【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

文字の大きさ
上 下
24 / 37

5-5 性別の垣根を超えて

しおりを挟む
「それ以前に、おまえと親しくなりたかったんだ。一度剣を交えたきりで別れるのが惜しくて、メダルこれを渡した」

 そう言って、ラザレスは褐色の筆跡を指でなぞる。ゆったりと細められた碧眼には、当時の情景がちらついている。

「確かに、おまえの正体を知った時は少なからず衝撃を受けた。尊敬する相手を知らず知らずに組み敷いていたという事実に、嫌悪すら抱いた」
「殿下……」

 苦しげに吐露するラザレスを見て、ブレアは居ても立ってもいられなくなった。それほどまでに想われていたにもかかわらず、安易に後宮に足を踏み入れた自身の浅はかさを呪う。
 ラザレスはメダルをシーツの上に置き、ブレアの痩躯を掻き抱いた。突然強く抱きしめられ、ブレアは総身をビクンと揺らす。

「でも、男とか女とか、αとかΩとか、そんなの関係ない……やっと再会できたんだ。この時をどれだけ待ち望んでいたことか」

 ブレアの栗色の髪に鼻先を埋め、ラザレスは喉を絞るようにささやいた。腕から伝わる体温が、彼の想いを代弁している。

「ずっと一緒にいて欲しい……たとえどんな境遇に置かれようと、おまえの『強さ』は変わらない」

 どちらのものともつかない鼓動が、どくどくどく、と全身を打ち付ける。ブレアは彼の肩口に目元を押し付け、「……はい」と小さくうなずいた。
 鼻の奥を針で突かれたような、鋭い痛みが駆け抜ける。
 目からこぼれるしずくを隠さんばかりに、ブレアはこっそり鼻をすすった。涙に濡れた熱い吐息に、体の力が抜けていく。

「許してくれるか?」

 体を離し、ラザレスはまっすぐにこちらを見つめた。シーツに置いたメダルを手に取り、ブレアに握らせる。

「もち、ろん……」

 ブレアはうっとりと目を潤ませ、相槌を打った。
 体の芯がじわじわと火照り、頭のなかがねっとりと重くなる。だのに今にも宙に浮かんでしまいそうな、浮遊感と恍惚――。
 ラザレスのα性に反応し、発情ヒートしかかっているのだ。ブレアはゆったりと深呼吸を繰り返しながら、自身の欲情を落ち着かせる。
 そんなことなどつゆ知らず、ラザレスはドレスが入った木箱に目を遣った。

「今夜の舞踏会、これを着て参加しないか?」
「え」

 不意を打つような発言に、ブレアは驚嘆の声を発した。後宮のΩは幽閉された存在だ。人前に姿を晒していいはずがない。
 冷水を浴びせられたように酔いが醒め、ブレアは顔をこわばらせた。ラザレスはそんなことなどお構いなしに、いけしゃあしゃあと言葉を重ねる。

「俺が許可しているんだから、問題ないだろ」
「いや、大アリです……!」
「心配ないって。そもそもおまえの正体を知るのは、俺とクラリスくらいだ」

 そう言って、ラザレスはブレアに向き直った。慈しむような優しい色合いの碧眼に、ブレアはなにも言い返せなくなる。

「今夜の舞踏会は、俺の妃候補を選出する意味合いもある。父上の御前で一曲踊り、判断してもらうという筋書きだ」

 自嘲的な笑みを浮かべ、ラザレスは苦々しく顔を歪めた。王族特有の決まりに嫌気が差しているような、そんな表情だ。
 気さくな彼には似合わない雰囲気に、ブレアは痛々しさを感じずにはいられなかった。殿上人ならではの苦悩に想いを馳せるも、彼はすぐさまケロッとした口ぶりで言葉を継ぐ。

「でも俺、決めたんだ。αの妃なんか、いらないって」
「は?」

 思いもよらない一言に、ブレアはまなざしを決した。ラザレスは悪びれもせず、「だってブレアがいるし」と応酬する。

「いやいやいや、私は後宮のΩですから!」
「ああ、おまえはΩだから後継ぎを産める。それでいいじゃないか。体裁のために好きでもないαの女と結婚するだなんて、馬鹿馬鹿しいだろ? おまえと一曲踊ったあとは、後宮こっちでゆっくりしようかなって」
「それでは、陛下が花嫁を決められません」
「親父のことなんて知るか。普段、兄上ばっかり気にかけているくせに」

 ラザレスは子どものように口を尖らせ、フンと鼻を鳴らした。ブレアはなにも言い返せず、口ごもる。

「一曲でいい。俺と踊ってくれないか? きらびやかな夜会に興味があるんだろう?」

 そう言って、ラザレスはブレアの手をつかみ、ベッドから降りてひざまずいた。貴族が求愛するかのような素振りで、指先に口づけする。

「万一発情ヒートが来ても対応できるよう、クラリスが付き添ってくれるそうだ。貴族たちへの挨拶回りが済んだら、俺も駆けつける」

 だからそれまでの間、会場を見物しててほしい。そう付け加え、ラザレスははにかんだ。
 紳士然とした振る舞いに気圧され、ブレアは二の句が継げない。ラザレスは用は済んだとばかりに立ち上がり、踵を返した。

「黄昏の鐘が鳴る頃、クラリスが身支度を手伝いに来るそうだ」

 愛想のいい笑顔を浮かべ、ラザレスは扉に手を掛けた。変わり身の早さに虚を突かれ、ブレアは開いた口が塞がらない。

 去り際、ラザレスはいたずらっぽく挨拶をして部屋を出た。そのひょうきんな口ぶりに、ブレアは顔を赤らめる。
 部屋に静寂が訪れるや否や、ブレアはベッドに倒れ込んだ。嬉しいやら恥ずかしいやらで、頭のなかが茹ってしまう。

 シーツの上で手足をばたばたさせた後、ブレアは改めて木箱のなかを検めた。
 大輪のバラをひっくり返したような、赤々と燃える可憐なドレス。その向こうに手を取り合う二人の姿がちらつき、照れ臭さに視線を逸らす。

 自分には関係ない世界だと思ってきた。女として着飾ることも、きらびやかな世界に足を踏み入れることも。
 だからこそ、彼の誘いに舞い上がってしまうのだろう。実感の伴わないふわふわとした喜びが、酔いとなって全身を巡る。

 見よう見まねでステップを踏みつつ、さっそくドレスを取り出した。
 ウキウキと体にあてがったりしながら、着用した際の自分を思い浮かべる。しかし、ドレスから無数に伸びる紐や金具を見て、ブレアは顔面を引きつらせた。

「どうやって着るんだ、これ……」

 見れば見るほど複雑なその造りに、オリーブの瞳が絶望に染まる。
 クラリスが手伝いに来るとはいえ、元は戦場を駆け回っていた二人だ。ドレスの着方なんて、知るはずもなく。

 ――大丈夫だろうか。

 一抹の不安を覚えつつ、ブレアは窓の外に目を遣った。傾きかけた日の光は、間もなく訪れるであろう夕暮れを匂わせている。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる
恋愛
 シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。 ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。 そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。 国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。 そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。 彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。 そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。 隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…  この話は全てフィクションです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...