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ロミオとジュリエット
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いやぁ、なんて言うかさ、これ夢? みたいな。だってあのたろちゃんだよ? ……ってごめん、わかんないよね。
とにかくさ、絶対にオーケーなんて貰えないと思ってたの。『好きにならないでね』って言われてたし、それにたろちゃん、私のことそういう対象としてみてないっぽかったし。ほら、わかるじゃん? 男の人が自分に好意があるかどうかって。
フラれて次に目を向けなきゃなーって……ダメ元だったんだよね。だからまさか『いいよ』なんて言われるとは思わなくて。
ああー……あの時の顔、最高にかっこよかったなー……『いいよ』って言った時の顔……。今だから言うんだけどね、あ、ここだけの話だよ? 私……たろちゃんの顔が結構好みなんだよね。あ、もちろん顔だけじゃないよ? だけじゃないけどさ……え、どんな顔って……とにかく、整ってて……え? 釣り合わない? う、う、うるさいな……。
とーにーかーくーこれでめでたくハッピーエンド! え、他の女の子? いいのいいの、気にしないから。たろちゃんって実はそんな遊んでないんじゃないかなぁ? 『メグルちゃん』はそんな雰囲気じゃなかったし、『マリコさん』はそもそも本当にいるのかどうか怪しいし。
ね? 意外と一途なのかも!
「……へぇー」
私が机を叩いて力説しているというのに、目の前の美穂子は虚ろな目で遠くを見ている。私はちょっとムッとして、唇をとがらせた。
「みーほーこー」
「はいはい、わかった。……で? こうなったのは誰のおかげだっけ?」
「それはそれは美穂子様でございます。どうか今日は何も気にせずジャンジャン呑んでくださいませ」
「ん、よろしい」
美穂子は手にしたジョッキを一気に空にすると、店員を呼び『おかわり』を注文した。
今日は私と美穂子、二人で焼肉屋に来ている。『こういう時は肉よ!』という京子さんのお告げを守ったわけではないが、ジャンジャン食べてジャンジャン呑むには焼肉屋が一番かと思ったのだ。
「ねぇ、千春、本当に食べないの?」
私の目の前には冷やしトマトと冷麺が。今日は肉は一枚も食べていない。
「だって、匂いとか気になるもん」
「『気になるもん』って、何イマサラ。何乙女ぶってんの。ほーらいいの?こーんな分厚い得上カルビ、私が全部食べちゃうよ?」
美穂子が七輪から取った得上カルビ。今さっきまで焼いていたので肉の表面をパチパチと油が弾けている。
私は思わず喉をごくりと鳴らすと、それを見ないように注意しながら冷麺をチュルッとすすった。
いいんだ、これで。冷麺だって美味しいし。それにしても美穂子ってば、私の奢りだからっていいお肉ばかり食べている。
恨めしい視線を投げかけると、美穂子は満面の笑みでお肉を口に放り入れた。
「ほれにひへもはぁ」
「んん?」
美穂子がお肉を急いで飲み込んだ。訝しげな目で私をじっと見る。
「それにしてもさぁ、よく付き合えたね。だってハイスペック男子なんでしょ? なんて言われたの? 普通に『俺も好きだよ』とか?」
「ん?」
「いや、『ん?』じゃなくて……」
「えへ?」
「『えへ』って……あんたまさか……」
そうなのだ。美穂子の言わんとすることはわかっている。……言われていないんだ。たろちゃんの口から、「好きだ」なんて言葉──
美穂子は私の表情から全てを察したらしく、盛大なため息をついた。
「……あんたさぁ、浮かれてるところ悪いけど、それ、付き合ってるの?」
「つ、付き合ってるよ!」
「へー? じゃあキスは? セックスは?」
お酒の入った彼女は言動も自由だ。大声でその名称を叫ばれ、慌てて辺りを見回す。どうやら周りの客には聞こえていないようでホッと胸をなでおろした。
「し、してない……」
「はぁ!? 同じ部屋に住んでて、キスもセックスもなし?」
