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壊滅した都市
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「…資格がないならば、どうすると?」
レイモンドが静かに問うとマークは琥珀色の瞳を揺らした。
まるで1番大切な何かを差し出すように、ゴクリと喉を鳴らすと深々と頭を下げる。
「…此度のイシュラン領領民を死なせた罪、自らの行為によって起きた魔獣被害の救助を国にさせ領主としての義務を全うしなかった罪。
これらを私に償わせて下さい」
ただ、と彼は続けた。
「この地を継ぐ者への引き継ぎの時間だけ下さいませ。
お願い致します」
それさえ済めば命なんていらないと彼は暗に言った。
ただこの地の未来を託す時間だけをくれと、彼はそう言った。
レイモンドはそんな彼を真っ直ぐに見詰めた。
「後継者って言うけどさ。
貴殿よりこの地が好きな人なんているのかい?」
「……え?」
「大事なんでしょう?
命を差し出しても惜しくない位。
命よりもこの地の未来を考えてしまう位。
そんな人、他にいるの?」
「………」
「他の人に渡して貴殿は安心出来るの?
貴殿がいない間に土地が枯れるかもしれない。
貴殿がいない間に貴殿が愛した土地が消えるかもしれない。
それに貴殿は耐えられるのかい?」
「…………私は」
マークはギュッと歯を食いしばった。
歯の隙間から堪えきれない苦しい息が漏れる。
幼い自分に領地を語る父親の横顔が浮かぶ。
この地は凄いんだと誇らしげに語る顔が。
その地を継げる事が酷く光栄で有難かった。
自分の一生をかけて守りたいと思った。
子供に名前を付けて欲しいと駆け寄って来た領民の顔が浮かぶ。
何日も寝ないで考えた。
幸せな人生が歩める様にと願い付けた名前の子供は、最近立ち上がる様になっていた。
新しいワインが出来たと喜んだ領民の顔が浮かぶ。
これで優勝するのだと笑っていた顔が。
試飲した彼が美味しいと言うと、領主太鼓判とラベルに書いて良いかと笑ったあの顔が。
親元から通える様に領立の学校を増やした。
ーでもまだ高等学校が出来ていない。
医者にかかれるよう診療所の数を増やした。
ーだがまだ費用の問題が残っている。
皆で他領からの観光客を増やそうと見学ツアーを考えた。
ーしかしまだ観光客の為の宿屋の増設が出来ていない。
皆で豊かになりたかった。
模索しながらも、手探りながらもやれるだけやりたかった。
握力が無くなるまでペンを走らせる事も、領民に混じって豆を潰しながら鍬を握る事も苦じゃなかった。
小さな成果を皆で喜ぶ瞬間全ての疲れが吹き飛んだ。
出来ていない事など山の様にある。
やりたい事も山の様にある。
この地が彼の宝物だった。
彼の幸せの全てだった。
全てを投げ出して守りたい物だった。
だからこそ自分が許せなくて。
宝物を傷付けた自分が憎くて。
苦しくて。
哀しくて。
消えてしまいたかった。
誰かに罰して貰わねばこの罪の償い方など分からなかった。
地面に落ちた大粒の涙がシミを作る。
琥珀色の瞳から次々と涙が零れ落ちた。
歯の隙間から漏れるのはいつしか嗚咽に変わっていた。
「……貴殿以外にはいないでしょう?
その荷を背負って歩くしかないんじゃないのかい」
レイモンドが眉尻を下げて問いかける。
マークは歯を食い縛り嗚咽を漏らしたまま乱暴に涙を拭った。
だが溢れる涙は止まってくれない。
拭っても拭ってもそれは零れ落ち続けた。
「ただ今回の荷は我々にも背負わせて欲しい。
イシュラン領主の背にだけ乗せてしまっていた荷物を分けて欲しい。
共に考えよう。
共に償わせてよ。
全てを預かる事は出来ないけれど、その荷を軽くする事は出来るから」
だから一緒に頑張らせてとレイモンドが手を差し出した。
血塗れの手だ。
どう取り繕っても綺麗だなんて言えない手だ。
だが確かに、彼の領地を守った手だった。
彼の宝物を守り抜いた手であった。
マークは地面に膝を着くと縋り付くようにその手を握り締め、額へと押し当てた。
地面に崩れ落ちて泣く彼の元へ、ゆっくりと領民が近付いた。
1人は背中を摩り。
1人は肩を叩き。
1人は共に泣き。
1人は抱きしめる。
その列は途切れる事は無く。
中には怒る者もいた。
けれど誰一人彼の死など望んじゃいなかった。
レイモンドはふわりと微笑む。
やはり彼以外にイシュラン領主に相応しい者などいないではないか、と。
「飛龍に関しては卵を返し住処へ帰そうと思うんだ」
「はい」
「ただそれだと魔素が減ってしまうよね。
だから有益な魔物の飼育を検討しないかい?」
「その様な存在がいるんですか?」
「まあ扱いは難しいけどこの土地は牧畜に関してエキスパートだ。
ここで出来なきゃ他の土地ではまず無理だろうね」
「…確かにそうです。
そこだけは何処にも負けません」
マークは力強く頷いた。
その目には確かな自信とそれを持つだけの積み重ねた経験が映る。
「そうだよね。
じゃあ例えばなんだけどさグラ二。
気位が高いから世話は大変だけど、そこ以外は駿馬で役には立つし神馬の子孫だから魔素の量も多い。
個体によって先祖の血が濃ければ陸海空全てを走る事が出来る。
始祖の森を抜けて獄炎の森にある西の湖の傍が生息地だから、捕まえるのもそう難しくはないと思う」
「それは凄い…!!」
マークはキラキラと瞳を輝かせる。
他にはいないのかとせがまれ続けようとするレイモンドをキースが止めに入った。
レイモンドが静かに問うとマークは琥珀色の瞳を揺らした。
まるで1番大切な何かを差し出すように、ゴクリと喉を鳴らすと深々と頭を下げる。
「…此度のイシュラン領領民を死なせた罪、自らの行為によって起きた魔獣被害の救助を国にさせ領主としての義務を全うしなかった罪。
これらを私に償わせて下さい」
ただ、と彼は続けた。
「この地を継ぐ者への引き継ぎの時間だけ下さいませ。
お願い致します」
それさえ済めば命なんていらないと彼は暗に言った。
ただこの地の未来を託す時間だけをくれと、彼はそう言った。
レイモンドはそんな彼を真っ直ぐに見詰めた。
「後継者って言うけどさ。
貴殿よりこの地が好きな人なんているのかい?」
「……え?」
「大事なんでしょう?
