何がどうしてこうなった!?

かのう

文字の大きさ
上 下
3 / 11
本編

3

しおりを挟む

……ええええええええええええええ!?


 セドリック以外の講堂中の人間の心が一つになった瞬間だった。当の本人は拗ねた顔つきである。
 全員が呆気にとられていた中いち早く我に返ったリリーディアはセドリックを真っすぐに見つめた。

「既に殿下の心がレイミナ嬢の物であれば妬んだところで手遅れなのです、仕方ないでしょう。さっさと婚約破棄したいのなら都合もよろしいではないですか。あと人前なのでちゃんと『私』と言うようにして下さい」

「――――何を言っている。そもそも誰がいつ婚約破棄をしたいと言った? 俺……っ、ゴホン……私がそんなこと言うわけがないだろう」

「はい??」
 
 リリーディアの声と場の全員の心の声が寸分も違えず重なった。
 確かにセドリックの言うことは正しかった。衆人環視の中ではあるが、リリーディアは『質問に答えろ』と言われただけであり、婚約破棄するとは一言も言われていない。
 皆が戸惑いを隠せない中、セドリックは顔を歪めながら気安く触れるな、はしたないとレイミナの手を振り払う。

「やぁんっ」

 大した力で払われてもいないのにレイミナが大げさによろけて後ろに下がると、慌てたカシムとクラヴィスが彼女を支えた。レイミナがうっとりとした視線を向けて礼を述べれば、二人は頬を染めた。ちょろい男たちである。自分に対しデレデレと鼻の下を伸ばした二人の美男子を満足げに眺めてから、レイミナはセドリックに再び歩み寄った。

「セドリック様、もういいじゃないですかぁ。さっさと婚約破棄して私と婚約をし」

「先程から何なんだ。あなたと私が婚約? 傍に居る? 意味が分からない。私の隣に添うのはリリーディア=ローゼただ一人、そう決まっている」

 セドリックが不愉快そうに顔をしかめて嘆息する。これに焦ったレイミナが追いすがった。

「え、でも、セドリック様は今からこの女を断罪して、私のために追放してくれるんじゃ……そのためにこんなたくさんの人を集めてこの女を問い詰めたんじゃ」

「断罪? ただの事実確認だが。片方の言い分だけでは話が分からないだろう。他者を含めた事実確認は重要だ。……リリィをこの女呼ばわりするな――――罰せられたいのか?」

「「「「え?」」」」

 地を這うような冷たく低い声音で告げられた言葉にレイミナとカシム、クラヴィスにブラッドレイが間の抜けた声を上げる。
 四人はてっきりセドリックがレイミナを新しい婚約者に据えるとばかり思っていた。故にこの状況が呑み込めず、ただただ唖然として目の前の不機嫌そうな顔をした王子を見つめることしかできない。

「清廉で聡明なリリィが嫌がらせなど万が一にもないとは思っていたが、一応な。まあ仮に事実だったとしても、だ。嫌がらせはよくはないが、大きな罪を犯したわけでもない。追放なわけがないだろう、精々謹慎ところだろうな。謹慎は可哀想だが、リリィが妬いてくれたのだと思うとそれはそれで嬉しい気持ちもあってだな……」

 先程まで纏っていた魔王の様な雰囲気が嘘だったかのようにセドリックはちらちらとリリーディアに視線を寄越しながら照れくさそうにしている。

「でっ、殿下はレイミナのことをお好きなのでしょう? 傍に寄ることを許されていました。ですから我々三人は彼女への想いを抑えてあなたとの仲を応援しようと……」
 
 震える声でクラヴィスが言い募れば、カシムとブラッドレイが壊れた人形の如くこくこくと首を縦に振る。

「? 傍をうろちょろすることに何も言わなかったのは、おまえたちがレイミナ嬢を好いているようだったからだ。だから渋々我慢していたというのに、おまえたちときたらいつまでも牽制し合ってばかりでいつになったら進展するのかとイライラして仕方がなかったぞ。だが、もう必要ないな。おまえたちは勝手にするがいい、いい加減私は疲れた」

そう言い放つとセドリックはいそいそとリリーディアに歩み寄り、肩を抱いた。レイミナと愉快な取り巻きたちは呆然とその様を見送る。

「……殿下、つまり私のことは信じるし、婚約破棄はないということですか?」

「当たり前だろう? リリィの厳しさや優しさを誰よりも知っているのはこの私だ」

「殿下、圧倒的に言葉足らずです。それに事実確認だけなら関係者のみで行えばよかったのでは?」

「いや、だから。念のため他の者の証言も聴きたくてだな?王室の隠密が常に私たちの周囲に目を光らせているから無実の証明は容易いが、間違っていることに声を上げられる人間がいるどうかも見極めたかったしな」

「個別に呼んで聴取すればよろしいじゃないですか。実際私側の証人など出ては来ませんでしたし。やはり聴取も秘匿性がないとですね……」

 二人のやり取りに周囲が顔面蒼白になった。声を上げようとしたものの勇気がなく上げられなかった者、我関せずを決め込んだ者、あわよくばとリリーディア失脚を望んだ者、すべてが。まさか試されているとは思いもしなかった。
 二人の会話がそれぞれの心中に様々な感情を宿らせたことを当人たちは気づかないまま、ああでもないこうでもないと議論をしていると。



「そこまでだ」


 凛とした声が響き渡った。リリーディアたちを囲んでいた人垣の一部が割れ、現れた声の主にその場の全員が息を呑む。

「これは何の騒ぎだ? セドリック、簡潔に説明せよ」

 側近を引き連れた厳しい目つきの国王が、周囲に視線を巡らせて言った。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】運命の恋に落ちたんだと婚約破棄されたら、元婚約者の兄に捕まりました ~転生先は乙女ゲームの世界でした~

Rohdea
恋愛
「僕は運命の人と出会ってしまったんだ!!もう彼女以外を愛する事なんて出来ない!!」 10年間、婚約していた婚約者にそう告げられたセラフィーネ。 彼は“運命の恋”に落ちたらしい。 ──あぁ、とうとう来たのね、この日が! ショックは無い。 だって、この世界は乙女ゲームの世界。そして、私の婚約者のマルクはその攻略対象者の1人なのだから。 記憶を取り戻した時からセラフィーネにはこうなる事は分かってた。 だけど、互いの家の祖父同士の遺言により結ばれていたこの婚約。 これでは遺言は果たせそうにない。 だけど、こればっかりはどうにも出来ない── そう思ってたのに。 「心配は無用。セラフィーネは僕と結婚すればいい。それで全ての問題は解決するんじゃないかな?」 そう言い出したのは、私を嫌ってるはずの元婚約者の兄、レグラス。 ──何を言ってるの!? そもそもあなたは私の事が嫌いなんでしょう? それに。 あなただって攻略対象(隠しキャラ)なのだから、これから“運命の恋”に落ちる事になるのに……

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。

ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」  オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。 「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」  ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。 「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」 「……婚約を解消? なにを言っているの?」 「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」  オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。 「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」  ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。

処理中です...