【完結】正体を偽って皇太子の番になったら、クソデカ感情を向けられました~男として育てられた剛腕の女騎士は、身バレした挙句に溺愛される~

鐘尾旭

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3-4_再会と邂逅

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「すごいな! アーカスターの令嬢は自力で『狩り』ができるのか!」

 ラザレスはブレアの隣に腰かけ、野鳥の肉をむしゃむしゃ食べながら言った。
 口の周りを脂でべたべたにする皇太子を眺め、ブレアは「ええ、まあ……」と目を泳がせる。自身を取り囲む草むらが、嘲笑するかのように風に揺れた。

 一通りの自己紹介を済ませると、ラザレスはブレアの昼食・・に並ならない興味を抱いた。
 宮中ではまずお目にかかれないであろう、野鳥の丸焼きだ。ワイルドを通り越してもはや野蛮でしかないのだが、その辺は気にしてないらしい。
 「俺も食っていい?」と少年のように目を輝かせられたら、断るわけにはいかない。ブレアは決まり悪く、食いかけの肉を差し出した。

「さすがはタウンゼント卿! 敵襲があっても被害を最小に食い止められるよう、領民にもサバイバル術を仕込んでいるんだな?」
「ああ、はい。そんなところです……」

 ブレアは相槌を打ちながら、適当に話を合わせた。アーカスターに対する風評被害も甚だしいが、背に腹は代えられない。
 一から説明できれば話は早いが、それでは自分が「タウンゼント家の嫡男」だったことがばれてしまう。過去にラザレスと剣を交えた事実まで明るみに出れば、話の収拾がつかなくなりそうだ。
 女物の上着に手を遣り、ブレアは人知れずため息をついた。真新しいローブのポケットには、彼から貰った金色のメダルが入っている。

「髪が短いのもそのせいか? 見た目よりも実用性を重んじるのは、タウンゼント卿らしい発想だ」

 脂でギトギトになった手でブレアの髪を指差し、ラザレスは興味深そうに言葉を継いだ。自分の髪が短いことに今さら気付き、ブレアは思わずまなじりを決した。令嬢を名乗るにはいささか不自然な髪型だ。
 カツラを被ってくるべきだったと後悔するも、時すでに遅し。アーカスターは無骨な戦士の町なので、きらびやかな貴族令嬢の解像度がとてつもなく低いのだ。とりあえずドレスを着ればいい、くらいにしか考えていない。

「は、はい……。長くても邪魔なので……」

 さすがにそろそろ愛想つかされるんじゃないか――内心怯えつつも、ブレアは精いっぱいの笑顔で応じた。
 仮にも辺境伯の娘であるため、多少は「令嬢らしさ」を意識すべきなのだが、先ほどからやること成すことすべてが野生児だ。これではΩとして寵愛を受けるどころか、異性として認識されるかすら怪しい。

「も、申し訳ありません……。野蛮なところをお見せして」

 ブレアは芝に座ったまま頭を下げ、へどもどと言葉を濁した。ラザレスはポケットからハンカチを取り出し、きょとんとした表情で手と口を拭う。

「別にいいよ。貴族同士の付き合いだと、マナーだの礼儀だの、気遣うことが多くて疲れるだろ?」

 脂でべとべとになったハンカチを再びポケットに押し込み、ラザレスはからからと声を立てて笑った。五年前に言葉を交わした時から薄々察していたものの、案外気さくな性格らしい。
 遅めの昼食だったこともあり、太陽は西に傾いていた。雑木林から差し込む日差しを受け、周囲は赤色に染まっている。
 ブレアはポケットに押し込められたメダルに手を添え、その感触に思いを馳せた。まだ従騎士だった頃、トーナメント後の控室で彼と言葉を交わしたことを思い出す。

 ――おまえとまた会える日を、楽しみにしているよ。

 女であることを隠して騎士をしている以上、再会を果たすわけにはいかなかった。だのに、再び彼と話をする日が来るだなんて。
 女であり、Ωでもある――忌々しい二つの性が噛み合い、彼のもとへ導いたのだ。そのせいで、ブレアは少なからぬ代償を払うはめになったが。

「そろそろ部屋に戻らないか? 蚊が多くなってきた」

 顔周りの羽虫を手で払いつつ、ラザレスはブレアの腕をつかんだ。不意を突かれ、ブレアはビクン、と体を揺らす。

「あ、すまない……」

 こちらが大仰な反応を示したせいか、彼は瞬時に腕を離した。服の上から触られただけにもかかわらず、胸の早鐘が治まらない。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません……」

 つかまれた箇所を胸に押し当て、ブレアは自身の足元に視線を落とした。
 触れられたという実感が、甘い疼きとなって尾を引いている。やり場のない熱がどくどくどく、と全身を駆け巡り、酒に飲まれたような感覚だ。
 押し黙ったまま、ブレアは口の中のつばを飲み込んだ。気を抜けば自分という生き物の手綱を離してしまいそうで、なんとも言えない焦りがある。

 Ωを発症して以降、αと接触するのは初めてだ。なにかしらの影響を受けても、不思議ではない。
 異変を感じているのはブレアだけではないらしい。ラザレスもまた、ばつが悪そうに口をつぐんでいる。体は直立不動のまま、視線だけが忙しなく揺れていた。

 赤く染まった陽光のなか、涼しい風が背の高い草むらをなでる。
 互いの視線を避け、黙りこくる一対の男女。やがて痺れを切らしたのか、ラザレスが一歩踏み込んだ。

「きゃっ!」

 脇とひざの裏に腕を差し込まれ、ブレアは短い悲鳴を上げる。ラザレスは薄っぺらな痩躯を横向きに抱きかかえ、勝手口へと歩みを進めた。

「……『発情ヒート』って、本当にあるんだな」

 聞こえるかどうかの声で投げかけられ、ブレアは思わず息を飲んだ。図らずとも彼の胸板にもたれかかる格好となり、頬をさっと赤らめる。
 忙しなく繰り返される脈動が自分のものかどうかすら、区別できない。初めて発情ヒートになった時は風邪かと勘違いしたくらいなのに。

 当人の感情はさておき、動物的な本能が惹かれあっているのだ。表情から察するに、それは向こうも同じなのだろう。
 自身を抱えたまま部屋に足を踏み入れるラザレスを一瞥し、ブレアはどぎまぎと目を泳がせた。

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