ハイドランジアの花束を

春風 紙風船

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第2章 ルル

2 嵐

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   「皆んな、出来たかい?」

ロロが見渡すと、皆んな自分の物語の発表順はまだかまだかと待っていたようだった。

「よし、じゃあ発表してもらおうか。じゃあちょっと静かにしてね。まずはリック、年長の君だ。」

学校で一番年上の16歳のリック。皆んなのお兄ちゃんなんだって。ロロに指名されたリックは得意げな表情で席を立った。皆んながリックに注目したよ。

「よし、じゃあいくぜ。」

リックはそう言うと、自分の書いた原稿を持ち上げて、咳払いをした後に読み始めた。

   『題名     神様への投票』

   ある世界、ある日、天の神様が神様会議を開いた。その日は1年の初めの日。その1年のいつにどの天気にするかを投票で決める日、そういう会議だ。なんせ投票だからな、当然人気者もいれば嫌われ者もいる。投票は世界の神様全員が投票する。ダントツ人気は晴神様。みんな晴れの方がいいからな。でもな、みんな晴神様に投票し続けて気付くんだ。このままじゃ、一年中暑くて耐えられないってね。そして何人かが曇神様に投票し始める。何人かが曇神様に投票し始めるもんだから、仲間はずれにされたくないみんなは次々に曇神様に投票していく。曇神様は2番人気って事だ。でもそのうちこう思う人が出てくる、ずっと曇ってのもつまんないわ、もっと刺激が欲しいわねって。そう言って雷神様に投票するんだ。ピカピカ光ってかっこいい雷神様さ。それもそうだと、ちょっとずつ雷神様への票が増える。そしたら次は反対勢力の登場だ。いやよ、ロマンチックに暮らしたいわ。そう言って、半分くらいは雪神様に投票するのさ。そうやって喧嘩した後に、皆んなははっと我に帰る。仲良くしようよって。そして皆んなはもう一度晴神様に投票した。そうやって毎年毎年投票が終わっていく。そう、その世界で一番の嫌われ者はもっぱら雨神様なんだ。でも慣れっこさ。ずっとずっと嫌われ者、何も感じないさ。嫌われようがどうでもいいさって、いっつものそうやって突っ張って、雨神様はふてくされてどこかに行ってしまう。その世界を散歩しているだけなのに、おーい雨神様こっちに雨を降らさんでくれよ、濡れてしまうじゃないかって言われるんだ。でも俺は強い、嫌われ者の雨神様だって強がるんだ。無理してんだよ。でも、神様だってくじける時がある。どれだけ強がって、どれだけ意地はっても、あるんだよ。泣きたい時が、叫びたい時が、自分の存在を認められたいって感情が。こう、湧き出てくる。抑えきれず。だからそんな時、雨神様はこっちの世界に来るんだろう。何も悪さをしようって魂胆じゃないんだ。ただ叫ぶように、それでも俺は雨神として生まれて生きている、何が悪い、俺の名前は雨神だって聞いてほしくて雨を降らす。それが三日三晩続く時だってあるだろうさ。好きな女神様にひどい事を言われたりしたらさ。ただ雨神はこっちの世界に雨を降らした後に、ごめんな、もう大丈夫ってお詫びの印に、お礼のつもりで、そっとこの世界に虹をかけて自分の世界に帰っていくのさ。終わり。

    思わず涙を流したってさ。正直、ロロにこの話を聞いた時、僕もちょっとうるってきた。皆んなも唖然としていたんだって。僕もリックは見た事あるけどさ、背もすごく高くて筋肉もすごくて短髪のスポーツマン、そんな男が書いたからって話じゃないよ。ただ本当にその話にぐっときたんだって。後から聞いた話だと、皆んな急に雨に親近感を覚えたそうだよ。リックは皆んなの反応に少し戸惑いながらも、照れ笑いして席に着いた。するとね、皆んな次は私って手を挙げなくなっちゃった。リックの次に読むのが恥ずかしくなってしまったんだろうね。私の物語はそんなに上手に書けてるかなってさ。それを察したロロは聞いたんだ。

