10 / 37
3-4_再会と邂逅
しおりを挟む
「すごいな! アーカスターの令嬢は自力で『狩り』ができるのか!」
ラザレスはブレアの隣に腰かけ、野鳥の肉をむしゃむしゃ食べながら言った。
口の周りを脂でべたべたにする皇太子を眺め、ブレアは「ええ、まあ……」と目を泳がせる。自身を取り囲む草むらが、嘲笑するかのように風に揺れた。
一通りの自己紹介を済ませると、ラザレスはブレアの昼食に並ならない興味を抱いた。
宮中ではまずお目にかかれないであろう、野鳥の丸焼きだ。ワイルドを通り越してもはや野蛮でしかないのだが、その辺は気にしてないらしい。
「俺も食っていい?」と少年のように目を輝かせられたら、断るわけにはいかない。ブレアは決まり悪く、食いかけの肉を差し出した。
「さすがはタウンゼント卿! 敵襲があっても被害を最小に食い止められるよう、領民にもサバイバル術を仕込んでいるんだな?」
「ああ、はい。そんなところです……」
ブレアは相槌を打ちながら、適当に話を合わせた。アーカスターに対する風評被害も甚だしいが、背に腹は代えられない。
一から説明できれば話は早いが、それでは自分が「タウンゼント家の嫡男」だったことがばれてしまう。過去にラザレスと剣を交えた事実まで明るみに出れば、話の収拾がつかなくなりそうだ。
女物の上着に手を遣り、ブレアは人知れずため息をついた。真新しいローブのポケットには、彼から貰った金色のメダルが入っている。
「髪が短いのもそのせいか? 見た目よりも実用性を重んじるのは、タウンゼント卿らしい発想だ」
脂でギトギトになった手でブレアの髪を指差し、ラザレスは興味深そうに言葉を継いだ。自分の髪が短いことに今さら気付き、ブレアは思わずまなじりを決した。令嬢を名乗るにはいささか不自然な髪型だ。
カツラを被ってくるべきだったと後悔するも、時すでに遅し。アーカスターは無骨な戦士の町なので、きらびやかな貴族令嬢の解像度がとてつもなく低いのだ。とりあえずドレスを着ればいい、くらいにしか考えていない。
「は、はい……。長くても邪魔なので……」
さすがにそろそろ愛想つかされるんじゃないか――内心怯えつつも、ブレアは精いっぱいの笑顔で応じた。
仮にも辺境伯の娘であるため、多少は「令嬢らしさ」を意識すべきなのだが、先ほどからやること成すことすべてが野生児だ。これではΩとして寵愛を受けるどころか、異性として認識されるかすら怪しい。
「も、申し訳ありません……。野蛮なところをお見せして」
ブレアは芝に座ったまま頭を下げ、へどもどと言葉を濁した。ラザレスはポケットからハンカチを取り出し、きょとんとした表情で手と口を拭う。
「別にいいよ。貴族同士の付き合いだと、マナーだの礼儀だの、気遣うことが多くて疲れるだろ?」
脂でべとべとになったハンカチを再びポケットに押し込み、ラザレスはからからと声を立てて笑った。五年前に言葉を交わした時から薄々察していたものの、案外気さくな性格らしい。
遅めの昼食だったこともあり、太陽は西に傾いていた。雑木林から差し込む日差しを受け、周囲は赤色に染まっている。
ブレアはポケットに押し込められたメダルに手を添え、その感触に思いを馳せた。まだ従騎士だった頃、トーナメント後の控室で彼と言葉を交わしたことを思い出す。
――おまえとまた会える日を、楽しみにしているよ。
女であることを隠して騎士をしている以上、再会を果たすわけにはいかなかった。だのに、再び彼と話をする日が来るだなんて。
女であり、Ωでもある――忌々しい二つの性が噛み合い、彼のもとへ導いたのだ。そのせいで、ブレアは少なからぬ代償を払うはめになったが。
「そろそろ部屋に戻らないか? 蚊が多くなってきた」
顔周りの羽虫を手で払いつつ、ラザレスはブレアの腕をつかんだ。不意を突かれ、ブレアはビクン、と体を揺らす。
「あ、すまない……」
こちらが大仰な反応を示したせいか、彼は瞬時に腕を離した。服の上から触られただけにもかかわらず、胸の早鐘が治まらない。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません……」
つかまれた箇所を胸に押し当て、ブレアは自身の足元に視線を落とした。
触れられたという実感が、甘い疼きとなって尾を引いている。やり場のない熱がどくどくどく、と全身を駆け巡り、酒に飲まれたような感覚だ。