命を差し出しても惜しくない位。
命よりもこの地の未来を考えてしまう位。
そんな人、他にいるの?」
「………」
「他の人に渡して貴殿は安心出来るの?
貴殿がいない間に土地が枯れるかもしれない。
貴殿がいない間に貴殿が愛した土地が消えるかもしれない。
それに貴殿は耐えられるのかい?」
「…………私は」
マークはギュッと歯を食いしばった。
歯の隙間から堪えきれない苦しい息が漏れる。
幼い自分に領地を語る父親の横顔が浮かぶ。
この地は凄いんだと誇らしげに語る顔が。
その地を継げる事が酷く光栄で有難かった。
自分の一生をかけて守りたいと思った。
子供に名前を付けて欲しいと駆け寄って来た領民の顔が浮かぶ。
何日も寝ないで考えた。
幸せな人生が歩める様にと願い付けた名前の子供は、最近立ち上がる様になっていた。
新しいワインが出来たと喜んだ領民の顔が浮かぶ。
これで優勝するのだと笑っていた顔が。
試飲した彼が美味しいと言うと、領主太鼓判とラベルに書いて良いかと笑ったあの顔が。
親元から通える様に領立の学校を増やした。
ーでもまだ高等学校が出来ていない。
医者にかかれるよう診療所の数を増やした。
ーだがまだ費用の問題が残っている。
皆で他領からの観光客を増やそうと見学ツアーを考えた。
ーしかしまだ観光客の為の宿屋の増設が出来ていない。
皆で豊かになりたかった。
模索しながらも、手探りながらもやれるだけやりたかった。
握力が無くなるまでペンを走らせる事も、領民に混じって豆を潰しながら鍬を握る事も苦じゃなかった。
小さな成果を皆で喜ぶ瞬間全ての疲れが吹き飛んだ。
出来ていない事など山の様にある。
やりたい事も山の様にある。
この地が彼の宝物だった。
彼の幸せの全てだった。
全てを投げ出して守りたい物だった。
だからこそ自分が許せなくて。
宝物を傷付けた自分が憎くて。
苦しくて。
哀しくて。
消えてしまいたかった。
誰かに罰して貰わねばこの罪の償い方など分からなかった。
地面に落ちた大粒の涙がシミを作る。
琥珀色の瞳から次々と涙が零れ落ちた。
歯の隙間から漏れるのはいつしか嗚咽に変わっていた。
「……貴殿以外にはいないでしょう?
その荷を背負って歩くしかないんじゃないのかい」
レイモンドが眉尻を下げて問いかける。
マークは歯を食い縛り嗚咽を漏らしたまま乱暴に涙を拭った。
だが溢れる涙は止まってくれない。
拭っても拭ってもそれは零れ落ち続けた。
「ただ今回の荷は我々にも背負わせて欲しい。
イシュラン領主の背にだけ乗せてしまっていた荷物を分けて欲しい。
共に考えよう。
共に償わせてよ。
全てを預かる事は出来ないけれど、その荷を軽くする事は出来るから」
だから一緒に頑張らせてとレイモンドが手を差し出した。
血塗れの手だ。
どう取り繕っても綺麗だなんて言えない手だ。
だが確かに、彼の領地を守った手だった。
彼の宝物を守り抜いた手であった。
マークは地面に膝を着くと縋り付くようにその手を握り締め、額へと押し当てた。
地面に崩れ落ちて泣く彼の元へ、ゆっくりと領民が近付いた。
1人は背中を摩り。
1人は肩を叩き。
1人は共に泣き。
1人は抱きしめる。
その列は途切れる事は無く。
中には怒る者もいた。
けれど誰一人彼の死など望んじゃいなかった。
レイモンドはふわりと微笑む。
やはり彼以外にイシュラン領主に相応しい者などいないではないか、と。
「飛龍に関しては卵を返し住処へ帰そうと思うんだ」
「はい」
「ただそれだと魔素が減ってしまうよね。
だから有益な魔物の飼育を検討しないかい?」
「その様な存在がいるんですか?」
「まあ扱いは難しいけどこの土地は牧畜に関してエキスパートだ。
ここで出来なきゃ他の土地ではまず無理だろうね」
「…確かにそうです。
そこだけは何処にも負けません」
マークは力強く頷いた。
その目には確かな自信とそれを持つだけの積み重ねた経験が映る。
「そうだよね。
じゃあ例えばなんだけどさグラ二。
気位が高いから世話は大変だけど、そこ以外は駿馬で役には立つし神馬の子孫だから魔素の量も多い。
個体によって先祖の血が濃ければ陸海空全てを走る事が出来る。
始祖の森を抜けて獄炎の森にある西の湖の傍が生息地だから、捕まえるのもそう難しくはないと思う」
「それは凄い…!!」
マークはキラキラと瞳を輝かせる。
他にはいないのかとせがまれ続けようとするレイモンドをキースが止めに入った。
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