33 / 37
6-5 騎士の功罪(ラザレス視点)
しおりを挟む
戦場では個人の強さなんてあてにならない。
優劣を競うトーナメントとはわけが違うのだ。そんな当たり前の事実に今さら気付く。
敵の罠かもしれない――いぶかしむブレアの言葉を思い出し、ラザレスは己の浅慮を呪った。
当時は聞く耳を持たなかったが、賢明な判断だったと今になって思う。彼女の強さは剣術のみならず、経験に裏打ちされた勘の良さも含まれているのだろう。
ラザレスは馬にまたがり、草原をひた走った。己の『強さ』を模索するあまり、敵に足元をすくわれたかたちだ。
ブレアの読み通り、敵船は陽動だった。味方のふりをして城内に潜伏していた敵兵により、戦況はあっという間にひっくり返された。
崩れかけた自軍を立て直すべく、ラザレスは自らを囮に内地を奔走した。どうやら敵のねらいはヴェリオの制圧ではなく、自身を討つことにあるらしい。
ならば自ら敵兵を引きつければ、混乱はいずれ収まるだろう。ラザレスは咄嗟の判断で賭けに出た。今は劣勢を強いられているものの、兵の数はこちらが勝っている。自分さえ逃げ切れば、戦況は立て直せるだろう。
「城下と民を見捨てたか!? 腰抜けめ!」
背後から飛んでくる野次に心が痛むも、ラザレスはなりふり構わず馬を進めた。祖父からヴェリオを賜り、統治している以上、易々と討たれるわけにはいかない。
王族とあろう者が囮を引き受けるだなんて、ブレアが知ったら卒倒するな――そんなことを考え、ラザレスは兜の下で自嘲する。
城下から十数キロメートル離れた草原で、ラザレスは後ろを振り返った。目に見える追っ手はひとり。
こちらの魂胆にいち早く気付いた敵兵だ。メガネをかけたオリーブ色の瞳が、甲冑の下でぎらついている。見るからに神経質そうな風貌だ。
残る手勢は途中でラザレスを見失ったらしく、追いかけてくる気配はない。とはいえ、ここらは見通しの良い平原だから、見つかるのは時間の問題だろう。
――どこかに身を隠すことができればいいのだが。
そう考えるも、馬の様子を見て無理だと察する。
明らかに疲弊している。逃げるためとはいえ、無茶な走りを強いたのだ。このままでは、背後の兵士に追いつかれる。それを他の追手に嗅ぎつかれたら目も当てられない。
ラザレスは意を決し、馬を止めた。逃げ切れないのであれば、直接決着をつけるしかない。馬から降り、腰の剣に手を掛ける。
騎馬戦では槍による戦いが一般的だが、此度は砲撃戦を想定していたこともあり、互いに剣しか携えていない。
リーチが長い槍ならともかく、馬上で剣を振るえば馬の首を切ってしまう恐れがあるため、このような場合は互いに下馬するのが常識だ。そうした意思を汲んだのか、向こうも馬を止めた。
「ようやく首を差し出す気になったか」
男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、剣を抜いてこちらを睨んだ。
ふたりのあいだを風が吹き抜け、相手の前髪が軽やかに揺れる。その色合いがブレアのそれと重なり、ラザレスは一瞬呼吸を忘れた。
「フン、チャンバラ遊びが取り柄のボンボンめ」
そのわずかな隙を見逃すことなく、男は疾風のごとく間合いを詰めた。
これまで受けた剣戟とは異なり、明確な殺意に満ちている。男の一撃を受け流すたび、ラザレスはじりじりと後ずさる。
これが戦場――圧倒的な緊迫感に呑まれ、剣を持つ手にしびれが走った。一瞬の隙が命取りになるだけではない。この手で相手を殺すことだってあり得る世界だ。
――お前は強い。
亡き祖父の声が、耳底からよみがえる。ラザレスは眉間にしわを寄せ、勇猛果敢に剣を振る。
なにをもってアントルはラザレスを『強い』を評したのか。その真意は分からない。
こうしている今も、心のどこかでは自分の『強さ』を模索している。暗闇のなか、泥を掻き分けているみたいに手応えがない。それでも、この戦いの先になにかあるはずだと、ラザレスはひたすら自分に言い聞かせる。
鍔競りあう白刃から火花が散り、彼は奥歯を食い締めた。
結局のところ、剣は殺し合うために存在するのだ。それ以上でも、以下でもない。ひょっとしたら、自分が探し求めている『強さ』は、戦場には存在しないのかもしれない――初めて経験する「命の取り合い」に、冷たい汗が頬を伝う。