押し黙ったまま、ブレアは口の中のつばを飲み込んだ。気を抜けば自分という生き物の手綱を離してしまいそうで、なんとも言えない焦りがある。
Ωを発症して以降、αと接触するのは初めてだ。なにかしらの影響を受けても、不思議ではない。
異変を感じているのはブレアだけではないらしい。ラザレスもまた、ばつが悪そうに口をつぐんでいる。体は直立不動のまま、視線だけが忙しなく揺れていた。
赤く染まった陽光のなか、涼しい風が背の高い草むらをなでる。
互いの視線を避け、黙りこくる一対の男女。やがて痺れを切らしたのか、ラザレスが一歩踏み込んだ。
「きゃっ!」
脇とひざの裏に腕を差し込まれ、ブレアは短い悲鳴を上げる。ラザレスは薄っぺらな痩躯を横向きに抱きかかえ、勝手口へと歩みを進めた。
「……『発情』って、本当にあるんだな」
聞こえるかどうかの声で投げかけられ、ブレアは思わず息を飲んだ。図らずとも彼の胸板にもたれかかる格好となり、頬をさっと赤らめる。
忙しなく繰り返される脈動が自分のものかどうかすら、区別できない。初めて発情になった時は風邪かと勘違いしたくらいなのに。
当人の感情はさておき、動物的な本能が惹かれあっているのだ。表情から察するに、それは向こうも同じなのだろう。
自身を抱えたまま部屋に足を踏み入れるラザレスを一瞥し、ブレアはどぎまぎと目を泳がせた。
ラザレスはブレアの隣に腰かけ、野鳥の肉をむしゃむしゃ食べながら言った。
口の周りを脂でべたべたにする皇太子を眺め、ブレアは「ええ、まあ……」と目を泳がせる。自身を取り囲む草むらが、嘲笑するかのように風に揺れた。
一通りの自己紹介を済ませると、ラザレスはブレアの昼食に並ならない興味を抱いた。
宮中ではまずお目にかかれないであろう、野鳥の丸焼きだ。ワイルドを通り越してもはや野蛮でしかないのだが、その辺は気にしてないらしい。
「俺も食っていい?」と少年のように目を輝かせられたら、断るわけにはいかない。ブレアは決まり悪く、食いかけの肉を差し出した。
「さすがはタウンゼント卿! 敵襲があっても被害を最小に食い止められるよう、領民にもサバイバル術を仕込んでいるんだな?」
「ああ、はい。そんなところです……」
ブレアは相槌を打ちながら、適当に話を合わせた。アーカスターに対する風評被害も甚だしいが、背に腹は代えられない。
一から説明できれば話は早いが、それでは自分が「タウンゼント家の嫡男」だったことがばれてしまう。過去にラザレスと剣を交えた事実まで明るみに出れば、話の収拾がつかなくなりそうだ。
女物の上着に手を遣り、ブレアは人知れずため息をついた。真新しいローブのポケットには、彼から貰った金色のメダルが入っている。
「髪が短いのもそのせいか? 見た目よりも実用性を重んじるのは、タウンゼント卿らしい発想だ」
脂でギトギトになった手でブレアの髪を指差し、ラザレスは興味深そうに言葉を継いだ。自分の髪が短いことに今さら気付き、ブレアは思わずまなじりを決した。令嬢を名乗るにはいささか不自然な髪型だ。
カツラを被ってくるべきだったと後悔するも、時すでに遅し。アーカスターは無骨な戦士の町なので、きらびやかな貴族令嬢の解像度がとてつもなく低いのだ。とりあえずドレスを着ればいい、くらいにしか考えていない。
「は、はい……。長くても邪魔なので……」
さすがにそろそろ愛想つかされるんじゃないか――内心怯えつつも、ブレアは精いっぱいの笑顔で応じた。
仮にも辺境伯の娘であるため、多少は「令嬢らしさ」を意識すべきなのだが、先ほどからやること成すことすべてが野生児だ。これではΩとして寵愛を受けるどころか、異性として認識されるかすら怪しい。
「も、申し訳ありません……。野蛮なところをお見せして」
ブレアは芝に座ったまま頭を下げ、へどもどと言葉を濁した。ラザレスはポケットからハンカチを取り出し、きょとんとした表情で手と口を拭う。
「別にいいよ。貴族同士の付き合いだと、マナーだの礼儀だの、気遣うことが多くて疲れるだろ?」
脂でべとべとになったハンカチを再びポケットに押し込み、ラザレスはからからと声を立てて笑った。五年前に言葉を交わした時から薄々察していたものの、案外気さくな性格らしい。
遅めの昼食だったこともあり、太陽は西に傾いていた。雑木林から差し込む日差しを受け、周囲は赤色に染まっている。
ブレアはポケットに押し込められたメダルに手を添え、その感触に思いを馳せた。まだ従騎士だった頃、トーナメント後の控室で彼と言葉を交わしたことを思い出す。
