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勇者クラフティ編

第22話「大勇者に花束を!雪斗とユキの父の日」①

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「やべぇ…今年の父の日…何にも考えてねぇ…」

 カフェ「ルーヴル」に向かう中、一悟いちごはそう嘆きつつ、暗い表情を保ちながらため息をつく。

「いっくん…毎年この時期になると、そう悩むよね?」

 生まれた時から一緒のみるくにとっては、一悟がこの時期に父の日で悩むことは理解している。毎年毎年父の日が2、3日に迫るところで、一悟はそう呟きながらプレゼントを考えるが、何もピンとくるものがなく…

「この調子だと、今年もマッサージ券だね?」

 みるくのその一言が、一悟の心にぐさっと刺さる。

「今年こそはそれを回避してぇんだよぉ…毎年毎年姉ちゃんと被るの、苦痛だぜ…」

 一悟はがっくりと項垂れる。



 そんな一悟の様子に、雪斗ゆきとはどうしていいのかわからず…

「「父の日」って…そんなに大事なイベントだったのか?」

 元々「父の日」を知らずに育った雪斗にとっては、「父の日」が何なのかもわかっていない。

「「父の日」とは、「父親に感謝の気持ちを伝える日」の事です。懐かしいですね…私は毎年庭師だった父に感謝の手紙を書いてました。」

「俺の所は、姉さんと兄貴と一緒に小遣い出し合って、じーちゃんにプレゼント買ってたなぁ…俺1人になってからは、手紙と押し花になっちまったけど…」

 過去の思い出を振り返る瑞希みずき涼也りょうやの様子に、雪斗の表情はとても複雑だ。そもそも、雪斗は父親と父方の祖父母から虐待を受けていたので、雪斗にとっては「自分をさげすんできた相手にどう感謝すればいいんだ」と思ってしまうのも無理はないだろう。

「…って事は、みるくも毎年この時期に父親に…」

「ふふっ…そうだよ!あたしは毎年手作りのパンをプレゼントするの。パパの実家は帯広おびひろのパン屋さんだから、毎年違う種類のパンを作るんだ。去年は砂糖ときなこをまぶした揚げパンだよ!」

 雪斗の質問に、みるくは自信満々で答える。



 カフェ「ルーヴル」に到着すると、雪斗は休憩中のシュトーレンに父の日の事を聞く。スイーツ界には「父の日」どころか「母の日」すらなく、存在を初めて知ったのがパリでの生活中だったようだ。今年になって父親と再会したこともあり、今までは祝うにも祝えない状況であったことは間違いないだろう。

「トルテは捨て子だったし、エクレールの父親は病気で死んじゃったからなぁ…おじいちゃんである当主様にプレゼントを渡すって手もあるけど、「一悟達がやっているから」って無理にやろうとする必要はないと思う。まぁ…やるかどうかは、雪斗次第にはなるけどね?」

 勇者からの言葉に、雪斗は不意に考え込む。



 母の日の時は、前日ではあったものの、母親がカオスイーツにされたあとのカフェの帰りに花を買ってプレゼントした。…流石に、帰りがけにはカーネーションが一輪もなかったが、それでも母は息子がプレゼントしたすずらんの束を喜んでいた。「別に実の父親にこだわる必要がないというなら」…そう思った雪斗は、話し合う一悟達を見てあることを思いついた。







 カフェからの帰り、一悟達はスーパーマーケットへやって来ていた。勿論、みるくが父親にプレゼントするために作るパンの材料を買うためである。

「涼也は今年は、どうされるんですか?」

「まぁ…じーちゃんには英雄ひでおさんと話し合って決めるとして、仕方ないから今年は親父のアパートに顔出して、料理でもご馳走してやろうかな…って。」

 瑞希の質問に対して、涼也はそう答える。千葉先生は先日の事件のあと、住んでいたアパートを引き払い、瀬戌せいぬ市の教育委員会本部の近くにある鉄筋コンクリート造りのアパートへ引っ越した。くるみの地区のアパートのため、学校からは離れてしまったが、涼也曰く一悟の父の「これ以上勇者達を追い掛け回すなら、親父との話し合いの下で、兄弟の縁を切る」という手厳しい言葉で、やっと目が覚めたようだ。勿論、現在も茅ケ崎ちがさきに住んでいる一悟の祖父にもこの件が知れ渡っており、突然カフェにやって来て、勇者親子の目の前で危うく切腹しそうになりかけたのは、記憶に新しい。



