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第2章 ルル
3 ルル店長
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案の定だよ。何回か転んだってさ。そりゃあ1年に何回あるかっていうほどの嵐さ。地面に穴が空きそうなくらい強い雨と、家すらも吹き飛ばしそうな風の中を、ロロはひたすらに走った。地面も相当ぬかるんでいただろうね。慌てて出たから時計を持ってくるのを忘れたそうだけど、普段は1時間はかかる道を30分で隣町の入り口まで着いたって。一度も走るのを辞めなかったみたいだよ。家ではソフィアが苦しく待っていると思うと、自分の足なんてどうでもよくなったって事だろうね。着ていったかっぱは何の役にも立たなかっただろうけど、何はともあれロロは隣町に無事たどり着いた。びしょ濡れでね。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らしながらロロは隣町を歩いて薬屋を探した。
「確か・・確かこのあたり何だけど。」
あまり自分の町を出ないロロは滅多に隣町には来ないんだ。小さい頃はお父さんに連れられて、よくサーカスを見に行っていたけれど。だから、うろ覚えの薬屋を探すのは一苦労だった。
「路地裏、路地裏だ。」
町外れの路地裏を何本か探して7本目、やっと看板を見つけたんだ。薄い木の板に書かれた薄い文字。相当古い看板だったって。
『薬屋 ハイドランジア』
そう書いてあったって。看板が見えたロロはまた走ったね。そして近づくにつれてやっぱりって思った。
「閉まってる・・・」
それもそうさ。もう夜の10時前。寝ている人も多い時間。ロロは必死にドアを叩いた。
「ドンドンッ!ドンドンッ!すいません!開けて下さい!」
近所迷惑だなんて考えてなかっただろうね。ドアの横の小さな窓から見える店内は当然真っ暗だった。
「すいません!薬が欲しいんです!」
またドアを叩いた。
「開けてください!」
そしたらね、パチパチって音が聞こえてきた。するとすぐに窓から明かりが漏れてきたんだ。コツコツってドアに近づく足音が聞こえる。その音を聞いて、ロロはドアを叩くのをやめた。ドアの前で足音は止まり、古い扉がギーって音を鳴らして開いたんだ。すると、扉の向こうには人が立っていた。寝巻きを着てね。雨に降られて目が少し霞んでいたロロは、服の袖え目をひと拭いし、出てきた人を見たって。
「まさに衝撃とはこの事だよ。」
これは随分経ってからだけど、ロロはその時の事をこう言ってたよ。あまりに劇的だったって。これはね全くもって良くない事だけど、一瞬何で自分が嵐の中を隣町まで走ってきたか忘れるぐらいだったってさ。つまり、全てを止まらせてしまうほど、そのくらい、
「美しかった。」
みたいだよ。薬屋の中から現れた人は女の人だった。薄い紫の寝巻きに、クリーム色のカーディガンを羽織ったその若い女性は、夜遅くに訪ねてきたボロボロの男を不思議に思った。先に言葉を発したのは彼女だったって。
「こんな時間に、どうかなさいましたか?」
はっとその言葉で我に帰ったロロは、なぜ自分がここに来たのかを思い出した。
「あの・・・隣町から来たんですが、町の子どもが1人高熱で倒れているんです。町に薬が無くて、売って頂こうと思って走ってきたんです。」
それを聞いた彼女はびっくりした様子だった。
「隣町から!それは大変!とりあえず入ってください。」
ロロを迎え入れた彼女はストーブを急いで点けて、ロロにタオルケットを渡した。
「体が冷えたでしょうに。少し待ってて。今スープを入れますから。」
そう言ってカーディガンを投げ捨てて彼女は部屋の奥へと入っていった。
「良かった・・・ソフィア、薬が手に入るぞ。」
薬屋に無事たどり着けた事と、暖を取れた事にロロはほっと安堵した。だからだろう、ちょっとやっぱり別の事を考えてしまった。