――おまえとまた会える日を、楽しみにしているよ。
女であることを隠して騎士をしている以上、再会を果たすわけにはいかなかった。だのに、再び彼と話をする日が来るだなんて。
女であり、Ωでもある――忌々しい二つの性が噛み合い、彼のもとへ導いたのだ。そのせいで、ブレアは少なからぬ代償を払うはめになったが。
「そろそろ部屋に戻らないか? 蚊が多くなってきた」
顔周りの羽虫を手で払いつつ、ラザレスはブレアの腕をつかんだ。不意を突かれ、ブレアはビクン、と体を揺らす。
「あ、すまない……」
こちらが大仰な反応を示したせいか、彼は瞬時に腕を離した。服の上から触られただけにもかかわらず、胸の早鐘が治まらない。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません……」
つかまれた箇所を胸に押し当て、ブレアは自身の足元に視線を落とした。
触れられたという実感が、甘い疼きとなって尾を引いている。やり場のない熱がどくどくどく、と全身を駆け巡り、酒に飲まれたような感覚だ。
押し黙ったまま、ブレアは口の中のつばを飲み込んだ。気を抜けば自分という生き物の手綱を離してしまいそうで、なんとも言えない焦りがある。
Ωを発症して以降、αと接触するのは初めてだ。なにかしらの影響を受けても、不思議ではない。
異変を感じているのはブレアだけではないらしい。ラザレスもまた、ばつが悪そうに口をつぐんでいる。体は直立不動のまま、視線だけが忙しなく揺れていた。
赤く染まった陽光のなか、涼しい風が背の高い草むらをなでる。
互いの視線を避け、黙りこくる一対の男女。やがて痺れを切らしたのか、ラザレスが一歩踏み込んだ。
「きゃっ!」
脇とひざの裏に腕を差し込まれ、ブレアは短い悲鳴を上げる。ラザレスは薄っぺらな痩躯を横向きに抱きかかえ、勝手口へと歩みを進めた。
「……『発情』って、本当にあるんだな」
聞こえるかどうかの声で投げかけられ、ブレアは思わず息を飲んだ。図らずとも彼の胸板にもたれかかる格好となり、頬をさっと赤らめる。
忙しなく繰り返される脈動が自分のものかどうかすら、区別できない。初めて発情になった時は風邪かと勘違いしたくらいなのに。
当人の感情はさておき、動物的な本能が惹かれあっているのだ。表情から察するに、それは向こうも同じなのだろう。
自身を抱えたまま部屋に足を踏み入れるラザレスを一瞥し、ブレアはどぎまぎと目を泳がせた。
1
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?
はなまる
恋愛
シエルは20歳。父ルドルフはセルベーラ国の国王の弟だ。17歳の時に婚約するが誤解を受けて婚約破棄された。以来結婚になど目もくれず父の仕事を手伝って来た。
ところが2か月前国王が急死してしまう。国王の息子はまだ12歳でシエルの父が急きょ国王の代理をすることになる。ここ数年天候不順が続いてセルベーラ国の食糧事情は危うかった。
そこで隣国のオーランド国から作物を輸入する取り決めをする。だが、オーランド国の皇帝は無類の女好きで王族の女性を一人側妃に迎えたいと申し出た。
国王にも王女は3人ほどいたのだが、こちらもまだ一番上が14歳。とても側妃になど行かせられないとシエルに白羽の矢が立った。シエルは国のためならと思い腰を上げる。
そこに護衛兵として同行を申し出た騎士団に所属するボルク。彼は小さいころからの知り合いで仲のいい友達でもあった。互いに気心が知れた中でシエルは彼の事を好いていた。
彼には面白い癖があってイライラしたり怒ると親指と人差し指を擦り合わせる。うれしいと親指と中指を擦り合わせ、照れたり、言いにくい事があるときは親指と薬指を擦り合わせるのだ。だからボルクが怒っているとすぐにわかる。
そんな彼がシエルに同行したいと申し出た時彼は怒っていた。それはこんな話に怒っていたのだった。そして同行できる事になると喜んだ。シエルの心は一瞬にしてざわめく。
隣国の例え側妃といえども皇帝の妻となる身の自分がこんな気持ちになってはいけないと自分を叱咤するが道中色々なことが起こるうちにふたりは仲は急接近していく…
この話は全てフィクションです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる