【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

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5-2 性別の垣根を超えて(ラザレス視点)

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 アーカスターは国境沿いに広がる騎士の町――確かに優雅なティータイムを過ごす暇はなさそうだ。同時に、ブレアの故郷でもある。

「……さてはおまえ、ブレアの世話役だろう?」

 手にしたティーカップを机に戻し、ラザレスは老婆に向き直った。後宮に幽閉されたΩの世話をするために、メイドが紛れ込んでいることはスタンレーから聞かされている。
 老婆はしわだらけのしじみ目を見開き、「どうしてそれを!?」と短く叫んだ。後宮が極秘の存在である以上、知られてはいけないと思っているらしい。

「いやむしろ、そのガタイでよくばれないと思ったな!?」

 ラザレスは老婆の恵体を改めて眺め、ツッコミを入れた。
 見れば見るほど、メイドの体格ではない。茶器なんかより、槍を片手に戦場を駆け回っていたほうがしっくりくる。

「そうか、おまえがブレアの従者か……」

 ラザレスはあごに手を当て、しみじみとつぶやいた。
 広い城のなか、こうして出会えたのは、なにかしらの縁かもしれない。ブレアの様子をそれとなく聞き出し、謝罪のきっかけが掴めるといいのだが。
 そんなことを考えていると、老婆は用は済んだとばかりに踵を返した。ワゴンに乗った茶器をカチャカチャ鳴らし、出入り口のほうへ歩みを進める。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ラザレスは身を乗り出し、声を張り上げた。老婆は足を止め、面倒くさそうに振り返る。

     ◇

「それで、ブレアの様子はどうだ? 世話役なら、毎日顔を合わせているんだろ?」

 どす黒い紅茶を嗜みつつ、ラザレスは意を決して切り出した。筋骨隆々の老婆――名をクラリスと言うらしい――は記憶を探るように首を傾げる。

「一昨日はシーツを洗い直してらっしゃいました。なんでも、洗濯中に泥まみれになったとか……」
「ああ、俺が乱暴した時、汚しちゃったもんな……」

 ラザレスは決まり悪く言葉を濁した。ブレアを犯す際、物干し台につるされたシーツを地面に敷いたことを思い出す。
 後宮に幽閉されて以降、ブレアは『暇つぶし』として自分の服や寝具を洗濯しているらしい。そういった裏話を聞くと、先日の凌辱がますます申し訳なくなってくる。

「昨日は剣の稽古をしてらっしゃいました。どこからか鋼の剣を見つけたそうで……」
「ああ、決闘を申し込むために、俺が持ち込んだやつ……」

 後宮を訪れる折、武器庫から調達したものだ。意外にも彼女の『暇つぶし』に一役買っているらしい。

「αがΩを襲うなんて昔からよくある話ですし、そんな気になさらなくても……」

 思い悩むラザレスに対し、クラリスはかったるそうに嘆息した。他人の相談を聞くのがよほど面倒くさいらしい。
 確かに、Ωの社会的立場の低さは今に始まったことではない。後宮入りしたΩならなおさらだ。
 後継ぎを産む借り腹として幽閉されているのだから、性交を強要されたとしても文句は言えない。後宮に入った以上、ブレアも多少はそのことを覚悟しているはずだ。

 冷え切った紅茶を見つめ、ラザレスは小さく首を振った。頭では充分理解していても、感情は納得していない。

「αとかΩとか、そんなことどうでもいいんだ……。ただ、謝りたい」

 気を遣るまで犯された後、ブレアはうわ言を口にしながら事切れた。正体を偽ったことを涙交じりに謝罪しながら。

 ――なにがあっても、殿下のために戦う。

 息も絶え絶えに訴えかける彼女の横顔が、まぶたの裏で明滅を繰り返す。
 無理やり組み敷かれるなか、毅然と振舞おうと己を律していた。五年前のメダルを手に、声を震わせる姿が痛々しくて。

 記憶から目を逸らすように顔を伏せ、ラザレスは小さくため息をついた。
 この期に及んで騎士であろうとする彼女の『強さ』が受け入れられず、必要以上に痛めつけてしまった。本能のままに暴走する自分の弱さを突き付けられ、つい、むきになってしまったのだ。

 ――できることなら、あんなことはしたくなかった。

 我ながら説得力に欠いた言い分だが、ラザレスは心からそう思っていた。五年前に抱いたブレアに対する憧れは、自身にとっての聖域に他ならない。
 小さい体で奮闘する彼女――当時は『彼』だと思っていた――の姿は、祖父から言い渡された『強さ』の具現に思えた。同時に、自身が目指すべき類であるような気がして。

 事実五年前の出会いにより、ラザレスは剣の道に一層打ち込んだ。
 当時は顔も名前も知らなかったが、また彼の隣に立つ日が来ても恥ずかしくないよう、鍛錬を怠らなかった。
 一点の穢れもない純粋な憧憬――彼に対する感情はそれ以外の何物でもない。はずなのに。

「許してもらえなくてもいい……。二度と会いたくないと言うなら、その通りにするつもりだ……」
「いや、殿下が足を運ばないなら、ブレア様が幽閉される意味ってないんじゃ……」
「……揚げ足を取るな、クラリス。『そのくらい反省している』って意味だ」

 真顔で訂正するも、クラリスは興味なさそうに「そうですか」と相槌を打つばかりだ。そうしてしばらく考え込んだのち、思い当たる節があるとばかりに口火を切る。

「でしたら、良い方法があります」

 願ってもない返答に、ラザレスは勢いよく振り返った。クラリスはこちらを一瞥し、言葉を継いだ。

「許してもらえるかはさておき、ご機嫌取りくらいにはなるでしょう」
「いや、『ご機嫌取り』って、おまえ……」

 身も蓋もない物言いに、ラザレスは開いた口が塞がらない。
 自分がしたいのは誠意ある謝罪だ。おためごかしで言いくるめたって意味がない。とはいえ、背に腹は代えられないのもまた事実。

「――聞こうか」

 ラザレスは居住まいを正し、クラリスに向き直った。これで少しでも誠意が伝われば――藁にもすがる思いで、老婆の話に耳を傾ける。

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