「今の女性・・・」
綺麗だったと独り言を言いそうになった。とは言っても、ロロも今まで彼女の1人や2人はいたんだよ。それなりに普通の恋愛、普通の失恋をしてきた。そう悪くもない顔にそう悪くもない性格。25年生きてれば少しぐらい浮いた話もあるわけだ。前にも言ったけど、ロロは明日が見えるって力を除いてはとてつもなく平均的な人生を送っている。
「1人でこの店をやっているのかな。」
一見したところ、年齢は同じくらいだろうと感じたみたい。さっき一目見た姿を思い出した。あんなに目を奪われた事はかつてないだろうって。小豆色の長い髪の毛、瑠璃色の瞳。目はぱっちりと大きく、鼻筋がすうっとね。ロロは店内をゆっくりと見渡した。奥では彼女が、キッチンでせこせこと鍋に火を点ける音が聞こえてくる。
「普通の薬屋だな。」
よくよく店内を見渡しても、少し古い棚って事以外はよくある薬屋さんだった。教室の半分ほどあるだろうかという狭い店内に、所狭しと薬が並べられている。薬のラベルを見ても、少しインク落ちがしていて古い感じだった。
「うん?」
店の奥にあるカウンター。おそらくレジだろうけど、そこに一枚の紙が貼ってあったあ。ロロは立ち上がって近づく。
『来週末までビタミン薬は入荷しません。申し訳ございません。 店長 ルル』
「ルル・・・」
その紙をロロは手に取った。ルル、彼女の名前だろうか。紙をカウンターに戻したロロは、もう一つ気付いた事があった。それはカウンターに置いてある小さな花。ふと改めて見渡すと、店のあちらこちらにその花が置いてある。
「これは・・・」
あれほど特徴のある花もなかなかないよね。目立たない色なのに、なぜか存在感があってさ。ざっと数えても鉢に入れられたその花が10個以上はあった。
「ハイドランジアだ。」
見店に飾られている花は、全て淡い紫のハイドランジアだった。紫なのに何だか落ち着く、そんな不思議な花。そうか、だから店名がハイドランジアなんだってロロは思った。その時、ドタドタと店の奥から彼女が戻ってきたんだ。
「待たせてごめんなさい!これ!」
そう言うと彼女はロロにカップに入ったミネストローネを渡した。
「ありがとう。」
ロロはそれを受け取って一口。体の芯まであったまるようなミネストローネだったって。
「それで、子どもの風邪薬よね!男の子?女の子?それと、何歳?」
「6歳の女の子です。」
棚に向かって薬を探している彼女の後ろ姿をロロは見ていた。後ろ姿も綺麗だった。
「あった、これね。」
棚の奥から粉薬を取り出した彼女は、小さい瓶に移し替えてロロに渡した。
「今日から3日間。朝と晩にスプーン1杯ずつね。途中で熱が下がっても3日間は絶対に飲ませて。」
「ありがとう!本当に助かりました。」
ロロは薬をポケットに入れた。そして薬代を払おうと片方のポケットにある財布に手を伸ばしたんだけど、止まってしまった。その時の行動をロロはこう語ってたよ。
「今考えたら、なんでそんな事をしたのか分からないんだけどさ。嘘をついたのは久しぶりだった。」
財布に手をかけたロロは、そのまま手を離してポケットから手を出した。そして言ったんだ。
「すいません!急いで出てきて財布を忘れました。必ず明日持ってきます。」
ロロは代わりに胸ポケットからペンと、雨でぐしゃぐしゃになったメモ用紙を取り出して走り書きをしたのさ。
「僕は隣町の学校で先生をやっています。名前はロロ。家の電話番号はこれです。必ず明日持ってきます。」
ロロは半ば強引に彼女にメモを渡した。普通は嫌な顔をするところだけどさ、彼女はすごいと思うね。メモを手に取ると、嫌な顔一つせずに真剣な眼差しで言ったんだ。
「お金はいつでもかまいません。今はとにかくその薬を子どもに!」
そう言ってドアを開けてロロを促した。
「この嵐ですのでロロ先生も十分気をつけて。タオルケットもお貸しします。持っていってください。」