「遊びは終わりだッ!」
こちらの斬撃を弾き返し、男は剣を振り上げた。自身の心臓目掛けて突き進む刃に、ラザレスは息を飲む。
◇
剣を交えるふたりのもとへ駆け寄り、自身の刃を振り上げた。
こちらの殺気を気取ったのか、実兄はラザレスに向けた切っ先を引っ込め、ブレアの剣戟を受け止める。
「Ωの分際で戦場に出てくるとは、いい度胸じゃないか」
ヘルムから見え隠れする素顔でこちらの正体を見破ったのか、ライオットはメガネの奥を光らせた。ブレアは馴染みのプレートアーマーをガチャリ、と鳴らし、剣を握る手に力を込める。
自身と瓜二つのオリーブの瞳に憎しみを灯し、ライオットは斬撃を繰り出した。そのひとつひとつを受け流し、ブレアは声を張り上げる。
「なぜレンジイトンを恨むのです、兄上!」
「黙れっ!」
間合いを取り、ライオットは肩をそびやかす。一筋縄ではいかない相手であることを察し、隙をうかがっているのだろう。タウンゼントの名を捨ててもなお、剣の腕は確からしい。
「幼い頃から父親の言いなりだったおまえには分かるまい……! タウンゼントの家に生まれた、俺の苦悩など……!」
ライオットは腰を落とし、血相を変えてがなり立てた。長年胸に秘めてきたのであろう煩悶に、ブレアは自身と共通するものを垣間見る。
スタンレーが指摘した通り、彼は自身の理想と現実の乖離を受け入れられずにいた。ブレアが自身の性――女であり、Ωであること――といまだ折り合いがつかないように。
「――ヴェリオはオルレイユの文化が色濃く反映された、美しい港町だった」
丁々発止と火花を散らし、ライオットは相貌に怨嗟をにじませた。
今から二十五年ほど前、ヴェリオはオルレイユの西端に位置する半島だった。ブレアが生まれる以前の話だ。自国にはない華やいだ文化に、若きライオットは憧憬を抱いた。
「レンジイトンの侵攻により、ヴェリオに息づくオルレイユの文化はことごとく破壊された。残ったのは城くらいなもので、そのほかはすべて灰となった」
幼き頃より聞かされてきたヴェリオの成り立ち。疑いようのない信念に陰りが生じ、ブレアはヘルムの下で頬を引きつらせる。
亡き母が読み聞かせてくれた憧れの地を、この手で蹂躙しなければならなかった。いくらライオットがそれを拒もうと、騎士という立場が赦してくれるはずもなく。
「やれ騎士道だ、誇りだと言いながら、おまえらがしていることは単なる破壊と殺戮だ。欲深い貴様らレンジイトンが大陸に進出してきたせいで、オルレイユは衰退の一途を辿った」
苛烈なるライオットの剣戟が、さらなる勢いを増していく。
憎悪にも似た気迫に押され、ブレアは剣先がおぼつかなくなっていく。これまで従軍した戦場の数々が、走馬灯のごとくよみがえる。
「国を守る」という大義名分を掲げ、存分に剣を振るってきた。
相手は自国を脅かす侵略者なのだから、たとえ殺されても文句は言えない――そう自身に言い聞かせてきた。しかし、レンジイトンもかつては、オルレイユにとっての『侵略者』だったのだ。
兄の猛攻に圧されるなか、視界の端に金色の髪がちらついた。その奥で揺れる青い瞳に、ブレアは胸が締め付けられる。
五年前、ラザレスと約束を交わしたことを思い出す。暮れなずむ日の光に照らされ、共にこの地を守ると忠誠を誓った。
輝かしい決意の裏に、薄暗い現実が姿を覗かせる。討ち滅ぼしてきた敵の背後にだって、同じような信念があったのかもしれない、と。
固く信じてきた正義が、忠誠が、理想が、水面のように揺れていく。波立つ心を鎮めるべく、五年前にもらったメダルの在処を探るも、いまだライオットに奪われたままだ。
自分の行いは正しかったのか。ライオットの指摘通り、この胸に抱いた誇りは「単なる破壊と殺戮」でしかないのか。ブレアは次第に分からなくなってくる。
答えの見えない自問が頭をもたげ、足がすくんだ。ライオットはその隙を見逃さず、間合いを詰める。振り上げられる白銀の切っ先。甲冑に包まれたこの体は、ピクリとも動かない。
「雑兵め! オルレイユを貶めた報いを受けろ!」
怒声を上げ、ライオットは斬撃を繰り出した。
このまま斬られるのだと理解した刹那、背後から腕をつかまれた。考えるより先に後ろに引っ張られ、ブレアはたたらを踏んで尻もちをつく。
