【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

文字の大きさ
上 下
33 / 37

6-5 騎士の功罪(ラザレス視点)

しおりを挟む
 戦場では個人の強さなんてあてにならない。
 優劣を競うトーナメントとはわけが違うのだ。そんな当たり前の事実に今さら気付く。

 敵の罠かもしれない――いぶかしむブレアの言葉を思い出し、ラザレスは己の浅慮を呪った。
 当時は聞く耳を持たなかったが、賢明な判断だったと今になって思う。彼女の強さは剣術のみならず、経験に裏打ちされた勘の良さも含まれているのだろう。

 ラザレスは馬にまたがり、草原をひた走った。己の『強さ』を模索するあまり、敵に足元をすくわれたかたちだ。
 ブレアの読み通り、敵船は陽動だった。味方のふりをして城内に潜伏していた敵兵により、戦況はあっという間にひっくり返された。

 崩れかけた自軍を立て直すべく、ラザレスは自らを囮に内地を奔走した。どうやら敵のねらいはヴェリオの制圧ではなく、自身を討つことにあるらしい。
 ならば自ら敵兵を引きつければ、混乱はいずれ収まるだろう。ラザレスは咄嗟の判断で賭けに出た。今は劣勢を強いられているものの、兵の数はこちらが勝っている。自分さえ逃げ切れば、戦況は立て直せるだろう。

「城下と民を見捨てたか!? 腰抜けめ!」

 背後から飛んでくる野次に心が痛むも、ラザレスはなりふり構わず馬を進めた。祖父からヴェリオを賜り、統治している以上、易々と討たれるわけにはいかない。
 王族とあろう者が囮を引き受けるだなんて、ブレアが知ったら卒倒するな――そんなことを考え、ラザレスは兜の下で自嘲する。

 城下から十数キロメートル離れた草原で、ラザレスは後ろを振り返った。目に見える追っ手はひとり。
 こちらの魂胆にいち早く気付いた敵兵だ。メガネをかけたオリーブ色の瞳が、甲冑の下でぎらついている。見るからに神経質そうな風貌だ。
 残る手勢は途中でラザレスを見失ったらしく、追いかけてくる気配はない。とはいえ、ここらは見通しの良い平原だから、見つかるのは時間の問題だろう。

 ――どこかに身を隠すことができればいいのだが。

 そう考えるも、馬の様子を見て無理だと察する。
 明らかに疲弊している。逃げるためとはいえ、無茶な走りを強いたのだ。このままでは、背後の兵士に追いつかれる。それを他の追手に嗅ぎつかれたら目も当てられない。

 ラザレスは意を決し、馬を止めた。逃げ切れないのであれば、直接決着をつけるしかない。馬から降り、腰の剣に手を掛ける。
 騎馬戦では槍による戦いが一般的だが、此度は砲撃戦を想定していたこともあり、互いに剣しか携えていない。
 リーチが長い槍ならともかく、馬上で剣を振るえば馬の首を切ってしまう恐れがあるため、このような場合は互いに下馬するのが常識だ。そうした意思を汲んだのか、向こうも馬を止めた。

「ようやく首を差し出す気になったか」

 男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、剣を抜いてこちらを睨んだ。
 ふたりのあいだを風が吹き抜け、相手の前髪が軽やかに揺れる。その色合いがブレアのそれと重なり、ラザレスは一瞬呼吸を忘れた。

「フン、チャンバラ遊び・・・・・・・が取り柄のボンボンめ」

 そのわずかな隙を見逃すことなく、男は疾風のごとく間合いを詰めた。
 これまで受けた剣戟けんげきとは異なり、明確な殺意に満ちている。男の一撃を受け流すたび、ラザレスはじりじりと後ずさる。
 これが戦場――圧倒的な緊迫感に呑まれ、剣を持つ手にしびれが走った。一瞬の隙が命取りになるだけではない。この手で相手を殺すことだってあり得る世界だ。