彼女はとってもとっても優しい人だった。ロロはソフィアに早く薬をと、ドアを飛び出した。ドアを出て数歩で店を振り返った。ドアの奥で、まだ彼女はロロを心配そうに見ていたね。ロロは響く雨音の中で叫んだんだ。わざわざもう1回ね。
「僕はロロ!必ず明日持ってきます!」
そう言ってお辞儀をした。すると手を振る彼女が見えたって。そして彼女も律儀に叫んだらしいよ。
「私はルル!その女の子、良くなると信じてます!」
そしてドアが閉まったのを見届けた後、ロロは嵐の中自分の町へと帰路を急いだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息を切らしながらロロは隣町を歩いて薬屋を探した。
「確か・・確かこのあたり何だけど。」
あまり自分の町を出ないロロは滅多に隣町には来ないんだ。小さい頃はお父さんに連れられて、よくサーカスを見に行っていたけれど。だから、うろ覚えの薬屋を探すのは一苦労だった。
「路地裏、路地裏だ。」
町外れの路地裏を何本か探して7本目、やっと看板を見つけたんだ。薄い木の板に書かれた薄い文字。相当古い看板だったって。
『薬屋 ハイドランジア』
そう書いてあったって。看板が見えたロロはまた走ったね。そして近づくにつれてやっぱりって思った。
「閉まってる・・・」
それもそうさ。もう夜の10時前。寝ている人も多い時間。ロロは必死にドアを叩いた。
「ドンドンッ!ドンドンッ!すいません!開けて下さい!」
近所迷惑だなんて考えてなかっただろうね。ドアの横の小さな窓から見える店内は当然真っ暗だった。
「すいません!薬が欲しいんです!」
またドアを叩いた。
「開けてください!」
そしたらね、パチパチって音が聞こえてきた。するとすぐに窓から明かりが漏れてきたんだ。コツコツってドアに近づく足音が聞こえる。その音を聞いて、ロロはドアを叩くのをやめた。ドアの前で足音は止まり、古い扉がギーって音を鳴らして開いたんだ。すると、扉の向こうには人が立っていた。寝巻きを着てね。雨に降られて目が少し霞んでいたロロは、服の袖え目をひと拭いし、出てきた人を見たって。
「まさに衝撃とはこの事だよ。」
これは随分経ってからだけど、ロロはその時の事をこう言ってたよ。あまりに劇的だったって。これはね全くもって良くない事だけど、一瞬何で自分が嵐の中を隣町まで走ってきたか忘れるぐらいだったってさ。つまり、全てを止まらせてしまうほど、そのくらい、
「美しかった。」
みたいだよ。薬屋の中から現れた人は女の人だった。薄い紫の寝巻きに、クリーム色のカーディガンを羽織ったその若い女性は、夜遅くに訪ねてきたボロボロの男を不思議に思った。先に言葉を発したのは彼女だったって。
「こんな時間に、どうかなさいましたか?」
はっとその言葉で我に帰ったロロは、なぜ自分がここに来たのかを思い出した。
「あの・・・隣町から来たんですが、町の子どもが1人高熱で倒れているんです。町に薬が無くて、売って頂こうと思って走ってきたんです。」
それを聞いた彼女はびっくりした様子だった。
「隣町から!それは大変!とりあえず入ってください。」
ロロを迎え入れた彼女はストーブを急いで点けて、ロロにタオルケットを渡した。
「体が冷えたでしょうに。少し待ってて。今スープを入れますから。」
そう言ってカーディガンを投げ捨てて彼女は部屋の奥へと入っていった。
「良かった・・・ソフィア、薬が手に入るぞ。」
薬屋に無事たどり着けた事と、暖を取れた事にロロはほっと安堵した。だからだろう、ちょっとやっぱり別の事を考えてしまった。
「今の女性・・・」
綺麗だったと独り言を言いそうになった。とは言っても、ロロも今まで彼女の1人や2人はいたんだよ。それなりに普通の恋愛、普通の失恋をしてきた。そう悪くもない顔にそう悪くもない性格。25年生きてれば少しぐらい浮いた話もあるわけだ。前にも言ったけど、ロロは明日が見えるって力を除いてはとてつもなく平均的な人生を送っている。
「1人でこの店をやっているのかな。」
