上 下
11 / 29
第一章

解明

しおりを挟む
 「今回は、あなたの暗殺に参りました」

 「え?」

 「ほう?」

 場の空気が、一瞬にして凍りついた。区長の厳しい顔つきに、更に険しさが追加される。それもそうだ。自分を暗殺すると目の前で言われたのだ。いくら娘の命の恩人でも、到底許せる発言ではないだろう。少なくとも、クリネはそう考えていた。

 「ですが、本当は我々もこのようなことをしたくは無いのです」

 いくらか、場の雰囲気は和む。だが、区長の顔の険しさは変わらない。

 「ふむ、ならその理由を聞こうではないか」

 その後、二人は区長に応接間に通された。外でしていいような話ではなかったからだ。応接間は、試験前に見たベルルカの部屋よりも豪奢な作りで、調度品も一、二ランク上のものだった。

 だが、ルクは臆することなく語り出した。

 「まず、これが仕組まれたものであることが問題なのです」

 訳が分からず、呆けていたクリネを見て、ルクは軽く笑う。対して区長イルサミは、少し顔の険しさを緩める。

 「やはり、気づいていたか」

 「やはり、そうだったんですね」
 
 「ど、どういうことですか?」

 「まず、順を追って説明します。僕はこの前、イルサミ嬢が魔物に襲われている所に出くわしたということは知ってると思います」

 「はい、それでイルサミ嬢から今回の指名依頼が来たんですよね」

 「実は、この時点で不自然な点があったのです。クリネさんは、当事者でないので、知らないでしょうが___あの時、イルサミ嬢は一人で行動されていました」

 「え?それって…」
 
 イルサミ卿の表情が、だんだんと穏やかなものになる。まるで、与えられた問題を鮮やかに解く生徒を見るような顔つきに。

 「そうです。イルサミ嬢の護衛は、クシルスさんとレイカさんでした。ですが、あの時二人が来たのは魔物を狩り終えたすぐ後でした」

 「……あの二人に限って、イルサミ嬢から目を離すことがおかしいということですか?ちょうど、狩り終えた時に現れたのも不自然過ぎると?」

 ルクは、頷く。そして、更に種明かしを続ける。

「更に、おかしな点がまだあります。ガランドさんが暗殺を容認したのもそうですが、もっとおかしい点があるのです」

 不可解な点を探すため、思案に耽るクリネ。今まで行われてきた会話を一から思い出していく。

 「あ、ガランドさん。そういえば、イルサミ卿の護衛は体調があまり優れないって言ってました」

 「それです。普通、護衛の調子が悪いなど、どんなに親しい臣下であったとしても漏れてはいけない情報です。どんな風に噂が拡散するか、分かりませんからね」

 「確かに…」

 「つまり、それを知ってるのは本人と護衛対象だけ。つまり、イルサミ卿の護衛である『戦神』はガランドさんだったのです」

 「え、でもそしたら私たちに、なんで弱っているという情報を漏らしたのでしょう」

 「僕は、それがヒントだったように思えます。ですよね、ガランドさん?」

 扉がノックされた。あれは、部屋にいる主人に入室の確認を取る時の合図だ。

 「入ってよいぞ、『戦神』ガランド」

 やはり、ガランドは戦神のようだ。

 「失礼致します。私めもその二つ名は久しぶりに耳にしました。それにしても、素晴らしい洞察力でございます、ルク様」

 「いえ、今まで点々と散りばめられていた謎や不可解な点が、あってこそです」

 「それでもですよ。では、本当のことをお話しましょう。まぁ、ルク様は分かって居られるでしょうがな」

 クリネは、しばしの間、思考停止状態だった。実は、暗殺の依頼が仕組まれたもので、噂に聞く戦神は目の前の老人であり……

 つまりは、頭の整理が追いついていない状態だった。

 「この一連の事件は、上級ハンター昇格試験の一環だったのですよ」

 「ええっ!?上級ハンターって」

 「はい。クリネ様がご想像されている通りの役職でございます。本当は、このまま暗殺を遂行する直前で私が阻止するというシナリオだったのですが……」

 「ルクさんが気づいてしまったと」

 ガランドさんは、頷きながら苦笑する。まさか、彼も見破られることは想定していなかったのだろう。

 「じ、じゃあこの試験どうなっちゃうんですか?」
 
 クリネは、若干焦りながら訊く。

 上級ハンター昇格試験が、開催時期も場所も伝えられず、突如として始まることは、ハンター界隈では有名な話だった。
 クエストの途中だったり、寝室で寝ている時だったり、友と酒場で談笑している時という話もあるぐらいだ。いつの間にか始まり、終わる。全く気付かぬまま昇格したハンターもいるようだ。

 そんな厳粛かつ平等に執り行われる試験なものだから、ルクの失言とも取れる発言により、不合格にならないかとクリネは案じたのだ。

 だが、クリネの疑問に答えた区長の発言は予想の斜め上を行くものだった。

 「いえ、その点は心配しなくとも良い。むしろ、ここまで予測されるとは驚きだ。勿論、試験は

 「え、まだ終わってないんですか」

 「当たり前だろう」

 「良かった、こんなんで終わってはつまらないですからね」

 クリネは、何を言ってるだと言いたくなった。やっと上級ハンターになれると思っていたというのに。

 「では、次の試験に移るとしよう。続いての試験は、ガランドとの手合わせだ」
 
 もう、驚くのはたくさんだと、クリネは思わざるを得なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...