「誰か、次に発表してくれないかな。」

でも、皆んなはだんまりさ。1人を除いてね。

「せんせい!つぎソフィア、ソフィア!」

6歳のちびっこソフィアが、次は私だと言わんばかりに手を挙げた。皆んなほっとしただろうね。

「よし、ソフィア。次は君だ。前に出てきておくれ。」

そう言われたソフィアは、画用紙に書いた何枚かの絵を持って前に出てきた。

「せんせい、ソフィア絵をかいたの。」

ソフィアは画用紙を懸命に整えて、何とか皆んなに見せようと腕をピンと伸ばした。

「じゃあソフィア。君が考えた物語を聞かせて。」

ソフィアはうなずいて一枚一枚絵をめくりながら話始めた。

    『題名・・・

あ、先に言っておくと、この題名は後でロロが付けたんだって。

    『題名      ソフィアのオーケストラ』

    (1枚目)
      ソフィアははらっぱにいました
    (2枚目)
      ソフィアがはらっぱでひとりであそんでいたら、ミンシーがやってきてソフィアにいいました
    (3枚目)
      ソフィア、こんなとこで遊んでいてもつまんないよ
      そういってミンシーはとおくへいきました。そういわれてソフィアはまわりをみると
      そこにはなんにもありませんでした
     (4枚目)
      ソフィアはなんだかなしくなりました
      ソフィアはなんだかなきそうになりました
      ソフィアはひとりぼっちになりました
     (5枚目)
      そしたら おそらからこえがきこえてきました
      ソフィア・・・ソフィア・・・
      どこだろうってさがしても だれもいませんでした
     (6枚目)
      あっソフィアはそらをみあげました
      そらがソフィアにはなしかけていました
     (7枚目)
      さみしいの?ソフィア                               そうなのひとりぼっちなの
      じゃあぼくとおうたをうたおうよ          ほんとに?
      うん そうしたらさびしくないよ             うん
     (8枚目)
      そらがそういうとポツポツってあめがふってきました
      はっぱにあたって ポツ
      いしにあたって     ピチ
      ソフィアにあたって  パン
     (9枚目)
      いっぱいいっぱいそらからあめがふってきて   いろんなおとがきこえて  ソフィアはいっしょにうたいました
      ポツポツ  ポツ  ピチ  ピチ  パン
     (10枚目)
     そうしたらさびしくなくなりましたた   ソフィアはげんきになりました  おそらがソフィアにいいました
     もうさびしくないよね     うん!
     じゃあおうちにおかえり  おかあさんがまってるよ
     そうしてあめがやむとソフィアはおうちにかえりました
    (11枚目)
     おしまい

    これをロロから聞いた僕は心がとってもあったかい気持ちになったね。ソフィアの声で聞いたらもっとだっただろうさ。何だか雨が優しいやつみたいだね。

「せんせい!おわったよ。」

腕をずっと挙げていたせいでプルプル震えてきたソフィアはふーっと腕を下ろした。

「すばらしいな。」

ロロはそう思ったんだって。感動させられたって。6歳の少女がこんな風に雨を見たのかってね。教室の皆んなもそう思ったんだろうね。皆んな本当に優しい笑顔になってソフィアに拍手した。そうしたら、またソフィアの顔がぱっと明るくなって、ぺこってお辞儀をして席に戻った。

「じゃあ、次は誰だい?」

        *

   その日家に帰ってきてロロが言っていた事は、皆んないい物語だったってさ。どれもこれも子どもたちの発想力に驚いたって。しかも皆んなが雨の後、必ず物語の最後は晴れにしたんだって。どれだけ辛い話でも、明るい話でも必ず雨を悪者に書かなかったって。僕が思うに、ロロ先生の授業の中でも五本の指に入る良い授業だったと思うよ。そんな今日も、夕方6時を過ぎると電話が鳴り響いた。最初は、刃物屋のおじさんが明日の隣町での販売は盛況かってやつ。次は、ロロのお父さんからだった。明日予定通り帰るけど、列車の事故はないかってね。お母さんが受話器に飛びついてたっけ。僕が思うに、お父さんは列車事故なんて何も心配していなかった気がするね。次が、何だったかな。なんせ今日もロロは、9時頃まで皆んなの幸せな明日を見て、皆んなを幸せにした。

