ハイドランジアの花束を

春風 紙風船

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第3章 スター

2 真っ赤な夕日を背に

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    「あら、ロロ先生。今日は何だかいつもと雰囲気が違うわね。」

ピュアハート校長じゃなくても、誰だって気付いただろうね。いつもより笑顔で、というよりもニヤニヤしていて、いつもよりおしゃれな格好でスキップするかのように軽快に、ロロは職員室に入った。

「えっ、そうですか?そんな事ないですよ、いつもと一緒です。」

そう答える顔も変わらずだ。

「あ、そうだったわね。」

ピュアハート校長は、自分の机にある卓上カレンダーを見て思い出したんだ。

「今日は、あなたの誕生日だったわね。」

なら無理もないかという表情で、ピュアハート校長はロロを見た。

「えっ、あっ、そうです。そうなんですよ。」

ロロは少しばつが悪い笑顔で返した。

「小さかったロロがもう26歳なのね。立派な先生になって。」

自分の息子のように誇らしいんだろうね、ピュアハート校長は微笑みながらアールグレイをすすった。

「でもロロ、いくつになっても誕生日はうれしいのね。」

ちょっとからかうように言ったんだ。

「まあ、そうですね。」

ロロは心の中でしまったって思ったんだ。本当は、今日用事って言って早く帰らせてもらうつもりだったのに、ピュアハート校長が勘違いしちゃったもんだから。でも、今日はすごい日だね。まさにロロの為に世界が回っているかのような日。

「今日は家でパーティーがあるの?」
「え、ええ。お母さんが色々と用意してくれています。父さんも帰ってくるって。」
「まあ!それは素敵だわ!」

ピュアハート校長は軽く拍手をした。そしてその後に、職員室の壁にかかってある一日の予定表の前で腕を組んだ。

「うん、そうね。いいわ!」

そう言うと、ピュアハート校長はロロの方を向いてにこって笑ったんだ。

「今日は大きな用事もないし、ロロ先生にとって特別な日だから早く帰っていいわよ。後は私がやっておくわ。」

ロロは心の中で大きなガッツポーズさ。やったねって。今日は何てついているんだろうって。

「そうですか!ではお言葉に甘えて!ありがとうございます。」

その時、朝のチャイムが鳴りさっきよりも一層激しいスキップでロロは教室に向かった。

               *

    ロロが学校を出たのは、いつもより1時間も早い午後4時ごろだったかな。なんせまだ辺りは明るかった。昨日の嵐が嘘のように晴れ渡った空、もう少しで綺麗な夕焼けが見えるだろうね。セーターだけじゃ寒かったかなと、ロロは少し身震いした。もう一週間もすれば、雨は雪に変わるだろうね。この辺りは雨は少ないけど雪は降るんだ。小さくて軽くてふわふわした綺麗な雪さ。毎年クリスマスになると、町中が銀色に包まれる。幻想的な風景。もうすぐ、そんなワクワクする季節になる。

「楽しみだ。」

ロロは隣町へと向かう途中、これから起こるすべての事、自分を取り巻くすべての事が幸せの塊みたいに思えたんだ。頭の中は澄み切っていた、雪みたいに真っ白にね。自分の事、そしてルルの事しか考えていなかった。何か変わったわけじゃないんだよ。別に。ただ、昨日の晩にルルっていう薬屋の女性に会ったってだけ。恋人になったわけでもないし、好きって言ったわけでもない。でも、ロロの胸に何かふわふわの雪のような気持ちが訪れたんだよ。

「着いたぞ。」

特に今日は駆け足で急いだわけでもないけれど、5時前には隣町に着いた。隣町ではまだ人通りも多く、活気に溢れていた。ロロは、町の入り口に停めてあった古い車のガラスに自分の姿を映した。最終チェックだろうね。入念に、頭の先からガラスに映った自分の姿を見て言った。

