【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

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5-1 性別の垣根を超えて(ラザレス視点)

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 夕暮れに差し掛かった執務室にひとりで腰を下ろし、ラザレスは報告書に目を落とした。先日スタンレーから助言を受け、城下から遠く離れた海岸沿いに見張りを立てたのだ。

 ――ヴェリオ奪還を狙うオルレイユの手勢は、陸路による侵略を諦め、海路でフォルルーゼの港を奇襲するつもりだ。

 長年騎士として戦ってきた勘を頼りに、スタンレーはラザレスに進言した。
 陸路でヴェリオの地を攻めるには難攻不落のアーカスターを突破しなければならず、難易度が高い。それならば、多少資金を費やしてでも軍艦をそろえたほうが合理的だ。

 とはいえ、敵軍にそこまでの資金力はないのだが――ラザレスは紙面を眺め、眉間にしわを寄せた。走り書きの文章には、北方の海上を牛耳る海賊が壊滅した旨がつづられている。
 極寒の地に暮らす蛮族には、盗賊を生業にする者が多い。
 彼らは海賊船で港を襲撃しては、食糧や金品を略奪していくのだ。いずれはここ、フォルルーゼまで南下するだろうと予想していたが、その前に突如自滅した。

「――きな臭いな」

 ラザレスはうろんに目を細め、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
 海路からの侵略を目論むオルレイユの貴族連合と、こつ然と姿を消した海賊船――これらが水面下でつながっている気がするのは、さすがに深読みしすぎだろうか。
 父王の視察が控えている現状、憶測の域を出ない事柄まで調査する余力はない。レンジイトン本島を既に発ったと連絡があったため、あと数日もすればヴェリオに到着するだろう。

 国王来訪の式典にオルレイユの奇襲の件、加えて海賊船の行方――考えるべきことが多すぎて、ラザレスはため息交じりに眉間に触れた。そのまま凝りをほぐすかのように揉みしだいていると、新たな封書が目に入る。
 ヘイスティングだ。端に記された署名からおおよその内容を察し、ラザレスは頭を抱える。

「……あいつ、しつこいぞ…………」

 封を切って中身をあらためるのも面倒になり、ラザレスは机の上の燭台を見遣った。

 ――読まずに燃やしてしまおうか。

 そんなことを考えつつも、不承不承に封を切る。
 万一、大事なことが記されていたら、さすがに申し訳が立たない。しかし、そうした期待はすぐさま打ち砕かれる。

「……やっぱり後宮のことだった…………」

 半分まで読み、ラザレスは机の上に崩れ落ちた。
 自分に相談もせずΩを迎え入れたのが相当気に食わないらしく、恨みつらみがつづられている。やれ相手はどこの馬の骨だの、もう子どもは授かったのかだの、無神経な質問が目白押しだ。

 ラザレスは便せんを封筒に戻し、口から魂が出そうなほどの長大息をついた。そろそろ苦言を呈したいところだが、幼い頃から面倒をみてもらっている手前、言いにくい。

 たとえ腹心の臣下であっても、後宮に住むΩのことを教える義理はないはずなのだが。
 そもそも、後宮は他のαから自分のΩを守るために存在するのだ。血統正しいαの家系で知られるヘイスティングに教えたら意味がない。

 やはり、それだけ王家の血筋に介入したいのだろう。手紙の文面を反芻しつつ、ラザレスはため息をつく。
 ヘイスティング家はかつて、王家の血族だったと聞いている。それがいつしか分家であると判断され、宮中伯の地位に追いやられた。
 確かに娘をラザレスのもとへ嫁がせれば、家名を昇格させることができそうだ。加えて義父という立場から、ヴェリオの実権を握ることだって容易い。

 そこまで考え、ラザレスはゆるゆるとかぶりを振った。幼少の頃から自分を慕ってくれた数少ない臣下に対し、穿った目は向けたくない。
 周りの臣下たちが優秀な兄ばかり構う一方、彼だけはラザレスを気にかけてくれたのだ。押しつけがましい面こそあれ、今日に至るまで、ヴェリオ領の宰相としてラザレスを支えてくれている。