「貴様こそ、勝手な言い分でヴェリオの安寧を揺るがすな! 過去がどうだろうと、今は俺が賜った地だ!」
鋭い金属音と共に、迫る刃が退けられた。ブレアはうずくまったまま、ヘルムから覗く金髪を見上げる。
「ラザレス……」
聞こえるかどうかの声量で、ブレアは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。ラザレスは振り返る素振りもなく、ライオットに反撃する。
目にも止まらぬ鋭い一撃。腕を斬りつけられ、ライオットは剣を落とした。
同時に、地平線の向こうから複数の蹄音が地鳴りのように迫りくる。タウンゼント家の援軍だ。ようやっとブレアに追いついたのだろう。
「殿下! ご無事ですか!?」
馬から降りた甲冑の騎士たちが、わらわらとラザレスに駆け寄った。ライオットは有無を言わさずひっ捕らえられ、フォルルーゼの方角へと連行される。
「ブレア、平気か?」
取り巻く兵士を軽くあしらい、ラザレスはこちらに駆け寄った。その兜の奥で見え隠れする凛々しい顔立ちに、体の芯が熱くなる。
「あ、ああ……」
かすれた声で応酬しつつ、ブレアはラザレスの腕を借りて立ち上がった。ひとまず危機を脱したせいか、疲れがどっと押し寄せる。
「ブレアの言う通りだった。敵の術中にはまって死にかけるだなんて、情けないな、俺」
やっぱり、おまえには敵わないよ――そう言って、ラザレスはブレアを馬に乗せた。先ほどの勇姿を思い出し、ブレアはゆるゆるとかぶりを振る。
「――今回ばかりは君の勝ちだ」
聞こえるかどうかのつぶやきが、周囲の喧騒に掻き消される。
「なんか言ったか?」
「いや、なんでも」
兜の下で小さく笑い、ブレアはラザレスに微笑んだ。
ライオットが見せた現実に揺らぐ自分と、意思を貫き通したラザレス。剣の腕前はさておき、どちらが『強い』かなんて明白だ。
ラザレスは馬に乗り、颯爽と駆け出した。護送の騎士に囲まれる彼を眺め、ブレアは目を細くした。
西に傾く陽光を受け、金色の髪ははち切れんほどに輝いている。
優劣を競うトーナメントとはわけが違うのだ。そんな当たり前の事実に今さら気付く。
敵の罠かもしれない――いぶかしむブレアの言葉を思い出し、ラザレスは己の浅慮を呪った。
当時は聞く耳を持たなかったが、賢明な判断だったと今になって思う。彼女の強さは剣術のみならず、経験に裏打ちされた勘の良さも含まれているのだろう。
ラザレスは馬にまたがり、草原をひた走った。己の『強さ』を模索するあまり、敵に足元をすくわれたかたちだ。
ブレアの読み通り、敵船は陽動だった。味方のふりをして城内に潜伏していた敵兵により、戦況はあっという間にひっくり返された。
崩れかけた自軍を立て直すべく、ラザレスは自らを囮に内地を奔走した。どうやら敵のねらいはヴェリオの制圧ではなく、自身を討つことにあるらしい。
ならば自ら敵兵を引きつければ、混乱はいずれ収まるだろう。ラザレスは咄嗟の判断で賭けに出た。今は劣勢を強いられているものの、兵の数はこちらが勝っている。自分さえ逃げ切れば、戦況は立て直せるだろう。
「城下と民を見捨てたか!? 腰抜けめ!」
背後から飛んでくる野次に心が痛むも、ラザレスはなりふり構わず馬を進めた。祖父からヴェリオを賜り、統治している以上、易々と討たれるわけにはいかない。
王族とあろう者が囮を引き受けるだなんて、ブレアが知ったら卒倒するな――そんなことを考え、ラザレスは兜の下で自嘲する。
城下から十数キロメートル離れた草原で、ラザレスは後ろを振り返った。目に見える追っ手はひとり。
こちらの魂胆にいち早く気付いた敵兵だ。メガネをかけたオリーブ色の瞳が、甲冑の下でぎらついている。見るからに神経質そうな風貌だ。
残る手勢は途中でラザレスを見失ったらしく、追いかけてくる気配はない。とはいえ、ここらは見通しの良い平原だから、見つかるのは時間の問題だろう。
――どこかに身を隠すことができればいいのだが。
そう考えるも、馬の様子を見て無理だと察する。
明らかに疲弊している。逃げるためとはいえ、無茶な走りを強いたのだ。このままでは、背後の兵士に追いつかれる。それを他の追手に嗅ぎつかれたら目も当てられない。
