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6-2 騎士の功罪(ヘイスティング視点)

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 後宮のΩ殺害計画はあっけなく失敗に終わった。
 万一、ラザレスの子を孕んでいたら厄介であるため、先に始末しておきたかったのだが、相手がアーカスターの剣豪となれば話は別だ。

 ――まさか、Ωの正体が死んだはずのタウンゼント家の令息・・だったなんて。生きていただけでも驚きなのに、性別まで偽っていたとは。

 ラザレスに報告書を渡しつつ、ヘイスティングは声には出さず独りごちた。
 か弱い乙女を想像していたのに、とんだ見当違いだ。下手に手を出せば返り討ちにされかねない。

 ――やはり、こいつを先に仕留めたほうがよさそうだ。

 報告書をめくるラザレスを盗み見ながら、ヘイスティングは人知れず意を決した。
 海路を用いて城下を攻める――ライオットの協力のもと、すでに手は打っていた。ラザレスを焚きつけて戦場に連れ出し、討つという筋書きだ。
 そこまで考え、ヘイスティングは咳払いをした。平静を装うべく、深刻そうな表情を取り繕う。

「フォルルーゼ港よりはるか北方の地で、不審な船を見かけたとの報告です。恐らく、オルレイユ西方貴族の手勢かと」

 斥候部隊からの報告書を読むかたわら、ラザレスはヘイスティングを一瞥する。

「以前、同じ場所で海賊が壊滅したとの報告を受けた。連中の仕業だったのか」

 合点がいったような表情で、ラザレスがつぶやいた。
 事実、海賊から船を奪う作戦はライオットによるものだ。陸路から城下を目指すには鉄壁のアーカスター領を突破しなければならないが、海を渡ればその必要はない。

 とはいえ、フォルルーゼ港の交易権を奪われ、衰退したオルレイユ貴族に軍艦を用意する資金はない。
 ならば奪うまで――そう考えたライオットは言葉巧みに海賊共に取り入り、連中を自滅に追い込んだ。商船とは異なり、海賊の船は戦いに特化した造りをしているから、軍艦として使うには持ってこいだ。

「海賊船を使うとは考えたな。上陸を許せば、城を攻略されかねん」

 地図に目を落とし、ラザレスがうなった。先日父王の視察が終わり、ようやっと一息つこうとしていた時分だ。頭が痛くなるのもうなずける。

「至急、使いを出せ。タウンゼント卿に協力を仰ぐ」

 考えあぐねた末、ラザレスは便せんとペンを取りだした。それを見て、ヘイスティングはほくそ笑む。そうなることは既に想定済みだ。

「卿はアーカスターの防衛で手が離せない状況です」
「いつもの奇襲か。タイミングが悪いな」
「恐らくは敵の陽動かと。主力であるタウンゼント家の注意を引いているうちに、海路からフォルルーゼを堕とす算段なのでしょう」
「小癪な……!」

 吐き捨てるようにつぶやき、ラザレスは机に広げた便せんをくしゃ、と握った。斥候からの報告によれば、海賊船がフォルルーゼに到着するのは三日後。それまでに迎撃の準備を整えなければならない。

「今こそ剣を振るう時です、殿下」

 下卑た笑みを浮かべ、ヘイスティングは切り出した。戦場に引きずり出せば、殺すチャンスなんていくらでもある。
 この男さえ排除すれば、ヴェリオの支配権は堕ちたも同然。ゆくゆくはレンジイトン本島の王座にも王手をかけることができるだろう。そこまで考え、ヘイスティングは言葉を継いだ。

「フォルルーゼの城下において、殿下の右に出る騎士はおりません。殿下のご尽力さえあれば、勝利の凱旋はつかんだも同然でしょう」

 共に過ごした日々を思い返し、ヘイスティングは加齢で濁った碧眼を細めた。
 ラザレスは自分だけの『強さ』を追い求め、日々剣術の鍛錬に明け暮れてきた。陰ながら努力する姿を間近で見てきたからこそ、なにを言えば焚きつけられるか想像がつく。