せっかく小声で返したのに、美穂子はまた大声をあげた。しかも、今度はみんなに見らるというオマケつきだ。恥ずかしすぎて死にそうだ。
「ちょっ……美穂子お願いだから、静かに……」
美穂子を必死になだめるが、熱くなった彼女は止められない。
「だっておかしくない? あんたが言われたのは『付き合ってもいいよ』、これだけ? なにそいつ、ナメてんの?」
「いや、ナメてるとかじゃないと思うけど……」
「じゃあなんなのよ。年上の女をからかって遊ぼうとしてるんじゃないでしょうね」
「そんなこと……ないと思うけど……」
美穂子にそう言われ、なんだか段々わからなくなってきた。たしかに『付き合ってもいいよ』発言から今日まで、約二週間が経過している。その間にした恋人らしいことと言えば、コンビニのデザートを『あーん』してもらったくらいだろうか。
いや、それも恋人らしいと言っていいかわからない。たろちゃんは元々距離が近いのだ。『あーん』くらいなら、付き合ってなくてもきっとするだろう。
セックスはおろか、キスもなし。同じ部屋で寝ているのに、ベッドは別々。あれ? これって付き合う前と何が違うんだろう。
気分が沈み込みぼんやりしていると、それに気付いた美穂子が熱いお喋りを止めた。
「ち、千春……言い過ぎたわ、ごめん。……きっといろんな『愛』の形があるのよ! ね? 気にしない、気にしない」
「そ、そーだよね。焦らずゆっくり進んでいけばいいよね」
無理やり笑顔を作り、冷麺の最後の一口をすすった。
そうだ、そんなことで悩むなんて馬鹿らしい。あのたろちゃんと付き合えただけでもラッキーなんだ。もう『結婚したい』とかいう考えは一旦捨てる。この恋を全力で楽しむんだ。
「そういえばさー」
落ち着きを取り戻した美穂子が静かに切り出した。
「蓮見に会ったよ」
蓮見──
その名を聞いて、心臓がドクンと跳ねた。
蓮見真人、私の元彼。たろちゃんへの叶わない想いが苦しくて、「俺を利用しろ」という彼の言葉を頼り、少し前まで付き合っていた。でも結局は気持ちに嘘をつけなくて、別れを切り出したんだ。
そういえば、蓮見とはあれ以来会っていない。
「へ、へーそうなんだ」
元気にしているだろうか。こんなこと、私が気にする権利なんてないけれど。
あの時の彼の寂しそうな、それでいて強い意志を持った笑みを、今でも容易く思い出すことができる。そしてその度に、身勝手な自分の心は、チクリと音を立てて痛むんだ。
「……気になる?」
美穂子が片眉を上げて私に問う。その試すような言い方に、苦笑いするしかない。
「フツーに元気だったよ」
美穂子は、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた 。
「普通……」
「うん、フツー。誰かさんに振られても特にダメージを受けた様子もなく、仕事もきっちりこなし、ご飯ももりもり食べ、フツーに会話もできたよ」
「美穂子……一体どっちの味方なの……」
「私は二人ともの味方なの!」
強く言い切る美穂子に、やっぱり苦笑いするしかなかった。彼女には迷惑をかけたと思う、本当に。友達同士に挟まれるって、きつかったんじゃないかな。
それにしても……と、再びお肉にがっつく美穂子を無視するように、私は七輪から上がっていく煙をぼんやりと眺めた。
蓮見が『普通』というのは、きっと嘘だ。美穂子が嘘をついているのか蓮見が嘘をついているのかハッキリしないが、多分後者だと思う。
蓮見は──彼は、いつもそうなのだ。冷静で落ち着いた蓮見真人……を演じている。じゃなかったら、あんな風に優しく背中を押してくれるはずがない。それくらい、彼に対して酷いことをしたんだ。
『普通』にしてくれているのも、多分、私のため──なんて、思い上がりかもしれないけれど、それでもありがとう、蓮見。
「そのうち友達に戻れるわよ」
「えっ……」
「宮下さんによろしくって言ってたわよ」
「うん……」
美穂子が赤い顔で微笑んだ。
