上 下
25 / 29
第二章

復活

しおりを挟む
  「……大丈夫なんですか?」


 腹部を中心とした大きな痣、折れたと思われるおかしな曲がり方をした腕や足。血色の悪い肌に、弱々しく痙攣する唇。


 そして、口から溢れ出てくる血。


彼の体は、誰が見ても満身創痍だと答えるだろう。

 「はい、大丈夫ですよ。こんなの怪我のうちに入りませんよ」

 もっとも被害者本人が、一番状態を軽く見ているというのには、驚きだった。

  いつまた気を失うか、分からないというのに。

 「で、でも、ダメですっ!やっぱり、安静にしてなきゃ。ほら、私がルクさんの家に運びますので」

 「あ、すみません。そうしてくれると、助かります……よいっ、しょっと」

 「うおっ……と」

 そう言うと、彼はふらつきながらも立ち上がる。慌ててクリネは近づき、彼を支える。

 「もぅ、無理しないで下さいよ……」

 彼の体は、思ったよりも軽かった。死期が近づくと体重が減少するという話を思い出し、ドキリとする。

 しかしそれは老衰の特徴だった思い直し、安堵する。

 そんな無駄なことを考えてしまうほど、彼女の気は動転していた。

 「ルクさんの自宅は、知ってます。だからもう、安心して寝ていいですよ」

 「なんで、僕の」

 「あ、や、それは聞かないお約束ですよ?」

 クリネはしどろもどろになりつつも、答える。友達をダシにして、あなたの情報を手に入れたなど言えるはずがない。

 「うーん、引っかかるとこはありますが、クリネさんの可愛さに免じて深くは聞きませんよ」

 「ふ、ふぇっ!?」

 ルクには適わなかったが、何とかバレずに済んだ。クリネの慌てふためく様子を見て、ようやく彼はいつものように微笑んだ。




 
 __________________________________





 何処ともしれぬ、路地裏での会話だった。

 「どうだった?そのルクとか言うやつは」

 暗闇の中、片方が言う。その口調は重く、諭すようなものにも感じられる。

 顔は暗がりでよく見えないが、溢れ出る覇気によって、周囲に人を近寄らせないのは確かだった。

 「ん?思ってたより、弱かったなぁ。なんか拍子抜けだよ。

 もう片方が答える。質問者とは対照的に、明るい口調だった。しかし、その声音には、硬さがあった。

 「あの御方の言うことは絶対だ。それで……「トリガー」の方はどうした?」

 「見つからなかったよー。接触はしてるはずなんだけど、彼は吐いてくれなかったの」

 「お前は、尋問が下手くそなんだ。やりすぎるのはよくない。最近もほら、事件を起こしたそうじゃないか」

 「えー、だってぇー、あの人が「怒れる人」だっただもん」

 「それでもだ。。関係の無い殺しは、私達の存在を世に広めてしまうだけだぞ」

 物騒な単語が並ぶ。少なくとも、一般人の会話ではないだろう。

 二人は、そんな単語が出てきても、一切表情も変えない。当たり前だと、言わんばかりであった。

 「分かったよぉ。でもさ、」

  そこで軽い口調の方が、言葉を切る。嵐の前の静けさというか、これから重大なことを言うかのような雰囲気がある。

 自然と、相手の表情も引き締まる。ただでさえ、迫力のある面に更なる皺が追加される。

  「あいつ、_____」




 __________________________________
 




 ルクに肩を貸しながら、何とかルク家に到着する。彼の案内もあり、迷うことは無かった。時間が時間なので、酔っ払いに間違われたらしく、クリネ達を見ても怪しむ人はいなかった。
 
 彼の部屋は、アパートの二階の階段から最も遠い所に位置していた。

 「ふぅ……ただいまです……」
 
 「なんか新鮮ですね。ずっと、一人暮らしだったので」

 彼をリビングのソファまで持っていき、横にさせる。流血は、タオルを拝借し拭いた。

 クリネも着ていた軽鎧を脱ぎ、床にへたり込む。

 「ここまで、運んで頂きありがとうございました。僕はもう大丈夫ですので」

 ルクが、言外に帰宅を勧めてくる。自分はなんとかなるから、帰って貰って構わないと。

 「重体の人を一人にするなんて、出来ません。それに、こんな時間に女の子を独りで帰らせるつもりですか?」

 クリネはそれでも、食い下がった。自分でも、意地の悪い問いかけだとは思う。
 
 「そう言われては、仕方ありませんね……」

 彼はソファーの上で、力なく笑った。

 ルクは、その後直ぐに眠りについた。余程のダメージだったのだろう、縁起でもないが、まるで死んでいくかのようだった。

 こんな時でも規則正しいルクの寝息のみが、クリネの安心できる裏付けとなっていた。

 「これで、ようやく私も………あれ」

 クリネは、重大なことに気がつく。部屋に入った時は、気が動転しており、気にも留めなかった。

 「私、どこで寝ればいいんだろう……」




 __________________________________




 応接間にて。

 クリネが足早に立ち去ったあとも、アルフレッドは孫娘と会話をしていた。話題は、ここに先ほどまでいたハンターについてだった。

 「爺ちゃん、あの子大丈夫だと思う?」

 「うん?クリネのことか?そうだな……」

 アルフレッドは、顎に手を当てる。レマグは、それが彼の熟考する癖だということを知っていた。

 「何かあっても、ルクが何とかしてくれるだろ」

 「そんなもんかねぇ~」

 他力本願なことこの上ないが、見方を変えれば、ルクの実力が買われているということでもある。

 しかし、レマグはその実力をよく知らなかった。アルフレッドだって、実際に見ているわけではないのに、どうしてそこまで自信を持てるのだろう。

 「あの『戦神』に、見込みありと言わしめたやつだぞ。実力は担保されとる」

 「え、マジ?」

 レマグはそれを聞いて、ようやく彼を信用することが出来た。

 アルフレッドの旧友であり、魔導戦争を生き残った猛者が言うのだから、間違いはないだろう。

 レマグは、昔、調子に乗って彼に挑んだことがあるが、見向きもせず返り討ちにされたことを思い出す。

 「じゃあさ、じゃあさ」

 「どうした?……まさか、デートは嘘だったなんてことはないよな……ないよな!」

 ワナワナと震え始めるアルフレッド。

 「そんなことは、言わないよー。いやね、もしそんな彼が、後れを取るような相手がいるとしたら、どんな人なんだろうって」

 「なんだ、そんなことか」

 アルフレッドの震えが、ピタリと止んだ。彼は、そんなこと言うまでもないといった感じで、レマグに告げた。







 「そんな輩は、
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...