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6-7 騎士の功罪*

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 初めて出会った時のこと。Ωとして後宮で再会したこと。すれ違い、衝突しながらも愛し合ったこと。危機に瀕した彼を救うべく戦場に繰り出したこと――これまで辿った軌跡が追憶となり、脳裏に浮かんでは消えていく。
 それらひとつひとつに想いを馳せ、ブレアはうっとりと愁眉を開いた。オリーブ色の瞳は、ここではないどこかを映している。

「体勢、変えるぞ」

 痛みを少しでも和らげようと思ったのか、ラザレスは自身のものを挿入したまま、ブレアの体をひっくり返した。仰向けからうつ伏せに切り替わり、ブレアはくぐもった声で鳴く。
 確かにこっちのほうがラクかもしれない――そんなことを考えていると、ゆるい抽送が再開された。背中に彼の体重を感じ、こすれ合う心地良さに体を委ねる。

「んあ゛っ、うぐ、ンン……!」

 自分より大きい相手に圧し掛かられているせいか、濁った嬌声が押し出された。
 下腹を伝う快楽を味わいつつ、ブレアはラザレスの手を握りしめる。そうして互いの指を絡めつつ、向こうの動きに合わせて腰を揺らした。

「アッ、んぎ……! あ、ああ゛…………!」

 達したのかどうか区別のつかない悦楽に身を震わせ、投げ出された両脚をピン、と伸ばす。赤く照らされたシーツの向こうには、数日前の戦場が見え隠れしている。

 ――単純な剣の強さなら、私のほうが上だろうか。

 これまでの闘いを反芻し、ぼんやりと考える。五年前の大会にせよ、『ブレンダ』の正体がばれたときにせよ、ラザレスには負けなかった。こうして組み敷かれている瞬間でさえ、剣を持てば勝てる気がしてしまう。

「もっと、おくぅ……! らざれすっ……! 」

 徐々に激しさを増す律動に総身をわななかせ、甘えた声で投げかける。
 痛みがひいたことを察し、ラザレスは欲に任せて腰を振り立てた。そのたびにいっとう敏感な最奥を貫かれ、ブレアは歓喜の声でよがり鳴く。

「ああああ――ッ!」

 突如沸き上がった絶頂に身を焦がし、ブレアはオリーブ色の瞳を揺らした。
 いつしか体を重ねた際、素直に「気持ちいい」と言ってくれたほうが嬉しいと指摘されたことを思い出し、嬌笑交じりに言葉を発する。

「いいっ……! そこ、すきぃ……! もっとぉ……!」

 甘えた声でよがるたび、最も気持ちいいところを押し上げられる。そのたびにブレアは昇りつめ、盛りのついた雌犬よろしく吠え立てる。
 理性は完全に溶け崩れ、もはや快楽を貪ること以外頭にない。
 一方、酷く冷めた自身の声が、矢のごとく脳天に突き刺さった。あの時、ライオットの言葉に戦意を喪失してしまった自分なんかに、騎士はもう務まらないだろう、と。

「ああッ! らざれす、すきっ、すきぃ……!」

 まるでそれしか言えなくなったかのように、媚びた喘ぎを並べてよがった。あれだけ女やΩの性を疎ましく感じていたのに、その享楽に溺れずにはいられない。

 結局、自分は弱い人間だったのだ。
 敵にも正義があり、君主への忠誠があった――たったそれだけの事実を前に怯んでは、愛する人は守れない。
 仮に、Ωであることを克服し、騎士として戦場に繰り出す機会があったとしても、以前のように剣を振るえる自身はない。これまで無意識に抱いてきた万能感が、もうどこにも見当たらないのだ。

「ああッ! イクっ、イクううぅ――――っ!」

 嬌笑交じりに叫び、ブレアは体を貫かれたかのように総身を震わせた。
 ライオットに斬られかけた瞬間、ラザレスはすかさず間に割り込んだ。身動きが取れなくなったブレアの代わりに、剣戟を繰り出したのだ。その時目にした揺るぎないまなざしが、頭に焼き付いて離れない。

 何事にも屈しないあの精神力こそ、国を守る者としての『強さ』なのだろう――快楽に打ちのめされつつ、思考する。

 剣では勝ったつもりでも、実際の『強さ』は足元にも及ばなかった。そのことに気付かされ、ブレアは虚ろな瞳でよがり鳴いた。
 ラザレスはきっと、良き王としてヴェリオを治めるだろう。
 フォルルーゼによる交易を守り抜き、この国にさらなる繁栄をもたらすに違いない。そうした血筋を後世に残すことこそ、Ωである自分の使命なのだ。

 つないだ手を握りしめ、ブレアは絶頂のなか苦く笑んだ。夕日が沈み、赤々とした部屋が宵闇へと染まっていく。
 それでも、五年前の約束は頭の隅で輝き続けた。あの時もらった小さなメダルは結局奪われたまま、この手に戻ることはなかったが。