一見したところ、年齢は同じくらいだろうと感じたみたい。さっき一目見た姿を思い出した。あんなに目を奪われた事はかつてないだろうって。小豆色の長い髪の毛、瑠璃色の瞳。目はぱっちりと大きく、鼻筋がすうっとね。ロロは店内をゆっくりと見渡した。奥では彼女が、キッチンでせこせこと鍋に火を点ける音が聞こえてくる。
「普通の薬屋だな。」
よくよく店内を見渡しても、少し古い棚って事以外はよくある薬屋さんだった。教室の半分ほどあるだろうかという狭い店内に、所狭しと薬が並べられている。薬のラベルを見ても、少しインク落ちがしていて古い感じだった。
「うん?」
店の奥にあるカウンター。おそらくレジだろうけど、そこに一枚の紙が貼ってあったあ。ロロは立ち上がって近づく。
『来週末までビタミン薬は入荷しません。申し訳ございません。 店長 ルル』
「ルル・・・」
その紙をロロは手に取った。ルル、彼女の名前だろうか。紙をカウンターに戻したロロは、もう一つ気付いた事があった。それはカウンターに置いてある小さな花。ふと改めて見渡すと、店のあちらこちらにその花が置いてある。
「これは・・・」
あれほど特徴のある花もなかなかないよね。目立たない色なのに、なぜか存在感があってさ。ざっと数えても鉢に入れられたその花が10個以上はあった。
「ハイドランジアだ。」
見店に飾られている花は、全て淡い紫のハイドランジアだった。紫なのに何だか落ち着く、そんな不思議な花。そうか、だから店名がハイドランジアなんだってロロは思った。その時、ドタドタと店の奥から彼女が戻ってきたんだ。
「待たせてごめんなさい!これ!」
そう言うと彼女はロロにカップに入ったミネストローネを渡した。
「ありがとう。」
ロロはそれを受け取って一口。体の芯まであったまるようなミネストローネだったって。
「それで、子どもの風邪薬よね!男の子?女の子?それと、何歳?」
「6歳の女の子です。」
棚に向かって薬を探している彼女の後ろ姿をロロは見ていた。後ろ姿も綺麗だった。
「あった、これね。」
棚の奥から粉薬を取り出した彼女は、小さい瓶に移し替えてロロに渡した。
「今日から3日間。朝と晩にスプーン1杯ずつね。途中で熱が下がっても3日間は絶対に飲ませて。」
「ありがとう!本当に助かりました。」
ロロは薬をポケットに入れた。そして薬代を払おうと片方のポケットにある財布に手を伸ばしたんだけど、止まってしまった。その時の行動をロロはこう語ってたよ。
「今考えたら、なんでそんな事をしたのか分からないんだけどさ。嘘をついたのは久しぶりだった。」
財布に手をかけたロロは、そのまま手を離してポケットから手を出した。そして言ったんだ。
「すいません!急いで出てきて財布を忘れました。必ず明日持ってきます。」
ロロは代わりに胸ポケットからペンと、雨でぐしゃぐしゃになったメモ用紙を取り出して走り書きをしたのさ。
「僕は隣町の学校で先生をやっています。名前はロロ。家の電話番号はこれです。必ず明日持ってきます。」
ロロは半ば強引に彼女にメモを渡した。普通は嫌な顔をするところだけどさ、彼女はすごいと思うね。メモを手に取ると、嫌な顔一つせずに真剣な眼差しで言ったんだ。
「お金はいつでもかまいません。今はとにかくその薬を子どもに!」
そう言ってドアを開けてロロを促した。
「この嵐ですのでロロ先生も十分気をつけて。タオルケットもお貸しします。持っていってください。」
彼女はとってもとっても優しい人だった。ロロはソフィアに早く薬をと、ドアを飛び出した。ドアを出て数歩で店を振り返った。ドアの奥で、まだ彼女はロロを心配そうに見ていたね。ロロは響く雨音の中で叫んだんだ。わざわざもう1回ね。
「僕はロロ!必ず明日持ってきます!」
そう言ってお辞儀をした。すると手を振る彼女が見えたって。そして彼女も律儀に叫んだらしいよ。
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