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第二章
雪辱
しおりを挟む「『嫉妬』の喪失者、ユオラエジュと言う。お察しの通り、喪失者達の一員だ。まぁ、あいつらを仲間だと思ったことなど、一度もないがな」
仲間意識の無さが、その口調からもよく分かった。自分だけが至高の存在だと思い込んでいる自惚れが滲み出ている。『嫉妬』の喪失者だというのも頷ける。
「別に暴力に頼りたい訳では無いんだ。素直に話してくれさえすればな」
「譲歩しているつもりですか?でしたら、お断りします。貴方に話すぐらいだったら、ここで死んだ方がマシです」
「ほほぅ…その根性だけは褒めてやる」
機嫌を悪くすると思っていたが、変に気に入られてしまったようだ。どうせ、自分のような高貴な者に臆せず、物申せるのは素晴らしいとでも思っているのだろう。
「じゃあ…いいんだな?言っとくが、俺は」
「あいつよりも強いぞ、ですか?」
返答は、拳だった。
滑るように肉薄して来る。片足を上げ、氷の上にいるかのような挙動。ルクから見て左から、大きな円を描くように迫る。
足にブースターでもつけたかのような爆発的加速だった。あまりの速さに、アスファルト舗装された道路が焦げる程だった。
まるでラリアットをするように、外側から殴り込まれる。スピードは言わずもがな。衝撃を受け止めきれないのは、ダム戦で判明している。
だからこそ、
「ふっ!」
半身になって避ける。鼻を掠めるほどの距離を、を拳が通り抜けていく。伴って発生した風で髪が揺れる。
ユオラエジュも避けられたのを見越したかのような超反応で、足で急制動をかけ次の行動に出ようとする。
しかし、遅い。
ルクは冷静に彼の胸ぐらを掴み、そのまま後ろへと投げ飛ばす。身長も体重も負けているはずだが、ルクは掛け声すら発さなかった。
ベクトルの向きを急に変えられたユオラエジュは、そのまま飛ばされ道路の反対側にある街路樹にぶつかる。
幸い、ルクが調整したおかげで木が折れる、という惨事には至らなかった。ルクに投げ飛ばされた彼は項垂れたまま、木に寄りかかっている。
ルクが意識の確認を取ろうとすると、
「ハハハハハ!面白ぇ、やるじゃねぇか!」
急に笑い出した。そして、口調が明らかに変わった。
先程までの鼻につくどことなく気品がある喋り方は、どこへやら。その辺にいるチンピラのようなものとなる。何かのスイッチでも入ったのか。
目がギラギラと光り、獲物を見つめる虎のようだった。追い詰められているのはあちらのはずなのに、立場が逆転しているようにすら感じる。
「っ」
そしてよく見ると、彼の体には傷がひとつもない。
服はところどころ破けてはいるものの、肝心の肉体が一切ダメージを負っていないのだ。
「いやぁ、痛てぇ痛てぇ。効いたぜ。だが、足りねぇな。ダムの時よりは強くなってるみたいだが、それでも俺には通用しない」
ユオラエジュはゆっくりと地に手を付き、立ち上がろうとする。それを見たルクは素早く構える。いや、構えようとした。
「遅せぇよ」
「………!?」
言葉と同時だった。起き上がったことを視認する前に、彼はもう次のターンに入っていた。
「かっ……はっ!」
今度は、ルクの方がまともに喰らう。不意をついた攻撃に、息が掠れ出る。
連撃。
吹き飛ばされるルクの体に、回り込んで攻撃が加えられる。それはいつの間にか、全方位からのものになっていた。どこから攻められたのかすら、分からない。
吹き飛ばされて、吹き飛ばされて、吹き飛ばされた。
また意識が刈り取られる。同じようにやられてしまうのか。果たして、それでいいのか。
いい訳がない。
彼と衝突する瞬間に、振り向きざま回し蹴りを加える。反動で距離を取る事に成功する。
「身体改造体内電気、鋼鉄化、加重!」
右腕を振り上げる。全身を紫電が纏っていく。筋肉が負傷と超回復のプロセスを無数に繰り返し、増殖する。
「はあああっ!」
分かりやすい殴打。
しかし、隙のないタイミングで強烈な威力を持った拳は、それだけで十分な凶器になり得るだろう。事実、ユオラエジュは腕を組むことで防御の姿勢をとる。
左手を引くことで、腰の回転を拳に乗せていく。
電磁加速によって、接近する。拳が当たる。その刹那。
「何っ!?」
前に突き出した右腕を引き戻す。その挙動が意味しているのは……
