ハイドランジアの花束を

春風 紙風船

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第1章 ロロ

1 ロロ先生

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    この例えを話すとね、

「どういう意味だい?」
「そりゃあ君じゃないか。」

何てよく言われるんだよ。人生は山あり谷ありだとか、一本道じゃないって聞くけどさ、僕から言わせると彼の人生はそんなもんじゃない。なんて言うかな、そんな壮絶なものじゃないね。ただありふれた男だよ、彼は。よくある人生、よくある出会いによくある汗、よくある涙に後はよくある奇跡。だからいつも彼をこう例えるんだ。皆から愛されるけど、特別重宝される事はなく、ただそこに在るって意味でね。
「くまのぬいぐるみ、みたいな男さ。」
ってね。
  
    ここがどこかと聞かれても正直僕には伝えられない。だってここしか知らないんだ。地図も読めないし、何より僕は自分一人じゃ動けないんだ。ここはいい所だよ。窓を開けてくれたら、何ともいい風が入ってくるし。ほとんど雨も降らないみたいだね。窓から見える、木で出来たカラフルな家はどの家を何年見たって飽きがこないね。窓の向こうに見える向かいの赤い家に住んでる綺麗な金髪の双子姉妹がさ、よくこの服はどっちのだったかもめてる声が聞こえてくる。それを聞くのがちょっと楽しみだったりね。この家と、窓から見える事以外は自分で見た事がない。だから僕が知っている知識はもっぱら彼から聞いた事だけ。聞く事しかできない僕に、彼は何でも言ってくれるよ。相談してくれる。答えられない自分が時にもどかしく思うよ。もし僕がしゃべれたらってね。そりゃあ僕は彼のお父さんのお父さんが小さい頃からこの家にいるんだ。彼の事も生まれた日から知っている。彼が4歳になった124日目の夜に、この部屋にお母さんに内緒でキッチンからクッキーを持ち出して夜中じゅうこっそり食べていたのだって知ってるんだぞ。あの時小さい君は僕に向かって、

「しー!ぜったいおかあさんにはないしょだよ。」

って釘をさしたっけ。大丈夫、約束通り言ってないよ。でもね、流石に我慢できない事もあったよ。あれは君が確か15歳から89日経った日の夕方だね。教会の鐘が聞こえたときだから5時くらいさ。君ね、お父さんとお母さんがその日いない事を良いことに友達10人ぐらいで家の中でドタバタと戦争ごっこをしてたよね。あれは良くなかったと思うな。埃が舞って汚くなるし、花瓶は割れるしさ、今でも隣町から帰ってきたお母さんが家の悲惨な状況を見て、卒倒したのを覚えてるよ。しかもだ、

「お母さん、泥棒じゃないかな。僕も帰ったらこんなんになってて・・・」

って言い訳までして。その日の晩も、君は僕に向かって人差し指を唇にあてて言ったんだっけ。

「いいかい、母さんには内緒だ。」

まったくもう、しょうがないから黙っててあげたけどさ、ちぇっ。

    そんなごく普通のありふれた君が、ちょっと人とは違った力に気付いたのは、確か君の18歳の誕生日だったね。気付いたというより急に身に付いたっていうか、見え始めたというか。何せ君はそのおかげで皆んなから慕われ始めた。君の周りに人が集まった。そのおかげで君は人の幸せを願うようになった。人の素晴らしい未来を願うようになった。だからだろうね、この小さな町の小さな学校の先生になったのは。

   そうだろ、ロロ先生。
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