ラザレスは意を決し、馬を止めた。逃げ切れないのであれば、直接決着をつけるしかない。馬から降り、腰の剣に手を掛ける。
騎馬戦では槍による戦いが一般的だが、此度は砲撃戦を想定していたこともあり、互いに剣しか携えていない。
リーチが長い槍ならともかく、馬上で剣を振るえば馬の首を切ってしまう恐れがあるため、このような場合は互いに下馬するのが常識だ。そうした意思を汲んだのか、向こうも馬を止めた。
「ようやく首を差し出す気になったか」
男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、剣を抜いてこちらを睨んだ。
ふたりのあいだを風が吹き抜け、相手の前髪が軽やかに揺れる。その色合いがブレアのそれと重なり、ラザレスは一瞬呼吸を忘れた。
「フン、チャンバラ遊びが取り柄のボンボンめ」
そのわずかな隙を見逃すことなく、男は疾風のごとく間合いを詰めた。
これまで受けた剣戟とは異なり、明確な殺意に満ちている。男の一撃を受け流すたび、ラザレスはじりじりと後ずさる。
これが戦場――圧倒的な緊迫感に呑まれ、剣を持つ手にしびれが走った。一瞬の隙が命取りになるだけではない。この手で相手を殺すことだってあり得る世界だ。
――お前は強い。
亡き祖父の声が、耳底からよみがえる。ラザレスは眉間にしわを寄せ、勇猛果敢に剣を振る。
なにをもってアントルはラザレスを『強い』を評したのか。その真意は分からない。
こうしている今も、心のどこかでは自分の『強さ』を模索している。暗闇のなか、泥を掻き分けているみたいに手応えがない。それでも、この戦いの先になにかあるはずだと、ラザレスはひたすら自分に言い聞かせる。
鍔競りあう白刃から火花が散り、彼は奥歯を食い締めた。
結局のところ、剣は殺し合うために存在するのだ。それ以上でも、以下でもない。ひょっとしたら、自分が探し求めている『強さ』は、戦場には存在しないのかもしれない――初めて経験する「命の取り合い」に、冷たい汗が頬を伝う。
「遊びは終わりだッ!」
こちらの斬撃を弾き返し、男は剣を振り上げた。自身の心臓目掛けて突き進む刃に、ラザレスは息を飲む。
◇
剣を交えるふたりのもとへ駆け寄り、自身の刃を振り上げた。
こちらの殺気を気取ったのか、実兄はラザレスに向けた切っ先を引っ込め、ブレアの剣戟を受け止める。
「Ωの分際で戦場に出てくるとは、いい度胸じゃないか」
ヘルムから見え隠れする素顔でこちらの正体を見破ったのか、ライオットはメガネの奥を光らせた。ブレアは馴染みのプレートアーマーをガチャリ、と鳴らし、剣を握る手に力を込める。
自身と瓜二つのオリーブの瞳に憎しみを灯し、ライオットは斬撃を繰り出した。そのひとつひとつを受け流し、ブレアは声を張り上げる。
「なぜレンジイトンを恨むのです、兄上!」
「黙れっ!」
間合いを取り、ライオットは肩をそびやかす。一筋縄ではいかない相手であることを察し、隙をうかがっているのだろう。タウンゼントの名を捨ててもなお、剣の腕は確からしい。
「幼い頃から父親の言いなりだったおまえには分かるまい……! タウンゼントの家に生まれた、俺の苦悩など……!」
ライオットは腰を落とし、血相を変えてがなり立てた。長年胸に秘めてきたのであろう煩悶に、ブレアは自身と共通するものを垣間見る。
スタンレーが指摘した通り、彼は自身の理想と現実の乖離を受け入れられずにいた。ブレアが自身の性――女であり、Ωであること――といまだ折り合いがつかないように。
「――ヴェリオはオルレイユの文化が色濃く反映された、美しい港町だった」
丁々発止と火花を散らし、ライオットは相貌に怨嗟をにじませた。
今から二十五年ほど前、ヴェリオはオルレイユの西端に位置する半島だった。ブレアが生まれる以前の話だ。自国にはない華やいだ文化に、若きライオットは憧憬を抱いた。
「レンジイトンの侵攻により、ヴェリオに息づくオルレイユの文化はことごとく破壊された。残ったのは城くらいなもので、そのほかはすべて灰となった」
幼き頃より聞かされてきたヴェリオの成り立ち。疑いようのない信念に陰りが生じ、ブレアはヘルムの下で頬を引きつらせる。
