【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

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4-2 憧れだけでよかった(ラザレス視点)

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「――ああ、すまない」

 ラザレスは困惑をひた隠し、咄嗟に笑顔を取り繕う。
 ブレンダと件の従騎士に共通項なんてないのに、なにかしらのつながりを見つけずにいられない。彼女が拾い上げたのが、あの時の優勝メダルだったとしたら。

「そういえば、人伝ひとづてに聞いたんだが」

 後宮の庭先で丸焼きにした鶏肉を食むブレンダを思い浮かべ、ラザレスはスタンレーに投げかけた。あの時は彼女の言い分に納得したものの、改めて考えると違和感しかない。

「アーカスターの女はみんな、自分で狩りができるのか?」

 神妙な顔で問いかけるラザレスに対し、スタンレーは「は?」と眉間にしわを寄せた。

「なに言ってるんです?」
「敵襲があっても自活できるよう、狩りの方法を領民に教えてるんだろ?」
「意味が分かりません」
「えー……」

 にべもない応酬に、ラザレスは言葉を詰まらせた。いずれも数日前、ブレンダから聞いた情報だ。
 やはり嘘をつかれたのだろうか――当時の記憶を反芻しながら考えあぐねていると、スタンレーは「ああ、でも」と言葉を付け足した。

「野営中の兵士は投石で鳥を獲ったりしますよ。兵糧は用意しているのですが、足りない者もいるらしく」

 焼いて食べると美味いらしいです。不愛想に続ける大男に、ラザレスは思わず息を飲む。
 庭先で肉を食むブレンダの姿が脳裏をよぎる。その姿はまさに、野営中の兵士のそれだ。
 伯爵令嬢にしては短すぎる髪といい、年頃の少女にしては筋肉質な肉体といい、思い当たる節が多すぎる。そしてなにより、五年前に出会った従騎士と瓜二つのオリーブの瞳――。

「まさか……」

 誰に聞かせるでもなくつぶやき、ラザレスは口元に手を当てた。訝しげなスタンレーの視線に気付き、顔を上げる。

「きっと、その兵士の話に尾ひれがついて俺の耳に届いたんだな。変な話をしてすまない」

 笑顔を取り繕い、相槌を打った。疑心を気取られないよう、細心の注意を払いながら言葉を続ける。
 ブレンダの正体が五年前の従騎士だという確証は得られたが、その素性は分からない。恐らくはタウンゼント家に所縁ゆかりある騎士のはずだが。本当は令嬢ではなく、女剣士なのだろう。

「話は変わるが、ご令息が亡くなったらしいな」

 さらなる情報を引き出すべく、ラザレスは憂いのある口調で切り出した。スタンレーに負けず劣らずの剣豪だと聞くが、没するまで素性が謎のままだった。もちろん、面識はない。その徹底した秘密主義がここにきて引っかかる。

「まさか、愚息を気にかけていただけるとは」

 スタンレーは恐縮したかのように目線を下げ、低い声でつぶやいた。
 憮然とした相貌に光る黄褐色の瞳を一瞥し、ラザレスは応酬する。

「面識はないが、貴殿に負けず劣らずの豪傑だったんだろう? 小柄で、オリーブ色の瞳が特徴的な青年だったと聞いている」

 故人を偲ぶ素振りで、ラザレスは天を仰いだ。涼しい顔をしてカマを掛けるも、こぶしは手汗で濡れている。
 小柄で、オリーブ色の瞳――これらの特徴は五年前の従騎士と同じだ。もちろん、ブレンダ嬢にも一致する。彼女はスタンレーの息子が死んだタイミングで、後宮へやってきた。
 当時はそこまで気が回らなかったが、改めて考えるときな臭い。その様はまるで、嫡男の死を偽装しているかのようだ。生真面目なスタンレーに隠し子がいたというのも不自然だし、都合が良すぎる。

 ――まさか、同一人物……?