 レンジイトンの勇士として、共にヴェリオを守ろう――当時の約束が耳底に響き、意図せずとも涙がこぼれる。約束を果たすには、自分は力が足りなかったらしい。
 ブレアは小さく鼻をすすり、つないだ手を振りほどいた。指先を首根っこに遣り、うなじの髪をかきあげる。

「……噛んで…………」

 自分でも情けなくなるくらい、弱々しい声だった。息を飲むラザレスの気配を背中で感じる。

「いいのか? 嫌がってただろう?」

 なだめるような口調が返ってくる。ブレアはシーツに顔面を押し付けたままかぶりを振り、金切り声で叫ぶ。

「いいんだ、君なら……! だから、はやく……!」

 声が震え、うなじに添えた指先がわなないた。
 自分が自分ではなくなるような恐怖に、逃げ出したい衝動が湧き上がる。この期に及んでもなお、自分は騎士としての栄光に執着しているらしい。

 αに噛まれるということは、つがいとして契約を結ぶことだ。
 互いの本能が密接に絡んだ肉体同士のつながりは、時として婚姻よりも重い誓いとされる。相手の子を身籠り、産むための存在として生まれ変わるのだから。

 恐れをなだめるべく、ブレアはゆったりと息を吸い込んだ。シーツに顔を埋めたまま、細く長く息を吐く。それでも、歯の根はカチカチと忙しなく鳴っている。
 怯えを気取られれば、ラザレスは逡巡してしまう。頭では理解しているも、震えは止まらない。

 世継ぎも作らず、妃も娶らないのでは、ヴェリオを統べる王として周囲から認めてもらえない。ヘイスティングのような輩に、足元をすくわれる可能性だってある。
 ラザレスと共にヴェリオを守る――そのためには、これが一番の方法なのだ。後継者さえ生まれれば、争いは起こらない。

 そしてそれは、後宮に身を堕としたブレアにしか出来ない仕事だった。
 忠誠とか矜持とか、そんなことはどうでもいい。今はただ、ラザレスのためになりたかった。五年前に出会ってからずっと、彼のことを想い続けたのだ。

「……たのむ、かんで…………」

 いつまでも行動を起こさないラザレスに痺れを切らし、ブレアは催促するようにつぶやいた。
 呼応するように衣擦れの音がして、うなじに熱い吐息がかかる。挿入されたままの陰茎がどくん、と膨らみ、彼の興奮を言外に察した。

「いいんだな?」

 差し出したうなじを舐め上げられ、ブレアは「う」とも「ぐ」ともつかない声で背筋を揺らした。緊張のあまり、体が硬くなる。強張った状態では噛みにくいため、深呼吸をしながら力をゆるめる。
 ラザレスはこちらの表情をうかがうかのように、何度もうなじに舌を這わせた。そしてブレアの覚悟が決まったのを察すると、「いくぞ」とささやき、歯を突き立てる。

「んんッ……!」

 反射的に跳ねるブレアの頭を押さえつけ、ラザレスは白い柔肌を喰い締めた。
 めりめりと皮膚が裂ける感覚。泣きたくなるような痛みと共に、Ωの悦びが湧き上がる。

「あ゛、ああああ――――っ!」

 ブレアは喉を潰さんばかりに声を上げ、無我夢中でシーツを掻きむしった。
 うなじにめり込む歯牙の感触が、荒々しい鼻息が、組み敷かれる重みが、細胞のひとつひとつを塗りつぶしていく。その瞬間、ブレアは「この身のすべてを捧げる」ことの真意を悟る。

 その一方で、騎士として剣を振るう過去の自分が脳裏をよぎった。
 つがいの契約を結ぶ多幸感に打ち震える一方、身を切るような痛みに打ちひしがれる。

 愛する喜びに泣いているのか、絶望に暮れているのか――ブレアにはもう判断することができなかった。つう、と首筋を流れる生温かい血潮が、儀式の完了を物語っている。

「あっ、あ……」

 呆けていると、不意に陰茎を引き抜かれた。物惜しげに視線を遣るも、ラザレスに頭をなでられる。

「……止血しないと」

 そう言って、彼は床に投げ捨てたジャケットを羽織って部屋を出た。気付けば日は堕ち、周囲は夜の帳に包まれている。
 ランタンを取りに行ったのだろう。後宮に続く隠し通路は暗いため、昼間でも灯りが必要なのだと、以前クラリスが話していたことを思い出す。

 ――ああ、噛まれたんだ。

 ぬるりとした血の感触に、声には出さず独りごちた。
 この世のすべてが変わったようで、その実なにも変わってない――そんな不思議な心境に、体の火照りが冷えていく。

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