら間違いなく気絶していた。

 そうそう、この世界でのAIの小型化が困難なように、五感を再現したこの妖精の体の大型化も非常に難しいらしい。
 普通の人間女子サイズになってヴァーリとデート、とかはやっぱ無理か残念……

 ちなみに、この面白そうな玩具をヤンデレAIとアティシ許嫁が放っておく筈がなく、この技術が二人の悪巧みで魔改造され予想の斜め上の製品を爆誕させてしまうのだが、それはまた別のお話。
しおりを挟む

処理中です...