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3-1 再会と邂逅(ラザレス視点)

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 最盛期のオルレイユ文化が色濃く遺された庭園のはずれ――城壁に囲まれた訓練場で、ラザレス・アーサー・ヴァルモーデン=レンジイトンは剣の鍛錬に励んでいた。
 形式張ったものではないため、自分も相手も鎧の類は身につけていない。安全面に考慮し、剣は木製を使用している。

「もういい。下がれ」

 残心の構えを解き、彼は近衛兵の隊長を下がらせた。城下の警備隊や周辺の騎士にも声を掛けたが、骨のある者など一人もいない。
 どれもこれも、赤子の腕をひねるような試合ばかりだ。これでは弱い者いじめをしているみたいで気が引ける。

「悪くない剣捌きだった。期待しているぞ、隊長」

 ブラウスに巻き付けたクラヴァット――ネクタイのようなスカーフ――をゆるめ、ラザレスは目の前の男に歯を見せた。
 勤務中、わざわざ呼び出して稽古に付き合わせたのだ。愛想よく振舞わねば、配下とはいえ角が立つ。
 
 ラザレスの言葉に機嫌を良くしたのか、中年の男は威勢よく敬礼すると、踵を返してその場を去った。
 その背を見送ったのち、ラザレスはため息交じりに自身の手のひらを見つめた。
 まるで手応えがない。五年前、無理を言って参加した武道大会を思い出し、諦観交じりに目を細める。

 ――思えばあの頃が一番楽しかった。

 当時のことを振り返り、頭の中で独りごちる。あの日の試合以降、名も知らぬ小柄な騎士の来訪を夢見ては、剣の稽古に明け暮れた。

 次こそは勝利を収めようと腕を磨き、来ない便りに肩を落とした。彼を超える『強さ』を手に入れればきっと、自分も祖父のような勇者になれるはずだと愚直に信じて。

 ヴェリオの先代統治者である祖父・アントルが逝去したのは一年前。
 ラザレスは弱冠二十歳にして、この半島における王者となった。もう立派な成人だが、独り立ちには不安が残る。
 老獪で切れ者のアントルと比べ、ラザレスはまだまだ若輩者だ。周辺国に足元を見られ、戦争を仕掛けられても不思議ではない。もっと強くなりたかった。

「朝から見事な剣捌きでございました」

 考えあぐねていると、しわがれた男の声で我に返った。
 宰相のヘイスティングだ。ラザレスがヴェリオに移り住む以前から、なにかと世話を焼いている。血統正しいαの上級貴族として、代々宮中伯を務めているのだ。

「見てたのか」

 用済みの剣を預けながら、ラザレスはフン、と鼻を鳴らした。
 アントルが没して以降、なにかと干渉してくるようになったため、近頃は良い印象を抱いていない。とはいえ、幼い頃から面倒をみてくれた手前、ぞんざいに扱うのも気が引けた。

 文武に秀でた兄・チェスカルと比べ、弟のラザレスは宮中の誰からも期待されていなかった。
 史上最年少でアカデミーに入門し、周囲を驚かせる兄のかたわら、ラザレスはチャンバラごっことイタズラに精を出す普通の少年だったのだ。子どもとしては微笑ましい限りだが、国の将来を背負う王族となるとそうもいかない。

 両親は聡明なチェスカルばかり可愛がり、ラザレスは次第に周囲から孤立していった。そんななか、手を差し伸べてくれたのがヘイスティングだ。
 見るからに胡散臭く、周囲から疎まれる人物だったものの、ラザレスは別段気にしなかった。自身もまた、つまはじきにされていたからだ。

 使い終えた木剣を抱え、うやうやしく首を垂れる初老の男を見て、ラザレスは肩をすくめた。
 この後に飛んでくるであろう小言の数々を想像しては、早くもうんざりとした気分になる。自身を慕い、海を渡ってまで付き従ってくれた家臣というのもあって、邪険にできないのがもどかしかった。

 兄びいきの王都で腐らずここまでこれたのも、ヘイスティングの尽力があってこそだ。学業はそれなりの結果に終わったが、得意の武芸を伸ばした結果、祖父・アントルに実力を買われた。

 西端の孤島・レンジイトンにとって、大陸の港町は交易の要となる大事な領土だ。
 祖父が死力を尽くしてもぎ取ったヴェリオを託してくれたのだから、命に代えてもこの地を守りたい。それこそが、亡きアントルにできる恩返しだとラザレスは考えている。

「本日はお日柄もよく、剣の稽古にはうってつけでございますな」

 手にした剣を抱え直し、ヘイスティングはわざとらしく天を仰いだ。落ちくぼんだ碧眼には、一点の曇りもない晴天が映っている。
 元は王族の分家筋にあたるため、この老父もまた、血統正しいαの家系だ。

「回りくどい言い方はよせ。どうせ見合いの催促だろ?」

 食傷気味に嘆息し、ラザレスはヘイスティングの禿づらに目を遣った。
 ラザレスが適齢期に差し掛かったのをいいことに、自分の血族と結婚するよう仕向けてくるのだ。ヴェリオでの実権を握りたいという意図が透けて見えるため、正直言っていい気はしない。

 素っ気ないラザレスに業を煮やしたのか、ヘイスティングは「殿下のためですぞ」と目を吊り上げた。
 お決まり・・・・の説教に突入したことを悟り、ラザレスは心を無にして聞き流す。

「お世継ぎを作らねば、民草は殿下を一人前の統治者として認めてくれません! ただでさえ、ヴェリオは隣国の脅威に晒されているのです。民衆を安心させてあげたいとは思わないのですか?」
「αの妃を迎えたところで、αの世継ぎは生まれない」

 気色ばむヘイスティングを眺め、ラザレスは鼻白む。
 王族はみなα性で構成されているものの、αの女は女性の生殖機能が退化しているため、子を成すことができないのだ。彼女らは後宮のΩが出産した子を「神からの贈り物」と称し、自分が産んだかのように振舞っているだけに過ぎない。

「では、後宮の手配も致しましょう。このヘイスティング、αだけでなく、Ωの娘も用意しておりますゆえ」

 しわだらけの頬をにやり、と持ち上げ、初老の男はゴマをすった。下心を感じさせる表情に、ラザレスは顔を引きつらせる。

 番となったΩが他のαに手を出されないよう、隔離するのが後宮の役割だ。
 だのに、α性のヘイスティングからΩを譲り受けたら、それこそ本末転倒ではないか。万一托卵でもされたら、王家の血筋が穢されかねない。

 ――まさか、それが狙いなのか?

 落ちくぼんだ碧眼を見つめ、ラザレスは声に出さず独りごちた。
 世継ぎとして生まれた子には自分の血も入っていると主張することにより、ラザレスから権力を奪うつもりだとしたら。
 「神からの贈り物」である世継ぎがヘイスティングに似ていれば、神は彼を選んだということになる。そうやって、自分を玉座から引きずり降ろす算段なのだ。
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