 ――お前は強い。

 亡き祖父の声が、耳底からよみがえる。ラザレスは眉間にしわを寄せ、勇猛果敢に剣を振る。
 なにをもってアントルはラザレスを『強い』を評したのか。その真意は分からない。
 こうしている今も、心のどこかでは自分の『強さ』を模索している。暗闇のなか、泥を掻き分けているみたいに手応えがない。それでも、この戦いの先になにかあるはずだと、ラザレスはひたすら自分に言い聞かせる。

 鍔競りあう白刃から火花が散り、彼は奥歯を食い締めた。
 結局のところ、剣は殺し合うために存在するのだ。それ以上でも、以下でもない。ひょっとしたら、自分が探し求めている『強さ』は、戦場には存在しないのかもしれない――初めて経験する「命の取り合い」に、冷たい汗が頬を伝う。

「遊びは終わりだッ!」

 こちらの斬撃を弾き返し、男は剣を振り上げた。自身の心臓目掛けて突き進む刃に、ラザレスは息を飲む。

     ◇

 剣を交えるふたりのもとへ駆け寄り、自身の刃を振り上げた。
 こちらの殺気を気取ったのか、実兄はラザレスに向けた切っ先を引っ込め、ブレアの剣戟けんげきを受け止める。

「Ωの分際で戦場に出てくるとは、いい度胸じゃないか」

 ヘルムから見え隠れする素顔でこちらの正体を見破ったのか、ライオットはメガネの奥を光らせた。ブレアは馴染みのプレートアーマーをガチャリ、と鳴らし、剣を握る手に力を込める。
 自身と瓜二つのオリーブの瞳に憎しみを灯し、ライオットは斬撃を繰り出した。そのひとつひとつを受け流し、ブレアは声を張り上げる。

「なぜレンジイトンを恨むのです、兄上!」
「黙れっ!」

 間合いを取り、ライオットは肩をそびやかす。一筋縄ではいかない相手であることを察し、隙をうかがっているのだろう。タウンゼントの名を捨ててもなお、剣の腕は確からしい。

「幼い頃から父親の言いなりだったおまえには分かるまい……! タウンゼントの家に生まれた、俺の苦悩など……!」

 ライオットは腰を落とし、血相を変えてがなり立てた。長年胸に秘めてきたのであろう煩悶に、ブレアは自身と共通するものを垣間見る。
 スタンレーが指摘した通り、彼は自身の理想と現実の乖離かいりを受け入れられずにいた。ブレアが自身の性――女であり、Ωであること――といまだ折り合いがつかないように。

「――ヴェリオはオルレイユの文化が色濃く反映された、美しい港町だった」

 丁々発止と火花を散らし、ライオットは相貌に怨嗟をにじませた。
 今から二十五年ほど前、ヴェリオはオルレイユの西端に位置する半島だった。ブレアが生まれる以前の話だ。自国にはない華やいだ文化に、若きライオットは憧憬を抱いた。

「レンジイトンの侵攻により、ヴェリオに息づくオルレイユの文化はことごとく破壊された。残ったのは城くらいなもので、そのほかはすべて灰となった」

 幼き頃より聞かされてきたヴェリオの成り立ち。疑いようのない信念に陰りが生じ、ブレアはヘルムの下で頬を引きつらせる。
 亡き母が読み聞かせてくれた憧れの地を、この手で蹂躙しなければならなかった。いくらライオットがそれを拒もうと、騎士という立場が赦してくれるはずもなく。

「やれ騎士道だ、誇りだと言いながら、おまえらがしていることは単なる破壊と殺戮だ。欲深い貴様らレンジイトンが大陸に進出してきたせいで、オルレイユは衰退の一途を辿った」

 苛烈なるライオットの剣戟けんげきが、さらなる勢いを増していく。
 憎悪にも似た気迫に押され、ブレアは剣先がおぼつかなくなっていく。これまで従軍した戦場の数々が、走馬灯のごとくよみがえる。

 「国を守る」という大義名分を掲げ、存分に剣を振るってきた。
 相手は自国を脅かす侵略者なのだから、たとえ殺されても文句は言えない――そう自身に言い聞かせてきた。しかし、レンジイトンもかつては、オルレイユにとっての『侵略者』だったのだ。

 兄の猛攻に圧されるなか、視界の端に金色の髪がちらついた。その奥で揺れる青い瞳に、ブレアは胸が締め付けられる。
 五年前、ラザレスと約束を交わしたことを思い出す。暮れなずむ日の光に照らされ、共にこの地を守ると忠誠を誓った。

 輝かしい決意の裏に、薄暗い現実が姿を覗かせる。討ち滅ぼしてきた敵の背後にだって、同じような信念があったのかもしれない、と。
 固く信じてきた正義が、忠誠が、理想が、水面のように揺れていく。波立つ心を鎮めるべく、五年前にもらったメダルの在処を探るも、いまだライオットに奪われたままだ。

 自分の行いは正しかったのか。ライオットの指摘通り、この胸に抱いた誇りは「単なる破壊と殺戮」でしかないのか。ブレアは次第に分からなくなってくる。

 答えの見えない自問が頭をもたげ、足がすくんだ。ライオットはその隙を見逃さず、間合いを詰める。振り上げられる白銀の切っ先。甲冑に包まれたこの体は、ピクリとも動かない。

「雑兵め! オルレイユを貶めた報いを受けろ!」

 怒声を上げ、ライオットは斬撃を繰り出した。
 このまま斬られるのだと理解した刹那、背後から腕をつかまれた。考えるより先に後ろに引っ張られ、ブレアはたたらを踏んで尻もちをつく。

「貴様こそ、勝手な言い分でヴェリオの安寧を揺るがすな! 過去がどうだろうと、今は俺が賜った地だ!」

 鋭い金属音と共に、迫る刃が退けられた。ブレアはうずくまったまま、ヘルムから覗く金髪を見上げる。

「ラザレス……」

 聞こえるかどうかの声量で、ブレアは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。ラザレスは振り返る素振りもなく、ライオットに反撃する。
 目にも止まらぬ鋭い一撃。腕を斬りつけられ、ライオットは剣を落とした。
 同時に、地平線の向こうから複数の蹄音が地鳴りのように迫りくる。タウンゼント家の援軍だ。ようやっとブレアに追いついたのだろう。

「殿下! ご無事ですか!?」

 馬から降りた甲冑の騎士たちが、わらわらとラザレスに駆け寄った。ライオットは有無を言わさずひっ捕らえられ、フォルルーゼの方角へと連行される。

「ブレア、平気か?」

 取り巻く兵士を軽くあしらい、ラザレスはこちらに駆け寄った。その兜の奥で見え隠れする凛々しい顔立ちに、体の芯が熱くなる。

「あ、ああ……」

 かすれた声で応酬しつつ、ブレアはラザレスの腕を借りて立ち上がった。ひとまず危機を脱したせいか、疲れがどっと押し寄せる。

「ブレアの言う通りだった。敵の術中にはまって死にかけるだなんて、情けないな、俺」

 やっぱり、おまえには敵わないよ――そう言って、ラザレスはブレアを馬に乗せた。先ほどの勇姿を思い出し、ブレアはゆるゆるとかぶりを振る。

「――今回ばかりは君の勝ちだ」

 聞こえるかどうかのつぶやきが、周囲の喧騒に掻き消される。

「なんか言ったか?」
「いや、なんでも」

 兜の下で小さく笑い、ブレアはラザレスに微笑んだ。
 ライオットが見せた現実に揺らぐ自分と、意思を貫き通したラザレス。剣の腕前はさておき、どちらが『強い』かなんて明白だ。

 ラザレスは馬に乗り、颯爽と駆け出した。護送の騎士に囲まれる彼を眺め、ブレアは目を細くした。
 西に傾く陽光を受け、金色の髪ははち切れんほどに輝いている。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...