そうだね、美穂子。いつか、友達に戻れるといいな。勝手かもしれないけれど、願うくらいならバチは当たらないよね。
とにかくさ、絶対にオーケーなんて貰えないと思ってたの。『好きにならないでね』って言われてたし、それにたろちゃん、私のことそういう対象としてみてないっぽかったし。ほら、わかるじゃん? 男の人が自分に好意があるかどうかって。
フラれて次に目を向けなきゃなーって……ダメ元だったんだよね。だからまさか『いいよ』なんて言われるとは思わなくて。
ああー……あの時の顔、最高にかっこよかったなー……『いいよ』って言った時の顔……。今だから言うんだけどね、あ、ここだけの話だよ? 私……たろちゃんの顔が結構好みなんだよね。あ、もちろん顔だけじゃないよ? だけじゃないけどさ……え、どんな顔って……とにかく、整ってて……え? 釣り合わない? う、う、うるさいな……。
とーにーかーくーこれでめでたくハッピーエンド! え、他の女の子? いいのいいの、気にしないから。たろちゃんって実はそんな遊んでないんじゃないかなぁ? 『メグルちゃん』はそんな雰囲気じゃなかったし、『マリコさん』はそもそも本当にいるのかどうか怪しいし。
ね? 意外と一途なのかも!
「……へぇー」
私が机を叩いて力説しているというのに、目の前の美穂子は虚ろな目で遠くを見ている。私はちょっとムッとして、唇をとがらせた。
「みーほーこー」
「はいはい、わかった。……で? こうなったのは誰のおかげだっけ?」
「それはそれは美穂子様でございます。どうか今日は何も気にせずジャンジャン呑んでくださいませ」
「ん、よろしい」
美穂子は手にしたジョッキを一気に空にすると、店員を呼び『おかわり』を注文した。
今日は私と美穂子、二人で焼肉屋に来ている。『こういう時は肉よ!』という京子さんのお告げを守ったわけではないが、ジャンジャン食べてジャンジャン呑むには焼肉屋が一番かと思ったのだ。
「ねぇ、千春、本当に食べないの?」
私の目の前には冷やしトマトと冷麺が。今日は肉は一枚も食べていない。
「だって、匂いとか気になるもん」
「『気になるもん』って、何イマサラ。何乙女ぶってんの。ほーらいいの?こーんな分厚い得上カルビ、私が全部食べちゃうよ?」
美穂子が七輪から取った得上カルビ。今さっきまで焼いていたので肉の表面をパチパチと油が弾けている。
私は思わず喉をごくりと鳴らすと、それを見ないように注意しながら冷麺をチュルッとすすった。
いいんだ、これで。冷麺だって美味しいし。それにしても美穂子ってば、私の奢りだからっていいお肉ばかり食べている。
恨めしい視線を投げかけると、美穂子は満面の笑みでお肉を口に放り入れた。
「ほれにひへもはぁ」
「んん?」
美穂子がお肉を急いで飲み込んだ。訝しげな目で私をじっと見る。
「それにしてもさぁ、よく付き合えたね。だってハイスペック男子なんでしょ? なんて言われたの? 普通に『俺も好きだよ』とか?」
「ん?」
「いや、『ん?』じゃなくて……」
「えへ?」
「『えへ』って……あんたまさか……」
そうなのだ。美穂子の言わんとすることはわかっている。……言われていないんだ。たろちゃんの口から、「好きだ」なんて言葉──
美穂子は私の表情から全てを察したらしく、盛大なため息をついた。
「……あんたさぁ、浮かれてるところ悪いけど、それ、付き合ってるの?」
「つ、付き合ってるよ!」
「へー? じゃあキスは? セックスは?」
お酒の入った彼女は言動も自由だ。大声でその名称を叫ばれ、慌てて辺りを見回す。どうやら周りの客には聞こえていないようでホッと胸をなでおろした。
「し、してない……」
「はぁ!? 同じ部屋に住んでて、キスもセックスもなし?」
せっかく小声で返したのに、美穂子はまた大声をあげた。しかも、今度はみんなに見らるというオマケつきだ。恥ずかしすぎて死にそうだ。
「ちょっ……美穂子お願いだから、静かに……」
美穂子を必死になだめるが、熱くなった彼女は止められない。
「だっておかしくない? あんたが言われたのは『付き合ってもいいよ』、これだけ? なにそいつ、ナメてんの?」
「いや、ナメてるとかじゃないと思うけど……」
「じゃあなんなのよ。年上の女をからかって遊ぼうとしてるんじゃないでしょうね」
「そんなこと……ないと思うけど……」
美穂子にそう言われ、なんだか段々わからなくなってきた。たしかに『付き合ってもいいよ』発言から今日まで、約二週間が経過している。その間にした恋人らしいことと言えば、コンビニのデザートを『あーん』してもらったくらいだろうか。
いや、それも恋人らしいと言っていいかわからない。たろちゃんは元々距離が近いのだ。『あーん』くらいなら、付き合ってなくてもきっとするだろう。
セックスはおろか、キスもなし。同じ部屋で寝ているのに、ベッドは別々。あれ? これって付き合う前と何が違うんだろう。
気分が沈み込みぼんやりしていると、それに気付いた美穂子が熱いお喋りを止めた。
「ち、千春……言い過ぎたわ、ごめん。……きっといろんな『愛』の形があるのよ! ね? 気にしない、気にしない」
「そ、そーだよね。焦らずゆっくり進んでいけばいいよね」
無理やり笑顔を作り、冷麺の最後の一口をすすった。
そうだ、そんなことで悩むなんて馬鹿らしい。あのたろちゃんと付き合えただけでもラッキーなんだ。もう『結婚したい』とかいう考えは一旦捨てる。この恋を全力で楽しむんだ。
「そういえばさー」
落ち着きを取り戻した美穂子が静かに切り出した。
「蓮見に会ったよ」
蓮見──
その名を聞いて、心臓がドクンと跳ねた。
蓮見真人、私の元彼。たろちゃんへの叶わない想いが苦しくて、「俺を利用しろ」という彼の言葉を頼り、少し前まで付き合っていた。でも結局は気持ちに嘘をつけなくて、別れを切り出したんだ。
そういえば、蓮見とはあれ以来会っていない。
「へ、へーそうなんだ」
元気にしているだろうか。こんなこと、私が気にする権利なんてないけれど。
あの時の彼の寂しそうな、それでいて強い意志を持った笑みを、今でも容易く思い出すことができる。そしてその度に、身勝手な自分の心は、チクリと音を立てて痛むんだ。
「……気になる?」
美穂子が片眉を上げて私に問う。その試すような言い方に、苦笑いするしかない。
「フツーに元気だったよ」
美穂子は、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた 。
「普通……」
「うん、フツー。誰かさんに振られても特にダメージを受けた様子もなく、仕事もきっちりこなし、ご飯ももりもり食べ、フツーに会話もできたよ」
「美穂子……一体どっちの味方なの……」
「私は二人ともの味方なの!」
強く言い切る美穂子に、やっぱり苦笑いするしかなかった。彼女には迷惑をかけたと思う、本当に。友達同士に挟まれるって、きつかったんじゃないかな。
それにしても……と、再びお肉にがっつく美穂子を無視するように、私は七輪から上がっていく煙をぼんやりと眺めた。
蓮見が『普通』というのは、きっと嘘だ。美穂子が嘘をついているのか蓮見が嘘をついているのかハッキリしないが、多分後者だと思う。
蓮見は──彼は、いつもそうなのだ。冷静で落ち着いた蓮見真人……を演じている。じゃなかったら、あんな風に優しく背中を押してくれるはずがない。それくらい、彼に対して酷いことをしたんだ。
『普通』にしてくれているのも、多分、私のため──なんて、思い上がりかもしれないけれど、それでもありがとう、蓮見。
「そのうち友達に戻れるわよ」
「えっ……」
「宮下さんによろしくって言ってたわよ」
「うん……」
美穂子が赤い顔で微笑んだ。
そうだね、美穂子。いつか、友達に戻れるといいな。勝手かもしれないけれど、願うくらいならバチは当たらないよね。
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