『まったく…あのじーちゃんは…叔父さんと叔母さんがいなけりゃ大変な事になってたぜ…』



 そう思い出しながらも、涼也はマカロニ、鶏もも肉、玉ねぎ、椎茸、ピザ用チーズ…と、次々と材料をカゴの中に入れていく。料理に関しては、僧侶アンニンからの勧めもあり、グラタンのようだ。瑞希も今日の夕食の材料を見て回る。当初は甘夏あまなつの人格がテーマパークに来たような感覚ではしゃぎまわっていたが、一悟とみるくの支えもあり、今は買い物中に甘夏の人格が出る事はなくなった。そんな一悟達は、ある2人と遭遇する。

「おう、いっちー!みるみる!お前らも買い物か?」

 グラッセとボネである。

「ボネ!俺達は、父の日のためにパンを作る材料を買いに来たんだ。俺も今年はみるくと一緒にパンを作ることにしたんだぜ。」

「父の日かぁ…私はお父さんが2人もいるから大変だなぁ…」

「イヤ…お前の場合ゴツいのが「おかあさん」で、お耽美なのが「おとうさん」だろ…俺達は今夜、タコパするからタコ焼きの材料買いに来たんだ。」



「タコパ」とは「タコ焼きパーティー」の略で、家族や友人を呼んでタコ焼きを振舞うパーティーである。



『そういや、大勇者様も通販でタコ焼き機買って、勇者様にめっちゃ怒られてたような…』



「タコ、卵、天かす、紅ショウガ、おネギにソースと青のりと鰹節…と、あとはタコ焼き粉だね。みるくちゃんは?」

「小麦粉は昨日お兄ちゃんがバイト先で買い足したので、あとはドライイーストだけです。」

 グラッセと話しながら、みるくは製菓用の材料が置いてある棚を見るが、そこにはみるくが探しているドライイーストが棚から消えていたのだった。

「やぁ~ん…ホットケーキミックスも棚からなくなってるよぉ~…」

 一悟達がよく行くこのスーパーマーケットは、瀬戌市では瀬戌みなみモールの次に品ぞろえが豊富で知られている。だが、最近になって昔のような家でもパンやお菓子などを作るために粉類の買い占めが始まり出したとの噂がひそかに流れており、瀬戌市も例外ではなかった。



「3年前…目の前で買い占めされた時…」



 がらんとしている棚を見つめながら、みるくは怒りのオーラを漂わせる。



 一方、一悟とボネは別の場所にある粉類の棚を見て呆然とする。

「な、なぁ…いっちー…片栗粉じゃ…タコ焼き…」

「できるワケねーだろ!!!」

 タコ焼き用の粉がなかったのである。辛うじて小麦粉は「お1人様1袋」という個数制限付きで残っている程度で、あとはお好み焼きと片栗粉が棚に陳列されている状態だ。

「そ、そうだ!お好み焼き用の粉で代用すりゃあ…」

「味覚にうるさい上に、長芋がダメなネロをだませるワケねーだろっ!!!ここは小麦粉だろーが!!」

 ネロは長芋が苦手であるのは先日の調理実習で長芋のそぼろ煮を作った時に発覚し、ネロのファンたちを通じて一気に高等部全体に広まったのである。一悟は姉からその事を聞かされており、一緒に休憩するときは長芋の入った料理をすすめないようにしている。一悟はボネの持つ買い物カゴに小麦粉を入れると、みるく達と合流し会計を済ませた。結局、ドライイーストは在庫なしだったため、みるくの機嫌はよろしくない。
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