亡き母が読み聞かせてくれた憧れの地を、この手で蹂躙しなければならなかった。いくらライオットがそれを拒もうと、騎士という立場が赦してくれるはずもなく。
「やれ騎士道だ、誇りだと言いながら、おまえらがしていることは単なる破壊と殺戮だ。欲深い貴様らレンジイトンが大陸に進出してきたせいで、オルレイユは衰退の一途を辿った」
苛烈なるライオットの剣戟が、さらなる勢いを増していく。
憎悪にも似た気迫に押され、ブレアは剣先がおぼつかなくなっていく。これまで従軍した戦場の数々が、走馬灯のごとくよみがえる。
「国を守る」という大義名分を掲げ、存分に剣を振るってきた。
相手は自国を脅かす侵略者なのだから、たとえ殺されても文句は言えない――そう自身に言い聞かせてきた。しかし、レンジイトンもかつては、オルレイユにとっての『侵略者』だったのだ。
兄の猛攻に圧されるなか、視界の端に金色の髪がちらついた。その奥で揺れる青い瞳に、ブレアは胸が締め付けられる。
五年前、ラザレスと約束を交わしたことを思い出す。暮れなずむ日の光に照らされ、共にこの地を守ると忠誠を誓った。
輝かしい決意の裏に、薄暗い現実が姿を覗かせる。討ち滅ぼしてきた敵の背後にだって、同じような信念があったのかもしれない、と。
固く信じてきた正義が、忠誠が、理想が、水面のように揺れていく。波立つ心を鎮めるべく、五年前にもらったメダルの在処を探るも、いまだライオットに奪われたままだ。
自分の行いは正しかったのか。ライオットの指摘通り、この胸に抱いた誇りは「単なる破壊と殺戮」でしかないのか。ブレアは次第に分からなくなってくる。
答えの見えない自問が頭をもたげ、足がすくんだ。ライオットはその隙を見逃さず、間合いを詰める。振り上げられる白銀の切っ先。甲冑に包まれたこの体は、ピクリとも動かない。
「雑兵め! オルレイユを貶めた報いを受けろ!」
怒声を上げ、ライオットは斬撃を繰り出した。
このまま斬られるのだと理解した刹那、背後から腕をつかまれた。考えるより先に後ろに引っ張られ、ブレアはたたらを踏んで尻もちをつく。
「貴様こそ、勝手な言い分でヴェリオの安寧を揺るがすな! 過去がどうだろうと、今は俺が賜った地だ!」
鋭い金属音と共に、迫る刃が退けられた。ブレアはうずくまったまま、ヘルムから覗く金髪を見上げる。
「ラザレス……」
聞こえるかどうかの声量で、ブレアは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。ラザレスは振り返る素振りもなく、ライオットに反撃する。
目にも止まらぬ鋭い一撃。腕を斬りつけられ、ライオットは剣を落とした。
同時に、地平線の向こうから複数の蹄音が地鳴りのように迫りくる。タウンゼント家の援軍だ。ようやっとブレアに追いついたのだろう。
「殿下! ご無事ですか!?」
馬から降りた甲冑の騎士たちが、わらわらとラザレスに駆け寄った。ライオットは有無を言わさずひっ捕らえられ、フォルルーゼの方角へと連行される。
「ブレア、平気か?」
取り巻く兵士を軽くあしらい、ラザレスはこちらに駆け寄った。その兜の奥で見え隠れする凛々しい顔立ちに、体の芯が熱くなる。
「あ、ああ……」
かすれた声で応酬しつつ、ブレアはラザレスの腕を借りて立ち上がった。ひとまず危機を脱したせいか、疲れがどっと押し寄せる。
「ブレアの言う通りだった。敵の術中にはまって死にかけるだなんて、情けないな、俺」
やっぱり、おまえには敵わないよ――そう言って、ラザレスはブレアを馬に乗せた。先ほどの勇姿を思い出し、ブレアはゆるゆるとかぶりを振る。
「――今回ばかりは君の勝ちだ」
聞こえるかどうかのつぶやきが、周囲の喧騒に掻き消される。
「なんか言ったか?」
「いや、なんでも」
兜の下で小さく笑い、ブレアはラザレスに微笑んだ。
ライオットが見せた現実に揺らぐ自分と、意思を貫き通したラザレス。剣の腕前はさておき、どちらが『強い』かなんて明白だ。
ラザレスは馬に乗り、颯爽と駆け出した。護送の騎士に囲まれる彼を眺め、ブレアは目を細くした。
西に傾く陽光を受け、金色の髪ははち切れんほどに輝いている。
11
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる