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悪魔は天使の面して嗤う
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目の前の男は、あんぐりと口を開けて呆然としていたが、私がもう何も言わないと悟ったのか、ハッとして急に目玉をきょろきょろと動かした。
「あ、あははっ……ち、千春ちゃんってば相当溜まってたんだね。ま、まぁ、ちょっとはスッキリしたよね? もうそんな男のことは忘れてさ、楽しくやろーよ? ね?」
男はぐいっと身を乗り出し、私の手を握った。
「酔っちゃったんだよね? まだ途中だけどさ、二人で俺の家行こうよ」
そのままナメクジが這うように撫でられ、全身がゾワゾワと粟立つ。
「俺がその男の分までたっぷり可愛がってあげるから…………──ひ、ひっ! な、な、な、なんで!」
仮面が張り付いたような笑顔だった男が、急に顔を歪ませた。何かに焦ったのか、私の手をサッと離すと慌てて立ち上がる。その反動で椅子がガタンと音を立てて倒れた。
目の前の男だけではない。私の向かい側にいる男性陣、みんな同じ方向を見て驚いている。
何? 何が起こってるの?
ぼんやりとした頭で考えていたら……──
──懐かしいシトラスの香りが、ふわっと私を包み込んだ。
この香り……──
うるさいくらいの心臓の音が、私の思考の邪魔をする。
まさか……でも……本当に?
金縛りにあったかのように体が動かない中、頭の中だけが忙しなく動いていた。
優しい、懐かしい声が、ゆっくりと、その場の空気を震わせる──
「俺は、たしかに悪い男です」
これは……。
「嘘もたくさんつきました」
このセリフは……。
「だけど、あなたと愛し合ったあの日々だけは──」
──……『幻』の……私が最後まで言えなかったヒナコのセリフ……──
息をするのも忘れて立ち上がる。グラスが倒れて中のチューハイが床に零れた。
でももう、そんなのどうでもいい。私はあなたがいればいい。あなたがいれば、それだけでいい。
勢いよく振り向く。世界がスローモーションで回る。
「──それだけは、真実……」
涙でぼやけた世界に、愛しいあなたがいた。
「……っっバカ!」
たろちゃんの胸に勢いよく飛び込んだ。この匂い、この感触。夢じゃない、たろちゃんだ。たろちゃんがここにいるんだ……。
「バカ……バカ……」
言いたいことはいくらでもあったのに、おかしいな、本人を目の前にするとなんにも言えない。
そんな私の頭を、たろちゃんがふわりと撫でた。
「ただいま、千春さん。……言ったでしょ?『千春さんが呼んだら、たとえ時間がかかったとしても絶対に会いに行く』って」
いつもの、笑顔。あの懐かしい、悪戯っぽい笑顔で私を見下ろす。
なんでそんなに普通なの? 私ばっかり会いたくて、苦しくて、余裕なくて……こんなにぐちゃぐちゃな顔で……悔しい……。
「な、に、言ってるの……わ、私がどれだけ……──」
やっと出た文句は、けれども最後まで言わせてはもらえなかった。
彼の熱い唇が、私の唇を塞ぐ。
たった数秒の口付け。けれども私にとっては、奇跡のような時間。
二年ぶりのキスは、甘くてしょっぱい味がした。
「ありがとう……好きだ……好きだ……好きだ……──」
耳元で、何度も何度も愛の言葉が繰り返される。背中に回る彼の腕が、私をきつく抱きしめた。
たろちゃん……たろちゃん……。
やっと聞けたね、あなたの気持ち……。やっと私たち、一つになれた……──
この日のことは、当たり前だけど、後日スクープとして記事になった。
『人気俳優リヒト、涙の復縁!』なんて見出しで。
「こんな記事出ちゃって、大丈夫なの?」と心配する私に、たろちゃんは「これで心置きなく三枚目の役ができるね」と笑った。
バカだなぁ、本当にバカ。
でもね、私、そんなあなたが好きで……。
だから今、二年間の寂しさが埋まっちゃうくらい、世界で一番幸せです……。
「あ、あははっ……ち、千春ちゃんってば相当溜まってたんだね。ま、まぁ、ちょっとはスッキリしたよね? もうそんな男のことは忘れてさ、楽しくやろーよ? ね?」
男はぐいっと身を乗り出し、私の手を握った。
「酔っちゃったんだよね? まだ途中だけどさ、二人で俺の家行こうよ」
そのままナメクジが這うように撫でられ、全身がゾワゾワと粟立つ。
「俺がその男の分までたっぷり可愛がってあげるから…………──ひ、ひっ! な、な、な、なんで!」
仮面が張り付いたような笑顔だった男が、急に顔を歪ませた。何かに焦ったのか、私の手をサッと離すと慌てて立ち上がる。その反動で椅子がガタンと音を立てて倒れた。
目の前の男だけではない。私の向かい側にいる男性陣、みんな同じ方向を見て驚いている。
何? 何が起こってるの?