 耳底から声がして、ラザレスは人知れずまなじりを決した。
 優秀な跡取り息子として名高いブレアが、実は女だったとしたら。これまでは性別を隠して騎士を続けてきたものの、Ω性の発覚を機に後宮に入ることを決断したのなら。

 馬鹿げた考えだと我ながら思う。しかし、そう考えると辻褄が合うのもまた事実。
 辺境伯の子息であるにもかかわらず、生前のブレアは社交の場を極端に嫌ったと聞く。今思えば、女であることを気取られまいとしていたのだろう。ブレンダ嬢の小柄な体躯と童顔を思い出し、男を自称するのは難しそうだと声には出さず独りごちる。

 女の剣士も一応は存在はするが、名だたる騎士は全員が男性だ。
 ましてや、あの名門・タウンゼント家の跡取りが女だと知れたら、反発する者は多いだろう。そうした事態を避けるべく、ブレアは男として振舞っていたのかもしれない。
 男女の性はある程度誤魔化しが効いても、Ωの性は誤魔化しきれない。戦場で発情ヒートして周囲の雄を焚きつければ最後、大混乱に陥ることは想像がつく。

 そうした事情により、騎士を辞するに至ったのだとしたら。
 名家の騎士がΩ性による引退を表明しては周囲に示しがつかないため、死を偽装することで別人になりすました。あり得そうな筋書きだ。
 そこまで考え、ラザレスは目の前の大男に視線を戻した。スタンレーは遠くを眺め、嘆息する。

「もったいなきお言葉、痛み入ります」

 そう言って、彼は訓練場を後にした。豆粒ほどになった背を見つめ、ラザレスは口に溜まった唾液を飲み込む。

 ――否定しなかった。嫡男が小柄であることも、オリーブの目をしていることも。

 頭のなかで先ほどのやり取りを反芻し、独りごちる。とうとう、ブレンダ嬢の素性をつかんだのだ。

 その正体は一介の令嬢などではない。
 五年もの間、ずっと再戦を夢見てきた『あの時の従騎士』だ。そして真の姿は、死んだとされるタウンゼントの嫡男――ブレア・ウィズレー・タウンゼント=アーカスター。

 ラザレスは震える手に目を落とし、こぶしを開いて手のひらを見つめた。五年前から今日に至るまでの記憶が、走馬灯のようによみがえる。
 初めて剣を交えて衝撃を受けたこと、誰もいない控室で互いの劣等感を打ち明けたこと、友達になりたくて優勝のメダルを渡したこと――。

 本当は対等な友情を結びたかったが、立場の違いから諦めた。
 それでも、あの時感じた輝きは色褪せない。のなかに見出した『強さ』は、王者としてヴェリオに君臨するラザレスの目標であり、よすがでもあった。

 自ずと呼吸が荒くなっていることに気付き、ラザレスは我に返った。手にした木製の剣を足元に投げつけ、すぐそばの武器庫に向かう。
 数日前に抱いたΩの感触が、生々しくよみがえる。その正体が、長年憧れ続けてきた『あの時の従騎士』だなんて、いったい誰が予想できよう。

 Ωとなった以上、ブレアは騎士を続けることができない。後宮に入り、ラザレスの子を産むために飼い殺しにされる運命だ。
 城の一部とは思えないほど粗末な部屋で、死ぬまで自分に犯され続ける。当然、拒否権などはない。
 他でもないラザレス本人が、彼女を凌辱するのだ。αの本能に突き動かされるまま、騎士の誇りを捨てて。

 近衛兵が使う帯剣を二本持ち出し、ラザレスは後宮へ歩みを進めた。
 怒り、悔しさ、興奮――そのどれでもない感情が全身を駆け巡り、居ても立ってもいられなくなる。

 ――俺はいったい、なにに憤っているのだろう。

 冷たい声が頭に響いた。ラザレスは燭台を手に隠し通路を進み、舌打ちをする。
 自分でもよく分からなかった。胸の内でとぐろを巻く怪物が、感情の捌け口を探しているのだ。

 怒り、悔しさ、興奮、劣情――そのどれにも当てはまる感情が、この身を暗い炎で焼き焦がす。

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