「このヘイスティング、幼い頃からずっと殿下を見てきました故、その『お強さ』は充分存じております。今こそ、その力を発揮する時ではございませんか……!」

 逡巡するラザレスを畳みかけるべく、ヘイスティングは言葉を重ねた。話を続けるうちに相手の頬が紅潮するのを見て、人知れず勝利を確信する。

「所詮、相手は寄せ集めの雑兵です。たとえ船で現れたとしても、港に砲台を設置して撃ち落とせばいいだけのこと。向こうはこちらが奇襲に気付いていることを知らないでしょうから、勝利は確実です」

 力説を続けるヘイスティングを見て、ラザレスは「それもそうか」とつぶやいた。地図を取りだしてはデスクに広げ、合戦の地を見定めている。

 ――馬鹿め。無駄だ。

 作戦の構想を立てるラザレスを尻目に、ヘイスティングは片頬を上げた。
 城内を含め、フォルルーゼのなかには、すでにライオットの配下が多数潜り込んでいるのだ。それらがオルレイユ兵として・・・・・・・・・一斉に反旗を翻せば、どうなるか。

「いざとなればこのヘイスティング、命に代えて殿下をお守りいたしますぞ! 近衛や警備隊も、気持ちはみな同じです!」

 胸の辺りを力強く叩き、ヘイスティングは黄ばんだ歯をこぼした。海上戦すらも実は陽動で、本命は城に潜伏した敵兵にあるのだが、当然ラザレスは知る由もない。

「頼もしいな、ヘイスティング卿」

 根っからの単細胞であるラザレスは疑うこともせず、こちらに手を差し出した。協力関係を結ぶべく、握手を求めているのだろう。
 ヘイスティングは腹黒い感情をおくびにも出さず、差し出された手を握りしめた。ラザレスは決まり悪そうに眉尻を下げ、手を頭の後ろに遣る。

「実は結婚や後宮のこともあり、少しだけ貴殿を疑っていた。悪かったな」
「滅相もございません……! もとはと言えば私が余計な詮索をしたまでのこと……!」

 言葉を遮るように、ラザレスはヘイスティングの手を固く握りしめる。そこから伝わる熱量が、彼の性分を物語っていた。

「貴殿は昔から、俺を気にかけてくれたな。今こそ、勝利をもってその恩を報いようではないか」

 ラザレスはまっすぐにこちらを見上げ、爽やかに微笑んだ。
 嫌味なくこういった態度を取れるのは、それだけ心が純粋だからだ。裏を返せば、『青臭い』。

「もったいなきお言葉……!」

 つないだ手を握り返し、ヘイスティングは恭しく目礼をした。
 これで手筈は整った。後はフォルルーゼにてオルレイユ船と相まみえるタイミングで反旗を翻し、伏兵と共にラザレスの首を狙うだけ。

 頭に描いたシナリオを繰り返しなぞり、ヘイスティングは薄く笑んだ。ライオットが入手した金のメダルを思い出し、その後のシナリオを思い浮かべる。

 今回の騒動は、オルレイユと手を組んだタウンゼント家のしわざ、ということにするつもりだ。
 Ω性が発覚した男装の跡取り息子・・・・・を巡り、水面下でラザレスと対立していた――という筋書きにすれば、疑う者はない。もし裁判になって証拠を求められたら、例のメダルを提出すればよいのだ。

 ラザレス暗殺と戦争の首謀者としてタウンゼント家を始末できれば、目障りな後宮のΩも処分できる。
 万一、ラザレスの子を孕んでいたとしても、殺してしまえば脅威ではない。跡取りのαさえいなければ、ヴェリオの玉座は自分のものだ。
 ゆくゆくはライオット協力のもと、レンジイトン本島の王都にも手を掛けるつもりだった。現王を打ち倒せば、ヘイスティングの名を王者に返り咲かせることができる。

 あと三日――口には出さず、ヘイスティングは指折り数えた。オルレイユの海賊船がフォルルーゼに到着さえすれば、王座は手に入ったも同然だ。
 ヘイスティングは前髪を撫でつけ、ほくそ笑んだ。
 歳を経るにつれ、αの象徴である金髪は薄くなる一方、野心は日ごとに強さを増していく。

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