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ふらっとキッチンの新しいシェフ、レオン。
彼は料理の腕前は一流だが、その一方で人付き合いが苦手で無口な性格だった。
そのため、彼の作る料理の評判は徐々に悪くなっていった。

「あーあ」
練習を終えて帰宅したミラは、ため息をついた。

「このままじゃダンサーたちも辞めていっちゃうよ」
「そうね」
とカウンターの奥の席からうなづくのは、ミラの友人であるマダム・チェリー。
彼女はこの店の筆頭ダンサーであり、学生時代のミラの先輩でもある。

「だけど、どうすればいいのかしら?」
「うん……」
と、ミラは考え込んだ。

キッチンのシェフが交代してまだ日も浅いし、レオンに変わってからというもの、店の経営状況が悪化しているのも事実だ。

「そもそもレオンさんって、いったい何歳なんだろ?」
「さあねえ」
と、マダム・チェリーは首を傾げた。

「でも、そんなこと聞いたら多分怒るわよ。あのひと」
「そうだよねえ」
と、ミラは苦笑いを浮かべた。
確かに年齢を聞くには勇気がいるようなタイプではある。

「レオンさんって、ひょっとして”魔法使い”じゃないのかな?」
「あらまぁ!」
と、マダム・チェリーはミラの言葉に目を丸くした。

「それなら、うちの店が潰れちゃっても安心ね」
「どうして?」
と、ミラは小首を傾げた。

「だって、魔法でお店を繁盛させてくれるんでしょ? そうしたら、私たち失業しちゃうもの」

マダム・チェリーの言葉に、ミラは硬直した。
彼女にしてみれば「女性経験なし」の意味で魔法使いと言ったのだ。 


「あははは」
「何がおかしいの?」
と、マダム・チェリーは首をかしげる。

「わからないなら良いわ。
うん、とにかくレオンさんのことはしばらく様子見ようか」
と、ミラは言った。

「せめて本人から何かのリアクションがあれば対処しやすいのだけど」
「それもそうね」
ミラの言葉に、マダム・チェリーはうなずいた。


その晩遅くレオンが帰宅すると、家の前に黒塗りの車が停まっていた。
車の中には黒いスーツを着た男が二人いて、そのうちの一人がレオンに歩み寄ってきた。

男は名刺を差し出しながら自己紹介した。
男の名前はマイケルというらしい。

彼はレオンに対して深々と頭を下げてみせた。
しかし、レオンは彼の挨拶を無視して家の中に入った。
マイケルと名乗った男の態度--頭を下げているが、ガムを噛みながら--が気に障ったからだ。

家に入ると台所から、母の鼻歌が聞こえた。
母は一人で夕食の準備をしていて、どうやら父は風呂に入っているらしい。

台所に入ると、テーブルの上には、既に食器が並べられていた。
母の作る食事はいつも質素だ。
この日も食卓には白いご飯と味噌汁しか並ばなかった。
白米の上に乗った茶色いものは、恐らく油揚げであろう。
レオンは黙って席についた。

父はまだ、姿を見せ……

ズドン!

不意に風呂場から激しい音がして、レオンが慌ててそちらに向かうと……
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