ぼんやりとした頭で考えていたら……──
──懐かしいシトラスの香りが、ふわっと私を包み込んだ。
この香り……──
うるさいくらいの心臓の音が、私の思考の邪魔をする。
まさか……でも……本当に?
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優しい、懐かしい声が、ゆっくりと、その場の空気を震わせる──
「俺は、たしかに悪い男です」
これは……。
「嘘もたくさんつきました」
このセリフは……。
「だけど、あなたと愛し合ったあの日々だけは──」
──……『幻』の……私が最後まで言えなかったヒナコのセリフ……──
息をするのも忘れて立ち上がる。グラスが倒れて中のチューハイが床に零れた。
でももう、そんなのどうでもいい。私はあなたがいればいい。あなたがいれば、それだけでいい。
勢いよく振り向く。世界がスローモーションで回る。
「──それだけは、真実……」
涙でぼやけた世界に、愛しいあなたがいた。
「……っっバカ!」
たろちゃんの胸に勢いよく飛び込んだ。この匂い、この感触。夢じゃない、たろちゃんだ。たろちゃんがここにいるんだ……。
「バカ……バカ……」
言いたいことはいくらでもあったのに、おかしいな、本人を目の前にするとなんにも言えない。
そんな私の頭を、たろちゃんがふわりと撫でた。
「ただいま、千春さん。……言ったでしょ?『千春さんが呼んだら、たとえ時間がかかったとしても絶対に会いに行く』って」
いつもの、笑顔。あの懐かしい、悪戯っぽい笑顔で私を見下ろす。
なんでそんなに普通なの? 私ばっかり会いたくて、苦しくて、余裕なくて……こんなにぐちゃぐちゃな顔で……悔しい……。
「な、に、言ってるの……わ、私がどれだけ……──」
やっと出た文句は、けれども最後まで言わせてはもらえなかった。
彼の熱い唇が、私の唇を塞ぐ。
たった数秒の口付け。けれども私にとっては、奇跡のような時間。
二年ぶりのキスは、甘くてしょっぱい味がした。
「ありがとう……好きだ……好きだ……好きだ……──」
耳元で、何度も何度も愛の言葉が繰り返される。背中に回る彼の腕が、私をきつく抱きしめた。
たろちゃん……たろちゃん……。
やっと聞けたね、あなたの気持ち……。やっと私たち、一つになれた……──
この日のことは、当たり前だけど、後日スクープとして記事になった。
『人気俳優リヒト、涙の復縁!』なんて見出しで。
「こんな記事出ちゃって、大丈夫なの?」と心配する私に、たろちゃんは「これで心置きなく三枚目の役ができるね」と笑った。
バカだなぁ、本当にバカ。
でもね、私、そんなあなたが好きで……。
だから今、二年間の寂しさが埋まっちゃうくらい、世界で一番幸せです……。
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