上 下
4 / 26
帝国歴50年

建国祭

しおりを挟む
 現代日本では普通の女子高生だった私、市綱いちずなエリカは、目覚めたらゲーム世界の蒸騎スチームナイト、主人公機ロボのAIへ転生していた。

 さて帝都の城壁の片隅で静かに錆朽ちている目の前の鋼の機械は、帝国建国前に作られた蒸騎の元祖となる機体、オリーブ。
 
 ただオリーブは蒸騎と呼ぶには余りにもお粗末で、蒸気で鉄球を打ち出すだけの機能しかない上に、自力では動けず人力で数人が引っ張って移動させる必要がある、言ってしまえば人の形を模しただけの只の砲台。

 それでも当時は最先端の技術であり、街を支配していた共和国の軍勢を追い出すのに大きな役割を果たした。
 後にこの街を基点に国が築かれた事から、今は帝国の建国の英雄として祀られている。
 なおその共和国はその後逆侵略されて今では帝国領の一部となっているのだから、国の歴史というのは実に諸行無常で盛者必衰、数奇なものである。

 さてそんな英雄オリーブは普段は記念碑として時々人が訪れる程度の錆びた鉄塊であるが、年に一度、数日がかりで行われる帝国建国祭の主役でもあり、この時ばかりは有志により綺麗な装飾がされ、周囲には多くの人が詰め掛ける。
 そしてゲームの外伝小説では今日の建国祭が節目である五十周年記念日で、主人公でまだ少年のトールが辺境の田舎から出て来て、帝国の皇子だと知らないヴァーリと初邂逅する日にもなっている。

 さてここまでの話を聞いて、ある違和感を感じなかったろうか。
 以前話した通り、この世界でのインターネットにあたるロープは主に帝都内に張り巡らされ、逆に言えば周辺の街まではまだ行き届いていない。
 では、そんなロープが届かない筈の辺境の村に住んでいる主人公トールの動向を、A Iのアネモネはどうやって知りえたのか。

 それを実現する為、まずアネモネはゼロが二つ付く数量の、大量の機械化人形ゴーレムを買い漁った。
 まずこの時点で金の出所やどうやって支払ったのか等々ツッコミどころ満載だけれども、更にアネモネはこのゴーレムを帝都からトールの住む辺境の村まで等間隔に、それも容易に目立たないような場所に配置した。
 そしてゴーレムを無線の中継点として「介入ハック」でロープを繋ぎ、主人公トールをツブサに観察していたという訳だ。

 うん、ヤンデレストーカーここに極まれり。
 その手段を選ばない行動力は一周回って、感動すら覚えた。
 まあそんな七面倒臭い事をしなくても建国祭の様子なら、警備ゴーレムが彼処此処あっちこっちに配置されているので私でもハックによる観察が容易だ。
 さてヴァーリとトールは今何処に……

「ああ、アネモネのトールが帝都で迷子になってる。
 助けた方がいいかな?」

 色々ツッコミたいんだけれどアネモネ、まず主人公はお前の物じゃないぞヤンデレAI?
 あと絶対助けるな、ヴァーリとの貴重な出会いフラグを折るな。

「あっ、誰だアネモネのトールに馴れ馴れしく声をかけるあの銀髪は」

 だからお前のじゃ(略)。
 あとその銀髪の美少年こそがお前の機体の未来の搭乗者になる私の推しヴァーリだよ、良く顔を覚えとけ。
 
「アレが帝国第三皇子?……何か思ってたのと違う」

 いや知らんがな。

 というか銀髪赤目に浅黒い肌のヴァーリ少年はウサギみたいですごく可愛いじゃないか何が不満か。最推しにケチをつけるとか、私に喧嘩売ってる?
 
 ……ってもう、折角の外伝小説のいい場面に全然集中出来ないんだけど。
 いいからスッコんでろ!

「……」

 ふう、ようやく静かになったか。


「……なら、俺が帝都を案内しよう」

 ほら、ヤンデレAIのせいでヴァーリの肝心な台詞を聞きそびれたぁ!
 二人が出会ってから今の台詞までの間も、いくつか会話してた筈なのに。
 
「音声ならアネモネが記録してるから後で聞けるぞ?」

 それはグッジョブ!
 だけれどもリアルタイムで聞きたかったんだよう。

 かくしてヴァーリに手を惹かれて、トールは建国祭で賑わう帝都を案内された。
 ああ、少年の姿の最推しが尊いんじゃあ。

「その感情はよく分からないが、アネモネのトールは今日も興味深い」

 いやアネモネ、言い方違うだけでほぼ同じ事言ってるからね?
 そもそもお前のじゃ(三回目)。

「ん?トールの母親が二人を見つけたようだぞ」

 そうみたいだね。
 そもそも今回の外伝は母に連れられて帝都に来たトールが、迷子になった事からヴァーリと出会い仲良くなる内容だ。
 という事は、そろそろ終わりかあ。

 あっトールの母親がヴァーリに深々と謝罪をしている。
 こっちは第三皇子である彼の正体を知ってるもんなあ。

「良い良い、今日は十分楽しめたし堅苦しいのは抜きだ」

 ヴァーリはそう言って母親を制した。

「えっ、ヴァーリ……様って、ひょっとして偉い人だったりする……のですか?」

 トールも慌てて、慣れない敬語を使おうとするが。

「だから堅苦しいのは抜きと言ってるだろう。今後も二人の時は、無二の友として接してくれ」
「分かりま……わかった、ヴァーリ」

 第三皇子の言葉に、そう言ってトールは笑ったのだった。


「しかし身分の違いとは実に面倒なものだな」

 と口を開くアネモネ。
 そうだね、そこは全面的に同意する。
 というか、あそこで迷子のトールを助けないで正解だったでしょ?

「まあ、そこそこ興味深い物が見れたと思う」

 何よその言い方、素直じゃないなあ。
しおりを挟む

処理中です...