「髪型・・・よし。」

持ってきた櫛でセットのし直し。

「服・・・よし。」

セーターのしわを伸ばす。

「靴・・・よし。」

ピカピカだ。

「あ、後。」

念のためにもう一度。

「お金・・・よし。」

通りすがりの人は、皆んな不思議がってロロを見たね。それもそうさ、町で見かけない青年が町の入り口で、古い車に向かってにやにやしているんだもの。でもロロは周りなんか見えちゃいないね。よしって一言呟いて歩き始めた。あの町外れの路地裏にある薬屋までね。

「何て言おうか。」

5分ほど歩くと、あの古びた木の看板が見えてきた。昨晩の暗い中とはまた違い、真っ赤な夕日を浴びた軒先は風情があるようにも感じた。あんなににこにこ顔でここまでやってきたのに、いざ目の前に薬屋が見えるとロロは急に緊張してきたんだって。なんだか、何処と無くお腹も痛くなった気がした。

「昨日はどうも!・・・うーん・・・やあ、ロロです・・・違うな・・・これ、昨日の・・・」

やっぱり違う、そんな事を思いながら気付くと薬屋の玄関まで着いてしまった。窓から漏れる光は、まだ営業中って事なんだろう。

「ど、どうしよう。」

人に会うのにこんなにも緊張した事は無かった。毎日毎日夕方6時を過ぎると、何十人もの人と会い、話をしているロロなのに、たった1人の女性に会う事が何で緊張するんだろうね。まあしかしそういうもんさ。ロロが玄関先でウロウロしていると、ドアが鈍い音をたてて開いたんだ。中から出てきたのは、白い髪のおばあさんだった。

「じゃあねルル。いつもありがとう。ルルが作る薬は本当に腰によく効くわ。また来週くるわね。」

おばあさんはそう言ってスカーフを羽織った。

「いいのよ。毎晩忘れずに、寝る前に必ず薬を塗ってくださいね。」

店の若い女主人は、玄関までおばあさんを見送った後、扉を閉めようとして気付いたんだ。隣町の若いシャイな先生にね。

「あら!ロロ先生。」

ルルは心なしかさっきよりも笑顔だったね。

「昨日はどうも。」

ロロは高ぶる気持ちを抑えながら、ありったけ格好をつけて言ったんだ。その顔ったら、見てないけど笑えるね。

「遅くなってごめんなさい。昨日の薬代を持ってきました。」

もっと別の用事で来たんだよ僕は!ロロはそんな風に思ったんだって。分かってるよ、それこそが本当の用事のはずなんだ。昨日の晩の、ソフィアの薬の代金を払いにきた、まさにそれが用事のはずなんだけど、そうじゃないんだ。ロロは何だか苦しい気持ちになった。胸に積もった綺麗な綿雪が溶けてしまいそうな気持ち。

「こ、これです。」

ロロはポケットから財布を取り出そうとしたんだ。とってもためらいながら。なぜだろうね、財布を出したらこのまま帰らなければいけないからだろう。慣れないおしゃれをして、靴を磨いて、髪の毛なんてセットして、ただお金を返しにきたんだ。きたのか?

「違うよ!」

そう思ったロロだけど、そうする以外仕方がなかった。ロロはそんな気持ちを抑えながら、ポケットの中の財布に手をかけた。その時さ。

「ゴーン・・・ゴーン・・・」

やっぱりこの日はロロを中心に世界が回っていた。そんな日って誰にでもあるんだよ。夕方5時の鐘が町全体に響き渡った。その音を聞くや否や、周りの店はシャッターを降ろした。ロロと、そしてルルもその鐘の音を静かに聞いた。ロロにとってそれは幸運のメロディになったんだ。鐘が鳴り終えた後、何気なく2人は見つめ合ったんだ。そしてルルは店の扉に『close』の看板を掲げた。そしてロロに言った。

「外もなんですから、あがっていきませんか?」

嫌そうな顔を一つも見せずに、というよりもルルも少しむしろ喜ぶようにそう言った。ロロはこくっと笑顔でうなずいた。真っ赤な夕日を背に2人は店の中に入っていった。
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