専属魔女は王子と共に

ちゃろっこ

文字の大きさ
上 下
42 / 90
壊滅した都市

42

しおりを挟む
「…資格がないならば、どうすると?」

レイモンドが静かに問うとマークは琥珀色の瞳を揺らした。
まるで1番大切な何かを差し出すように、ゴクリと喉を鳴らすと深々と頭を下げる。

「…此度のイシュラン領領民を死なせた罪、自らの行為によって起きた魔獣被害の救助を国にさせ領主としての義務を全うしなかった罪。
これらを私に償わせて下さい」

ただ、と彼は続けた。

「この地を継ぐ者への引き継ぎの時間だけ下さいませ。
お願い致します」

それさえ済めば命なんていらないと彼は暗に言った。
ただこの地の未来を託す時間だけをくれと、彼はそう言った。

レイモンドはそんな彼を真っ直ぐに見詰めた。

「後継者って言うけどさ。
貴殿よりこの地が好きな人なんているのかい?」

「……え?」

「大事なんでしょう?
命を差し出しても惜しくない位。
命よりもこの地の未来を考えてしまう位。
そんな人、他にいるの?」

「………」

「他の人に渡して貴殿は安心出来るの?
貴殿がいない間に土地が枯れるかもしれない。
貴殿がいない間に貴殿が愛した土地が消えるかもしれない。
それに貴殿は耐えられるのかい?」

「…………私は」

マークはギュッと歯を食いしばった。
歯の隙間から堪えきれない苦しい息が漏れる。

幼い自分に領地を語る父親の横顔が浮かぶ。
この地は凄いんだと誇らしげに語る顔が。
その地を継げる事が酷く光栄で有難かった。
自分の一生をかけて守りたいと思った。

子供に名前を付けて欲しいと駆け寄って来た領民の顔が浮かぶ。
何日も寝ないで考えた。
幸せな人生が歩める様にと願い付けた名前の子供は、最近立ち上がる様になっていた。

新しいワインが出来たと喜んだ領民の顔が浮かぶ。
これで優勝するのだと笑っていた顔が。
試飲した彼が美味しいと言うと、領主太鼓判とラベルに書いて良いかと笑ったあの顔が。

親元から通える様に領立の学校を増やした。

ーでもまだ高等学校が出来ていない。

医者にかかれるよう診療所の数を増やした。

ーだがまだ費用の問題が残っている。

皆で他領からの観光客を増やそうと見学ツアーを考えた。

ーしかしまだ観光客の為の宿屋の増設が出来ていない。

皆で豊かになりたかった。
模索しながらも、手探りながらもやれるだけやりたかった。
握力が無くなるまでペンを走らせる事も、領民に混じって豆を潰しながら鍬を握る事も苦じゃなかった。
小さな成果を皆で喜ぶ瞬間全ての疲れが吹き飛んだ。

出来ていない事など山の様にある。
やりたい事も山の様にある。
この地が彼の宝物だった。
彼の幸せの全てだった。
全てを投げ出して守りたい物だった。

だからこそ自分が許せなくて。
宝物を傷付けた自分が憎くて。
苦しくて。
哀しくて。
消えてしまいたかった。
誰かに罰して貰わねばこの罪の償い方など分からなかった。

地面に落ちた大粒の涙がシミを作る。
琥珀色の瞳から次々と涙が零れ落ちた。
歯の隙間から漏れるのはいつしか嗚咽に変わっていた。

「……貴殿以外にはいないでしょう?
その荷を背負って歩くしかないんじゃないのかい」

レイモンドが眉尻を下げて問いかける。
マークは歯を食い縛り嗚咽を漏らしたまま乱暴に涙を拭った。

だが溢れる涙は止まってくれない。
拭っても拭ってもそれは零れ落ち続けた。

「ただ今回の荷は我々にも背負わせて欲しい。
イシュラン領主の背にだけ乗せてしまっていた荷物を分けて欲しい。
共に考えよう。
共に償わせてよ。
全てを預かる事は出来ないけれど、その荷を軽くする事は出来るから」

だから一緒に頑張らせてとレイモンドが手を差し出した。
血塗れの手だ。
どう取り繕っても綺麗だなんて言えない手だ。

だが確かに、彼の領地を守った手だった。
彼の宝物を守り抜いた手であった。

マークは地面に膝を着くと縋り付くようにその手を握り締め、額へと押し当てた。

地面に崩れ落ちて泣く彼の元へ、ゆっくりと領民が近付いた。

1人は背中を摩り。
1人は肩を叩き。
1人は共に泣き。
1人は抱きしめる。

その列は途切れる事は無く。
中には怒る者もいた。
けれど誰一人彼の死など望んじゃいなかった。

レイモンドはふわりと微笑む。
やはり彼以外にイシュラン領主に相応しい者などいないではないか、と。

「飛龍に関しては卵を返し住処へ帰そうと思うんだ」

「はい」

「ただそれだと魔素が減ってしまうよね。
だから有益な魔物の飼育を検討しないかい?」

「その様な存在がいるんですか?」

「まあ扱いは難しいけどこの土地は牧畜に関してエキスパートだ。
ここで出来なきゃ他の土地ではまず無理だろうね」

「…確かにそうです。
そこだけは何処にも負けません」

マークは力強く頷いた。
その目には確かな自信とそれを持つだけの積み重ねた経験が映る。

「そうだよね。
じゃあ例えばなんだけどさグラ二。
気位が高いから世話は大変だけど、そこ以外は駿馬で役には立つし神馬の子孫だから魔素の量も多い。
個体によって先祖の血が濃ければ陸海空全てを走る事が出来る。
始祖の森を抜けて獄炎の森にある西の湖の傍が生息地だから、捕まえるのもそう難しくはないと思う」

「それは凄い…!!」

マークはキラキラと瞳を輝かせる。
他にはいないのかとせがまれ続けようとするレイモンドをキースが止めに入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました

メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。 「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。 この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。 仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。 そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。 「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...