「良かった、今日も。」

いつものようにそう言って、ベッドに入ろうとした時さ。

「ドンッ!ドンドン!」

急にものすごい勢いで玄関の戸を叩く音が聞こえた。ロロは飛び起きたよ。外を見ると案の定の嵐だ。外出する事だけでも危ないくらいの風が吹き荒れ、雨は地面に突き刺すように降っている。そんな嵐の夜。ドアを叩く音が止まったかと思うとすぐに、大きな叫び声が聞こえてきた。

「ロロ先生!ロロ先生!ロロ!ロロ!」

雨の雑音をかき消すような大声が聞こえてきたんだ。ロロはガウンを羽織って玄関へと急いだ。聞き覚えのある声。

「ソフィアのお母さんだ。」

ロロが勢いよく玄関の戸を開けると、激しい風と雨がロロを襲った。一瞬目を閉じたがすぐに焦点を合わせると、そこにはずぶ濡れのソフィアの母親が立っていた。幼いソフィアを胸に抱いて。

「どうしたんですか?!」

ロロはすぐに分かったって。明日を見て欲しいっていう訪問じゃないって事が。切羽詰まった緊急事態だろうって。ソフィアのお母さんはロロを見るなりすがりついて叫んだ。

「ロロ!ソフィアが!すごい熱で!帰って少しして倒れてからずっとこうで!」

ロロはソフィアのお母さんの肩を持った。

「落ち着いて下さい。それで。」
「それで、薬を飲ませようとしたんだけど、薬が無くって!4軒となりの薬屋さんは雨のせいで仕入れがないんだって!この町にお医者さんはいないし、私、私、どうしたらいいのか!」

ロロは冷静でいようと努めて、ソフィアを母親の腕から自分へと移した。

「これはひどい熱だ。」

触れずとも分かるほどだった。とりあえず入ってくださいと、ソフィアの母親を部屋に招き入れた。ロロのお母さんは、冷え切ったソフィアのお母さんにあたたかいスープを用意した。ロロはソファにソフィアを寝かせる。ぐったりしている。呼びかけてもうなるだけで返事が無い。

「お母さん、家に薬は?」
「それが大人用しかないの。子どもには飲ませないようにって前にお医者さんに言われたわ。」

ロロのお母さんも慌てふためいていた。その時、ロロは思い出したんだ。

「隣町に行く!」
「え!」

ソフィアのお母さんは驚いてロロの顔を見上げた。

「でも、隣町にも病院は無いわよ!」

ロロのお母さんが言った。

「でも、確か薬屋はあったはずだ。」

ロロは思い出したんだ。滅多に行かない隣町だけど、町外れ、路地裏に小さな薬屋があったはずだって事を。

「でもロロ、あなたこんな時間よ・・・しかもこんな嵐の。列車も車もないし・・・」

ロロのお母さんは、ソフィア以上に自分の息子の事が心配になってきたんだ。

「ああ!こんな事なら昨日の夜、ロロにソフィアの明日を見てもらうんだった!」

ソフィアのお母さんは自分の無力さに次は泣き出したみたいだった。ロロはその肩を抱き寄せて、目を合わせた。

「大丈夫です。今から薬を買ってきます。」
「でもロロ・・・」
「大丈夫だよお母さん。隣町までは一本道だし、走れば1時間くらいさ。」
「でももう閉まってるわよ。」
「事情を説明すれば開けてくれるよ。」

ロロはお母さんを説得しながら、部屋を歩き回り雨具を集めた。

「待ってて下さい。すぐに出発します。おしぼりをこまめに替えて、冷やすのを忘れないで。」

ロロはそう言って急いでかっぱを着て雨靴を履いた。

「行ってくるよ、お母さん。」

ロロは嵐の夜に飛び込んだ。
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