「そうか、左手が本命か!」
直前で入れ替えることで、ユオラエジュに対応を許さない。鋼鉄化された左腕が、ガードをすり抜けて彼の体に突き刺さった。
攻守が逆転する。さらに、
「身体改造体温上昇!」
ルクは、声高々にそう叫んだ。
人間に備わっている基本的な能力の一つに体温調節がある。代謝を上下させることによって、自身の体温を酵素が最も働きやすい温度に保つ。所謂、恒常性の一つだ。
しかしルクは代謝を制御することで、異常な熱量を作り出すことが出来る。また増加した筋肉を動かすことで、ぐんぐんと温度が上昇していく。
ルクの左腕が白煙が吹き出して、熱を帯びていく。細胞改造を並列して行うことで、自身の熱で腕が溶けることを防ぐ。
ユオラエジュの腹に、熱という新たな力が加わる。その温度、軽く摂氏二千度。鉄の融点を軽く超えると表現すれば、その凄さが伝わるだろうか。
皮膚が焦げたことにより発生した異臭が、辺りを包みこむ。
「っ」
ユオラエジュから、余裕な表情が霧散する。
その次の瞬間、彼の体が射出される。くの字に折れ曲がったユオラエジュは、あたかも弾丸だった。
背中から着地した体は数回バウンドした後、停止する。
先程のこともあったので、ルクは追撃を仕掛けるために地を蹴った。いや、地を蹴ろうとした。
記憶が、蘇る。
まず心に浮かんだのは、動けないことに対する焦り。
腰の方に違和感。腰の方を見ると、禍々しい紫の鎖が巻きついていた。その鎖は地面に埋まり、ルクの体を固定していた。
ルクの頭は、一つの結論を導き出す。
「こ、これは束縛魔導っ」
「はは、やっと気づいたか馬鹿野郎」
いつの間に、どうやって。ルクの頭の中は完全に混乱していた。魔導を発動させるような大きな隙は見せなかったはずだ。
「でも、理由の方がまだ分かってないみたいだな。そもそも詠唱だけが魔導が発動させるわけじゃない。こう言えば、分かるか?」
「魔導陣……ですか」
「当たり」
魔導を発生させるのには、大きく分けて二種類ある。詠唱と魔導陣だ。基本的に前者が個人的な用途、後者が工場的な用途として使われる。
どちらもメリット・デメリットがある。魔導陣の方のメリットは、魔導失敗しにくいことだろう。詠唱に比べ、誰でも同じような効果を引き出すことが出来る。
「けど、魔導陣を正確に描く素振りなんて……」
「はああ、自分の体をよく見てみろよ」
言われたように視線を向けると、鳩尾の辺りに魔導陣が浮かび上がっていた。
「まさか、傷によって魔導陣を描いた!?」
確かに、執拗に鳩尾を狙っては来ていた。しかし、それは人体においての弱点を狙っているとばかり、思っていた。
弱点を狙うことすら、カモフラージュ。
やはりダムとは違い、ユオラエジュは頭脳を使った攻撃を仕掛けてくる。
「俺は、少し魔導陣学を齧っていてね。肉というキャンパスに描くのには、少々手こずったが、我ながらいい出来だったな」
倒れながらも、勝利を確信したかのような発言をするユオラエジュ。
悔しさのあまり、ルクが歯噛みしていると、、、
「けれど。けれどだ。これで終わりだと思ってないよな?」
声が出なかった。まだ、なにか隠しているのか。あの数分の間に、一体どれほどの攻撃が準備されていたというのか。
「ヒントは足元」
彼が、そう一言呟く。その言葉は、ルクを絶望させるだけの力を持っていた。
下には、白く輝く魔導陣が。
いくつもの幾何学的文様が重なることで、独特の美が生まれていた。そのありとあらゆる隙間にびっしりと書かれていたのは、古代文字。『魔』を『導く』文字。
答え合わせは、もう必要なかった。
ユオラエジュがあえてルクに近づく時に、地を滑りながら、回り込んで来たのは何故だ。連撃を繰り出した時に、全方位から囲うようにしたのは何故だ。一つ一つの挙動が不自然だったのは、何故だ!
「ただの魔導陣じゃない。これは属性としては白。つまり無属性だ。さらに付け加えるならこれは、転移魔導を発生させる」
「何処へ飛ばす気だ…」
「逆だよ。ここは出口。そして入口は……」
彼は、一度言葉を切る。
「龍脈と繋がってる。今に、とんでもない量のマナが吹き出すぞ」
閃光。ルクの視界が、白で埋められた。
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