 とはいえ、今さらヘイスティングの申し出を受け入れるつもりはなかった。後継ぎを産むためのΩは既に迎え入れてあるし、妃となるαの娘を娶るつもりもない。

 そもそも、結婚は後継ぎを産むために行うものだ。ならば、女としての生殖能力が退化したαの妃など、いなくてもいいのではないか。
 手にした封筒を燭台の炎にかざし、ラザレスは頭の中で独りごちた。長年追い求めてきたブレアを手に入れた以上、他の異性なんて眼中にない。

 ラザレスは机から手頃な大きさのガラスのトレーを取りだし、燃え盛る手紙を投げ入れた。赤く揺らめく灼熱の炎に、つい先日の光景が脳裏をよぎる。
 タウンゼント家の令嬢・ブレンダの正体を知り、逆上して決闘を挑んだ。それだけに飽き足らず、不意打ちで組み敷いて辱めた。

 ――あれではただの八つ当たりだ。

 トレーのなかで醜く燃える手紙を眺め、ラザレスは口には出さずつぶやいた。火に巻かれて黒く変色していく様は、自身の心情を体現している。

 五年前の武道大会で出会い、一方的に憧憬を抱いてきた若い剣士――その正体が女というだけでも驚きなのに、まさかΩとして自身の手元に転がり込んでくるだなんて。

 欲に任せて無体をはたらいたことを謝罪しようと胸に決め、既に三日が経過していた。考えれば考えるほど、取り返しのつかないことをした気がして足が遠のいてしまうのだ。
 燃えがらを眺めながら思い悩んでいると、不意に背後からしわがれた声が聞こえた。

「人様からもらった手紙を燃やすだなんて、お行儀が悪いですねぇ」

 ラザレスは悪戯がばれた子どものように肩を揺らし、大急ぎで振り向いた。
 視線の先には、筋骨隆々の老婆が仁王立ちしている。夕暮れの薄暗い部屋のなかで目を光らせる姿は、異形と表現するにふさわしい。

「うわ、化け物!!」

 ラザレスは青ざめた顔で驚嘆し、距離を取るべく立ち上がった。その拍子に足がもつれ、盛大にすっ転ぶ。

「なになさってるんです?」

 老婆は呆れた口調でこちらを見下ろし、すぐそばのワゴンに向き直った。茶器とポットを乗せた小ぶりのものだ。どうやら新入りのメイドらしく、紅茶の給仕に来たらしい。

「何度かノックしたのですが、お返事がなかったので、勝手にお邪魔させていただきましたよ」

 老婆はさして悪びれもせず、ほかほかのティーカップを机に置いた。仮にもレンジイトンの第二皇太子を転倒させたのだから、一言くらい謝ってもいいはずなのだが。
 ラザレスは適当に相槌を打ちながら、よろよろと椅子に座り直した。
 随分変わったメイドがいたものだ。そんなことを考えつつ、配膳された紅茶を口に運ぶ。

「しぶっ!」

 瞬間、彼は口の中身を吹き出し、目を見開いた。慌ててカップのなかに目を落とすと、どす黒い液体が湯気を立てている。

「あら、ごめんなさい。どれくらい入れればいいか、分からなかったものですから」

 茶葉が入っているであろう容器を一瞥し、老婆は首をすくめた。
 その拍子に、メイド服がミシミシと鳴る。サイズが合っていないらしい。かといって、これ以上大きい制服が城にあるとは思えない。

「分からないって……紅茶を淹れたことがないのか?」

 うんざりしながら異を唱えると、老婆はきょとんとした顔で応酬した。

「前にいた町には、『んなもん、ちんたら飲んでられっか!』って言うような人しかいなかったので……」
「出身は?」
「アーカスターです」

 その地名を聞き、ラザレスはピクン、と肩を揺らした。
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